日本を変える「逆参勤交代構想」/働き方の最前線
三菱総合研究所・松田智生主席研究員 × 日本人材機構社長・小城武彦
月刊事業構想 編集部
2019/01/22 (火) - 18:00

時間・空間にとらわれない、自由な働き方の普及が期待される、ポスト平成時代。
三菱総研の松田智生氏は、都市部の会社員が一定期間、地方で働く「逆参勤交代構想」を提唱する。地方創生と働き方改革を同時実現するこの構想の真価を、日本人材機構社長の小城武彦が聞いた。

“観光以上、定住未満”を一桁増やす

小城:逆参勤交代構想とはどのような働き方なのでしょうか。

松田:平たく言えば、大都市圏の企業社員による「地方での期間限定型リモートワーク」です。週に数日は会社の仕事をし、数日は自分のスキルなどを生かして地域のために働く。つまり、都市と地域で人材をシェアするわけです。人口が減少する社会では、都市と地方での人材のパイの奪い合いは不毛で、共有することが必要だと考えています。
江戸の参勤交代は、地方大名に負担を強いましたが、一方で全国に街道や宿場町が栄え、江戸には藩邸が整備され、地方から江戸への新たな人の流れができました。これを逆にやるということ。
東京から地方への新たな人の流れが生まれれば、地方にオフィスや住宅が整備され、空き家や廃校が整備され、新たな関係人口が地方の担い手となって、多面的な経済波及効果が期待できます。
ドラスティックな仕掛けで、関係人口という、交流人口と定住人口の間の“観光以上、定住未満”を一桁増やす。これが、私が2017年の夏頃から提唱している逆参勤交代構想です。

小城:2014年度の県民経済計算によると、日本のGDP、514兆円から一都三県、名古屋と大阪を省いたら、317兆円が残ります。つまり、日本のGDPの約6割を地方圏が担っているんです。 
我々は、地方創生は課題ではなく希望だと信じています。この希望が本当に希望になるかどうかは人材の力にかかっており、首都圏から地方へ、どう人材をうまく出していくかがカギ。その点、逆参勤交代の発想は素晴らしいと感じています。

松田:仮に、首都圏と近畿圏の大企業の従業員1,000万人のうち、1割の100万人が年に1カ月ずつ逆参勤交代するとします。すると、約8万人の移住が生まれ、約1,000億円の直接消費が地方に生まれると見込まれます。例えば、宮崎県に2,000人が逆参勤交代した場合、宮崎県への経済波及効果は、年間約60億円になると試算されます。

三方一両得の構想

サムネイル

小城:大きな経済効果ですね。現在、都市部の大企業の人材が本当に力を発揮できていない。日本人材機構では、東京に勤めている大企業の人材の活性度を調査しました。「1億総活躍社会と言われていますが、あなたの会社の同年代、何割くらいの人が力を発揮し活躍していますか」の質問では、「2~3割」の回答が半数以上。「もしキャリアをやり直せるなら転職しますか」の質問に対しては56%が「YES」と答えています。2人に1人以上が「やめとけば良かった」と思いながら仕事をしている。こんな不幸なことはありません。

松田:大企業の多様な人材を、流動化させることが必要ですね。逆参勤交代は、地方、企業、個人の、三方一両得の構想です。
地方への最大のメリットは、関係人口の増大。次に、担い手不足の解消があります。地方では、経営は黒字、顧客もいる、設備もあるという企業が、どんどん事業承継難で廃業しています。
「販路開拓や海外進出が必要だが専門人材がいない」「ITや財務の専門人材がいない」といった悩みを抱えるニッチトップ企業も多くあります。逆参勤交代が実現すれば、廃業問題や企業の攻めや守りに、都市圏の企業の人材とノウハウを活用することができます。
さらに、未来人材の育成もあります。
トライアル的に鹿児島県の徳之島に30代から60代の首都圏人材に来てもらい、地元の高校生とワークショップを開催しました。キャビンアテンダント、建築家、営業マンの『働く論』が、地元の高校生を大いに刺激しました。地元に大学のない子供たちのキャリア教育に逆参勤交代は有効と感じました。
 
次に、企業にとってのメリットですが、第一は働き方改革。今、働き方改革が叫ばれていますが、定時に帰ったり、有休を取ることにとどまっており、とても改革とは呼べません。そこで、逆参勤交代のような劇薬的な制度を導入してはと思うのです。
 

サムネイル

小城:これからは兼業や副業、まさにこうした逆参勤交代的な発想を持たなければ、いい人材から辞めていくし、いい人材は採れないでしょう。経産省が最近、「ついに人材戦略が経営戦略の1丁目1番地にきた」と言っていますが、今後は人材戦略の稚拙な企業から滅びていくと思います。

松田:健康経営への寄与も大きいでしょう。多くの企業の健康保険組合は、従業員の高齢化やメンタルヘルスで赤字に苦しんでいます。頑張った社員や働き過ぎ社員へのリフレッシュとして地方への参勤は効果的かと思います。鳥取県智頭町の森林セラピーなどは、企業研修にも活用されています。 
逆参勤交代構想では、ローカルイノベーション型(新規事業発掘)、リフレッシュ型(メンタルヘルス予防)、武者修行型(将来の経営幹部育成)、育児・介護型(故郷でのリモートワーク)、セカンドキャリア型(シニア社員の転籍)など、目的や世代、期間に応じて多様なモデルが想定されます。
 

