三陸のグッドカンパニー、地元密着型スーパーマーケット「マイヤ」の社長に就任。50代の地方企業転職
岩崎 雅美
2018/09/20 (木) - 08:00

年齢を重ねて一定のキャリアもあるほど、地方企業への転職はハードルが高いと感じる人も少なくありません。しかし、地方と都市では、一体何が異なるのでしょうか。50代で東京から三陸の地元スーパーマーケットに転職し、社長へと就任した井原良幸さん。井原さんに、ご自身の転職ストーリとともに、地方と都市の経営、人材の課題や可能性等についてお話しいただきました。

地元密着型スーパー「マイヤ」が掲げるグッドカンパニーとは

岩手県大船渡市にあるスーパーマーケット「マイヤ」は、地域の暮らしを支える地域密着型スーパー。三陸・東北産の海や山の恵みを受けた新鮮な青果・鮮魚・精肉を中心に、加工・日用品など選りすぐりの品々を取り揃えています。岩手県内を中心に、宮城県北まで16店舗を展開しています。
マイヤは「ビックカンパニーではなく、グッドカンパニーを」というメッセージを掲げています。

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「地域の食文化を理解し、地域を愛している従業員が地域のお客様のために働く。そういう会社が、ローカルマーケットでありグッドカンパニーじゃないかと。お客様にとっては、その企業の店舗数や年商は関係なくて、自分のそばにあるお店が『良いか、良くないか』だと思います」

そう語るのは、今年2月マイヤに転職した井原良幸さん(52歳)。東京の小売業にからマイヤに顧問として転職後、代表取締役社長に就任しました。井原さんは、小売業の魅力についてこう語ります。

「小売業の魅力は、最終消費者のお客様に直接会えて、すぐに反応がわかること。それと、身近に『ありがとう』と言ってもらえることですね」

小売業から離れたいと考えたことも。転職を決断した大きな出会い

井原さんの前職は、首都圏を中心にイオンと業務提携している大手スーパーマーケット「いなげや」に勤務。採用担当やバイヤー、商品部長。その他、不振部門の立て直しや新規事業まで、実にさまざまな業務を担ってきました。

「いなげやで29年働いた中でも、特に35歳で店長をしたことは、印象深かった。店長は、自分で何かするではなく、みんなにやってもらう仕事。一番面白かったし、みんなが笑ってくれたりするのが一番よかったですね」

一方で、転職活動の際、今までの経験やこれからの人生を考えたときに、小売業一筋、というわけではありませんでした。

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「退任が決まり、その後就職活動を始めたのですが、小売業はもういいかな、他の業界も見たいという気持ちがありました。前職の最後に、宅配や農業事業、高齢化、人口減少などにどう役立つかという新規事業を担当していたこともあり、社会貢献につながる仕事をしたい、やりがいよりも、自分が役に立てるところで働きたいと思っていました」

それでも、マイヤへの転職に至ったのは、その気持ちに勝る出会いがあったから。

「マイヤから声をいただいて、実際に大船渡の店舗を訪れたときに、素直に良いお店だなと思ったんです。綺麗なお店を作っているし、品揃えや設備面でも努力をされている。理想としているスーパーマーケット像に非常に近く、ここだったら役に立てるのではと思いました。
何より、現会長の米谷春夫の存在が大きかった。考え方や思いに共感し尊敬できたことはもちろんですが、何度かお会いした後『どうしても井原さんに来てほしい』と言ってくれたんです。色んな企業のトップの方にお会いしましたが、ここまで言ってくれたのは米谷会長だけでした。その熱意に打たれ、ここまで必要としてくれているのなら、やるしかない。そう思いました」

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マイヤの経営理念にこうあります。「従業員を大切にすることと、会社の発展をどう一致させるか」。そして、「地域社会の豊かな生活文化に貢献すること」「信頼され誇りの持てる企業文化を確立する」

「お客様目線、従業員目線で、地域のことを考える。それが根底で大事な部分ですから。小売は単に安く売ればいい、ということではないですよね」

自分の役割はトップダウンではない。優先順位をつけること

「米谷会長が、『スーパーマーケットという商売は、地域のライフライン』というのを仰られて、それはどのスーパーの社長も仰るんだけれども、米谷会長はその重みが違いました」

2011年の東日本大震災では、マイヤは大船渡、陸前高田市をはじめとする16店舗のうち6店舗が被災。津波によって店舗が流され大災害に見舞われるなか、唯一残った店舗では、地震後1時間後に店頭での販売を開始、住民の命と暮らしをつなぎました。社員は全員無事だったものの、家族を失い、今も行方不明の人もいます。また、店舗被災によって一度は解雇しなければならなかった人を、その後再雇用。米谷会長と社員は、言葉にはならない苦難を共に乗り越えてきた固い絆で結ばれています。

「震災によってこの会社がどう変わったか、というよりも、もともとそういう人たちが今日まで頑張ってきたし、だからこそマイヤは支持されてきたんだと思っています」

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井原さんがそう思うのは、今年から始めたお客様アンケートにも現れているという。数値でも接客の評価は他店よりも高く、「岩手の会社だから応援しています!」「マイヤさんは岩手の会社だからどこどこの調味料を置いてますよね」地元スーパーだからこそお客様に応援されていることを感じる。

「それと、スタッフは長男長女が多いんです。真面目で正直者な社員が多い。それは店舗の売場にも現れていると思うし、その分、なんでもやらないといけないと思ってしまう面もあるんですよね」

