地方創生、地域振興を考えるうえで、観光は極めて重要な要素です。観光のために訪れる旅行者が、直接的、間接的に地域にもたらす経済効果には大きなものがあります。とはいえ、すべての地域が観光資源に恵まれているわけではなく、「何もない」と自嘲的に語る地域関係者も少なくありません。しかし、本当にそうなのでしょうか。取り組み方次第では、観光地はいくらでも作り出せるものです。新たな観光地創生の事例を考えてみましょう。
旅先に新しい価値を提案した「恋人の聖地」
「恋人の聖地」という名称を聞いたことのある人は少なくないでしょう。この観光スポットは、いまやフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』にも掲載されるほど有名な存在です。旅先で「恋人の聖地」と記された金色の銘版やモニュメントを見る機会も多くなっています。
そもそも「恋人の聖地」とは、静岡市に拠点を持つNPO法人地域活性化支援センター(志垣恭平理事長)が2006年4月から始めた企画です。きっかけは、ブライダルファッションデザイナーの桂由美さんと志垣理事長が、「少子化対策」と「地域活性化」を結びつけた社会貢献の一環として始めたプロジェクトでした。
「日本の一番の課題は少子化。若者に結婚を促すには恋愛を活発にしないといけません。デートやプロポーズにふさわしい景色の美しい場所は日本中にたくさんあります。それを聖地として認定して全国に発信していけば、幅広い事業展開も可能になり地元も盛り上がると思ったのです」と志垣理事長。
その狙いは当たり、2006年のスタート時点で21ヵ所だった認定地は、2019年9月9日現在、別表にあるように全国で138ヵ所に。他に、プロジェクトの趣旨に賛同する一般企業の運営管理するスポット・施設等から選定した「恋人の聖地サテライト」の認定地が83ヵ所になっています。
「恋人の聖地」の認定は、プロジェクトの趣旨に賛同する自治体・団体からの申請という形態をとっています。申請を受け、桂由美さんや元観光庁長官の溝畑宏さんらによる「恋人の聖地選定委員会」の審査を経て、認定を行っています。認定にあたっては、やはり景観を重視。また「恋人の聖地」として、写真撮影が可能な銘版(プレート)の設置を条件としています。
(資料:「恋人の聖地」ホームページのリストより筆者作成)
認定される場所が有名観光地だけではないことも、「恋人の聖地」の大きな特長です。「施設整備に頼らない、観光地のリノベーションができるのではないかと考えました」と志垣理事長。観光地に巨費を投じて大きな施設を造って観光客を誘致するのではなく、アイデアや創造力で、若者たちにアピールすることもできるというわけです。
たとえば、熊本県美里町の二股橋(写真)。全国的には無名なこの場所が、2011年に「恋人の聖地」に認定されたことで大きな反響を集めました。二股橋は熊本市から車で45分の山間地にある石橋です。この石橋では、太陽の上る角度の低い11~2月の5ヵ月間、午前11時半から正午までの約30分間だけ、日光がハートの形に浮き上がります。「恋人の聖地」に認定されたことで、シーズンになると、多くの観光客が集まるスポットに一変。2018年には「恋人の聖地観光交流大賞」も受賞しました。
「恋人の聖地観光交流大賞」も受賞した二股橋(熊本県美里町)
また、小豆島(香川県土庄町)の海岸に1日数時間、干潮時に姿を見せる砂の道・通称エンジェルロード(写真)も、2009年に「恋人の聖地」に認定されたことで有名観光地となりました。以前よりこの海岸の周辺は銀波浦と呼ばれる景勝地でしたが、隣接する小豆島国際ホテルの経営者が2000年頃から沖合の島へ続く海の中道をエンジェルロードと名づけ、新たな観光地として魅力をPRしていたものです。それが、「恋人の聖地」と認定されたことで、カップルの旅行先という新しい価値が全国に広まったといえます。
「恋人の聖地」として全国的に有名なエンジェルロード(香川県土庄町)
恋愛というテーマには、極めて強い発信力があります。「恋人の聖地」が全国的に認知されるようになったのも、観光地を「恋人」というキーワードでくくりなおし、デートの目的地やカップルで写真撮影する際のスポットとして整備した点が、多くの人に魅力的に映ったからでしょう。
観光スポットとしての可能性を示唆する「恋する灯台」