サムネイル

地方で働くメリット

松田:地方で働くことの本人へのメリットは、〈カラダの安心〉〈オカネの安心〉〈ココロの安心〉だと思います。地方に行けば、通勤時間は短縮し、採れたての朝野菜や新鮮な空気や水で健康になりストレスからも解放されます。さらに、生活コストもグッと低くなります。〈ココロの安心〉においては、自分のやりたいことのWillと 出来ることのCanを見つめ直し、「今後、自分はどのように生きていきたいのか」を地方で振り返る第二の思春期や助走期間になります。また地方のオーナー企業の下で、大企業では得られない貢献欲求や承認欲求が得られます。
人生観が変わる経験をすると、その地域が〈第2のふるさと〉になります。

小城:地方でオーナーに仕えると、大企業ではできない経験を短期に積むことができます。小さい企業ですので、責任回避は一切できませんし、やったことは全て自分に返ってくる。経営のリアルな体験をできる場、これが地方の中小企業の魅力です。 
世の中には、地方に行ったら、行ったきり帰ってこないという変な誤解がありますが、地方に行っても、また東京に戻ってくればいいんです。中小企業のオーナーの右腕の仕事は経営技量、リテラシーを上げるには効率的です。経営を志向する人なら、大企業に15年勤めるより、地方の中小企業オーナーの下で5年勤める方が早い。若いうちに地方の中小企業オーナーの右腕として修行を積んで、場合によっては東京に戻って、大きな会社の経営者をやればいいと思います。

松田:全く同感です。ブーメラン戦略ではないですが、思いっきり飛ばして、戻ってくる仕組みですね。例えば、課長になる条件として、地方で経験する。また一部の意識の高い人や優秀な人だけでなく、普通の人が逆参勤交代でキャリアアップできる仕組みが必要です。

サムネイル
左:鹿児島・徳之島でのトライアルツアーでは、ビジネスパーソンの「働く論」が地元高校生たちを刺激(写真:丸の内プラチナ大学)
右:プラチナ社会研究会・逆参勤交代構想分科会の模様。企業や自治体の構想への期待度は大きい(写真:丸の内プラチナ大学)

 
実際に逆参勤交代的な働き方をした経験者に講演をしてもらいました。大手航空会社のキャビンアテンダントから北陸の市役所に3年出向し、観光戦略に取組んだ方は、「マニュアル最優先だったキャビンアテンダント時代と比べて、全く新たな企画への挑戦が自分のキャリア形成にプラスになった」と話されていました。
こうした人材が継続的、組織的に地方に来る仕組みが逆参勤交代構想なのです。

回遊型就労が理想

小城:逆参勤交代構想の課題や、今後の展開についてお話ください。

松田:課題としては、地方でのオフィスや住宅整備、交通費の費用負担があります。都市と地方の効果的なマッチングや参加人材の確保、費用対効果の検証なども必要ですが、何よりも大企業の経営者の賛同が必要です。
今後は、官民のプラットフォームを形成し、マッチングの効率化や費用負担の軽減を図っていきます。また、逆参勤交代が具体的に地方創生や働き方改革にどんな効果をもたらしているかをエビデンスとして示していく必要があります。実施に関しては、スモールスタートとして、市民大学の『丸の内プラチナ大学』に〈逆参勤交代コース〉を設置して、今夏に岩手県八幡平市、茨城県笠間市、熊本県南阿蘇村で3泊4日のトライアル逆参勤交代を実施しました。ここで得られた知見や課題を次に活かし、徐々に広げていく予定です。

小城:地方と言うと、すごく遠いイメージですが、ほとんどが東京から日帰りできる距離です。もっと自由に動く。個人が職業選択を取り戻し、自分の力を本当に発揮できる場所はどこかを、地域に制限を加えずに選べる社会になれば、この国はもっと良くなるし、人も幸せになると思います。
特に地方との関係において、今後10年、20年後の理想的な働き方について、ご意見をお聞かせください。

松田:「回遊型就労」が理想的と思います。逆参勤交代が実現すれば、サラリーマンは2~3年に1度、どこかの地方へ行くことになります。すると、〈第2のふるさと〉がたくさんできてくる。回遊型就労で地域だけでなく、様々な企業規模や職種を体験することが普通になれば、三方一両得で地方にも企業にも個人にも良い。私は、この逆参勤交代構想を、首相の方針演説に出るまでやり続けようと思っています。

小城:地方はポテンシャルだらけ。そこに行って、人が本当に達成感・貢献感を持って仕事ができれば素晴らしいですね。この国は天然資源もないし、国土も狭いですが、人材のレベルだけは高いと思っています。この人材を最大限に活かす仕組みづくりが重要です。
この国の人材が一人ひとり、その力を発揮できる。「一億総活躍社会」実現には、地域企業は大事だし、大きなチャンスと希望があると思っています。

サムネイル
 

三菱総合研究所 プラチナ社会センター 主席研究員 

松田智生(まつだ ともお)さん

1966年東京都生まれ。89年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。91年三菱総合研究所入社。専門は超高齢社会の地域活性化、アクティブシニア論。高知大学客員教授。 政府日本版CCRC構想有識者会議委員、内閣府高齢社会フォーラム企画委員、石川県ニッチトップ企業評価委員なども務める。著書に『日本版CCRCがわかる本』など。