井原さんは、自分の役割を「仕事の優先順位をつけてあげること」と考えている。

「お客様が思っていること、お店が思っていることを前提に仕事をしましょうと。スタッフにも、やりたいことやこうしたほうが良いという意見はあるので、その意見を集めて、経営としてどう道筋を立てるか。それが私の役割。課題の優先順位付けやスケジュール管理、事業計画の部分です。社長に就任したけれども、トップダウンのトップをやるわけではないんです。大事にしていることの根本は、仕事は明るく楽しくやりたいということ。その前提は、良く話し合うこと、人の話をよく聴くこと」

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「会長の米谷も、すごく情熱があって的確だし、スタッフからの信頼も熱い。だから彼の言葉はどうしても絶対命令になってしまうんだけれども、人が少ない中でうまく回せるように、優先順位をつけてあげるんです」


マイヤの魅力を「特に三陸の沿岸部、地域のことをわかっている点」と語る井原さん。これからはさらに地元産も増やしたいと意気込む。

「地元の農家さんや漁師さんと消費者を繋ぎ、生産者側の苦労なども伝えられるのは地元密着のスーパーならでは。独自の商品開発もしていきたい。これはマイヤの社員や米谷会長が望んでいて、私はそれを形にするための舵取りを担います」

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「同時に、『くらし提案型スーパーマーケット』『グッドカンパニー』をより具現化しメッセージとして発信していきたい。例えば、ナンバーワンの健康推進マーケットとか。それを商品や売場を通じて伝えていくことが、これからの課題ですね」

東京と地方のギャップは感じない。本当に東京でないと困る生活をしているのか

東京から地方への転職は、仕事や住環境、人間関係も一変するのでハードルが高く、さらに、現在の役職や年収、年齢も考えるとなおさら、躊躇する人が多い。しかし、井原さんに尋ねると、「東京とのギャップって、正直感じないですね」と、意外な答えが返ってきました。

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「今、花巻に住んでいますが、東京でも花巻でも、朝起きて、会社に行って、仕事をして夜遅くに家に帰ってくる。それの繰り返しですから、住居はそんなに関係ないですよ。東京在住時にもスカイツリーも登ったこともなければ、新宿でそんなに飲んだ記憶もない(笑)。生活環境は変わらないですね。休日も家にいることが多くて、ゆっくり過ごして食事して、ネットサーフィンするくらい。東京ほど多様な店はないけれど、でも実際東京で特別な趣味のある人だって、買い物はネットでしてる人も多いのでは?
東京にいる人も、東京じゃないと困る生活を、本当にしているのかな。寝たり歯を磨いたりって、違う文化になっているわけでもない。普通の生活をして、東京と同じでしょう。妻も東京生活の延長のようですし」

圧倒的な違いは、「車の走行距離」「満員電車に乗らない」「毎日動物を見ること」。クマにも鹿にも遭遇しました。

「せっかくここに住んでいるので、東北の祭りや花火大会を見に行ったりしたいですね」

あらゆる最先端をいく地方でグッドカンパニーであり続けるために

一方で、経営面や人材面では、東京と地方の違いは大きくある。人材面については、「東京はお金の話、地方は数の問題」。

「東京の人材不足というのは、お金の話で、地方だと本当に数の問題なんです。地方には派遣会社もないですし、とにかく人が足りていない。例えば、マイヤでも、夕方に商品を前進陳列したほうが良いのは分かっていても、その人手が足りない。働いてくれる人がいれば誰でも歓迎なんですよ。
それに、若者がいなくなって久しいと言われるけれど、こっちじゃ55歳でも若者(笑)。マイヤにきたとき、『51歳で若いわね』と言われて冗談と笑ったけれど、実際本部で自分より若い方が少ないぐらい」

そして、人手不足の中で、今後どう事業を担っていくのか。
「地方は、あらゆる最先端をいってるんです」と井原さん。

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「小売業の課題は年商や地域に関係なく同じです。ただし地方・小規模の方が一人における守備範囲は広くなります。実際、マイヤの従業員の一人ひとりの能力は高いと思っています。やらざるを得ないからかな。その中で、首都圏よりも近畿圏よりも課題は先端をいってますから。自動発注やレジ機器の投入、AIの投入も先行している。でも、それを深く理解し操作・改善できる人財が足りないという世界なんです。
マイヤも2012年から自動発注のシステムを投入しているけれど、使いこなせていない。システム入れて少人数でも回せるようになったけど、守備範囲が広いので他の課題に入ってしまう。深く理解が進んでいないので分からない、ここ直さないといけないとなる。意外と人手がかかる。もっといいシステムはないか。そういう課題に早くぶち当たっているのが地方企業ですよ」

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それでも、地方の人のレベルは高いし、気づいてしまう分、全てやろうとしてしまうからこそ、優先順位を決めてあげる。無駄な仕事はなくて、大事なのは「視点を変えてあげること」。

「高齢化も顕著だし、震災の復興事業者が売上に貢献していた部分もあって、いなくなると直に影響も受ける。震災があって、人口減少があって、高齢化があるから、驚異的に人口が下がっている。それでも、地域の全員がマイヤにご来店頂けているわけではないからまだ客数は増えるはず。近隣に住んでいる皆さんにとって、必要なもの喜んでもらえるものを品揃えできたら良いわけで。そう考えていくと、これは全国統一の課題なんですよね」

課題も冷静に認識しながら、迎え入れてくれたスタッフとコミュニケーションを通じて信頼関係を構築していく新天地で、新たな人生をスタートさせた井原さん。井原さんが語る人材や経営の課題は、小売業に限らず、まさにこれからの地方企業、日本企業に同じことが言えるのではないでしょうか。

井原さん率いるマイヤが、これから地域のお客様のために創っていく「グッドカンパニー」に、期待が高まります。

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