「恋する……」と頭に付けば何でもドラマになるという声も聞かれますが、2016年より、日本財団(東京都港区)が一般社団法人日本ロマンチスト協会(長崎県雲仙市)と共同で実施している「恋する灯台」というプロジェクトもユニークです。
同プロジェクトのHPによると、灯台を「ふたりの未来を見つめる場所」として定義することで「ロマンスの聖地」へと再価値化するという狙いがあるようで、まさに既存の場所・スポットに新しい価値を加えていくという試みに他なりません。
「恋する灯台プロジェクト」自体は、日本財団、内閣府総合海洋政策本部、国土交通省が主催する海への意識を啓発する「海と日本プロジェクト」の一環として発足したものですが、観光資源としての灯台の価値を上げることで埋もれていた「灯台」の文化や歴史的価値を広め、自治体が主体となった地域おこしの機運を高めていくことを目指しています。
これまでに認定された灯台は51ヵ所。足摺岬灯台(高知県土佐清水市)や潮岬灯台(和歌山県串本町)のように著名なものから、あまり知られていない灯台までさまざまです。プロジェクトでは試験的に「恋する灯台モデルツアー」も実施。2018年は鼠ヶ関灯台(山形県鶴岡市)、伊王崎灯台(長崎県長崎市)で限定ツアーも行われています。
「恋する灯台」はまだ始まって4年のプロジェクトなので、十数年の歴史を持つ「恋人の聖地」ほどの知名度はありませんが、灯台という限定したテーマで、新たな観光スポットを掘り起こす可能性はあると思われます。灯台はもともと眺めのいい高台に設置されることが多いので、再開発すれば魅力的な観光スポットにリノベーションすることは十分可能です。
その点で注目したいのが「恋する灯台」にも認定されている美保関灯台(島根県松江市)です。ここでは灯台に隣接した旧事務棟や宿舎がビュッフェに改築されており、日本海を眺めながら軽食やスイーツ、コーヒーなどが楽しめるカフェになっています。夏季には期間限定で、夜の海を眺められる夜間オープンの「いさり火カフェ」もあるとか。これぞまさにデートに最適の「恋する灯台」です。こういう試みが日本中でもっと行われて欲しいものです。
インスタグラムの人気が昔からの観光地を変える
一方、昨今のインスタグラム人気のためか、いわゆるインスタ映えする観光地の人気が日本中で高まっています。ついこの前までまったく知られていなかった場所が、あっという間に有名観光地になることもしばしば。まさしくSNS時代が作った新しい観光の流れと言えるでしょう。
インスタでも人気コンテンツの一つが夕日。この夕日がきっかけとなって、写真撮影の人気観光地として急上昇中なのが、香川県三豊市の父母ヶ浜(ちちぶがはま)です。まだそれほど著名ではないので、初めてこの地名を耳にする人も多いと思いますが、「日本のウユニ塩湖」と呼ばれ、水面が鏡のように空を映し出すフォトジェニックなスポットとして話題を集めています。
たとえば、旅行情報誌『じゃらん』が2018年に行なった「行ってみたい夕日絶景ランキング」で父母ヶ浜は堂々の1位を獲得。ちなみに、2位以下は別表の通りですが、あまり有名でないところもベストテンに入ってきており、夕日をテーマにした観光スポットはまだまだ開拓の余地がありそうです。
(資料:旅行情報誌『じゃらん』によるインターネット調査より・2018年7月実施)
昔から父母ヶ浜は長さ1キロのロングビーチを誇る海水浴場として地元客を中心に人気の場所でしたが、写真スポットとして話題になり、いまや全国から観光客の集まる観光地となりました。とはいえ、以前と何が変わったというわけでもなく、「インスタ映えする魅力的な写真の撮れる場所」という新たな価値が見出された典型的な事例とも言えます。
三豊市では、父母ヶ浜を「瀬戸内海の天空の鏡」として積極的にPRしています。2019年より1日1組(10名まで)限定で、「父母ヶ浜絶景フォト撮影プラン」を有料でスタートさせました。これはガイドによる現地案内とプロのカメラマンによる集合写真の撮影、および撮影指導がセットになったもので、10名まで税込2万円(土日祝は5000円増)というもの。まさに新たな事業の創造です。
観光地の開発は美術館や博物館など、巨大な施設を造ることだけが方策ではありません。既存の施設、昔からある景観にどのように新しい価値を付加するかで、大きく生まれ変わる可能性があります。地域にとって、アイデアと発信力が問われる時代になってきたと言えるでしょう。