農業・地域福祉・富士見町の課題を考えるIGNITE! Vol.4レポート
花岡 美和
2018/05/14 (月) - 07:00

新緑の季節を迎えた八ヶ岳のふもとにあるオフィス&コワーキングスペース・富士見 森のオフィス。今年1月から始まった森のオフィス主催のイベントIGNAITE!は早くも4回目を数えました。IGNITE!は、ジャンルを超えた人たちが集まって、好奇心や創造力をカタチにしていく1年間の参加型ワークショップ。全12回の中盤に入ってますます熱量が上がっています。

IGNITE! 初の宿題!

イベントの冒頭、「仲間募集シート」と「HOMEWORKシート」が配られました。

IGNITE!は次回からセカンドステージに入ります。セカンドステージは実際にアイデアを創出して、そのアイデアをブラッシュアップさせていく過程。それと同時に仲間を探し、チームビルティングしていく期間でもあります。

「仲間募集シート」は、チームビルディングに向けて参加者同士がお互いを知るための、自己紹介を兼ねた内容になっていました。

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「HOMEWORKシート」については、森のオフィスの運営代表であり、Route Design合同会社 代表の津田賀央さんから、「こんなことをします!だけでは抽象的で考えが深まっていきません。何をするの? 誰のために? なぜそれをやりたいの? 実現のために必要な情報や技術は何? を自分の課題意識として書いてみてください」と説明がありました。

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記入したHOME WORKシートは後日提出して、次回のIGNITE!でプチ発表会。最終的にはこのシートをベースに2分間でアイデアのプレゼンをしていきます。
IGNITE!初の宿題、みなさんの表情が少し緊張気味でした。

富士見の里山をなんとかして復元したい

今回のテーマは「富士見町の課題を考える」。森のオフィスがある富士見町の「地域」「福祉」「農業」の3カテゴリーについて、4人のゲストスピーカーから見た課題のお話をいただきました。

トップバッターは富士見町町会議員の小林市子さん。富士見町の過去と現状から見えてくる地域課題についての登壇です。

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「この10年で富士見の里山は本当に荒廃してしまいました」と語る小林さんが望んでいるのは、里山の復元です。

小林さんが暮らす集落では、担い手のいなくなった小規模農地や不在地主(自分の土地から離れて住んでいる地主)の土地が荒廃地化し、山林に近い里山では有害外鳥獣被害も拡大しています。

そこで企業や財団からの支援金を活用して荒廃農地を整備し、この15年ほどは環境保全にも努めてきました。荒れた農地を羊の放牧場やブルーベリー農園に転用し、家庭や農作業で出る残渣の堆肥化で循環農業を始め、子どもたちに地域の文化を伝えていく活動にも力を入れてきました。しかし、地域の皆さんもいまでは70代、80代になり、事業や活動を続けていくのが難しくなっています。

「だからといってただ止めてしまうのではなく、ゆるやかに継続していく発展的な解散の道を選びました。けれどこのままでは、里山が再び荒廃地化していくのは目に見えています」

高齢の皆さんが里山の復元に取り組んでいる、それ自体が富士見の魅力

里山の復元を望む小林さんが地域の課題解決のキーワードとしてあげたのは、「人」「もの」「お金」「情報」「景観・自然環境」です。

・集落の小規模農業を取りまとめる人や、空いている農地を活用してくれる人
・富士見高原の特性をいかした売れる農産物
・食べていける農業
・「助け合える近所」に欠かせない情報の共有と連携
・八ヶ岳などの自然環境を売り込んでいく仕組み

地域としての課題は山積みだと小林さんはいいますが、質疑応答の時間に参加者からこんな感想がありました。

「自分の地元も過疎化が進んでいるが、特になんの取り組みもなされていない。それを考えると、小林さんの里山復元の活動は、復元に取り組んでいること自体が魅力的に映ります」

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80歳に近い高齢の皆さんが、自分の健康や生活のことも気がかりな中で地域活性のために頑張っている。そのエネルギーはたしかに人を動かし、里山復元への足がかりになるのではないかと感じました。

「エビデンスだけで人間の支援はできない。熱い思いだけでは認知症に太刀打ちできない」

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「福祉で町おこし」を訴える富士見町社会福祉協議会の進藤竜一さんは福祉の大ベテラン。「エビデンスだけで人間の支援はできない。熱い思いだけでは認知症に太刀打ちできない」をモットーにする進藤さんが特に強調していた地域福祉の課題は「活動性の把握」です。

福祉課題を解決していく上でもっとも大事なのは自立支援だといわれますが、進藤さんによれば、自立支援とは本人・家族・介護者の不便を軽減することだそうです。

「一人暮らしの生活を豊かにするための自立支援は無限にある」

自立支援を実現していくために福祉の現場が必要としていること。そのひとつは、本人の状態を可視化する「活動性の把握」だと進藤さんは考えています。本人が何をしているかを把握する作業はとても大変ですが、命にかかわるとても重要なこと。それなのに現場では、本当に薬を飲んだか、どのくらい水分を摂ったかということを、目視や正の字で記録するというアナログな方法で管理せざるを得ないのです。

「機嫌の把握」が社会福祉を変えていく

活動性の把握でもうひとつ重要なことは「機嫌」です。
機嫌がいい。機嫌が悪い。機嫌の把握は些細なことに思うかもしれませんが、もし機嫌のパターンを把握できれば、その人の機嫌が悪いときや困っているときに集中して職員が関わる体制ができるので、格段に支援しやすくなるそうです。しかし、限られた人数の職員で一人一人の機嫌を観察していくのは現実的ではありません。

「活動性の記録データの活用などで回避できることもあるのに、技術が伴っていません。デイサービスの現場では、限られた職員の目や耳に頼っているのが現状です。今後の社会福祉を考えたとき、機嫌の把握は力を注ぐ必要性のある課題ではないかと思います」

淡々と、けれども力のこもった進藤さんの訴えを、熱心に書き留めていた参加者の様子が印象的でした。

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農家より経営者になりたい

株式会社吉兆園の平出裕太さんと株式会社ベジパングの折井祐介さんは、農業課題をテーマに登壇。富士見のとなりの原村でセロリを栽培する平出さんと、同じく原村でとうもろこしを専門にしている二人は先輩後輩の間柄で、共に法人として農業を営んでいます。

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農作物を育てて売る。これが一般的な農家のイメージだとしたら、平出さんがやりたいことは“農家”ではありません。「農業を普通の会社のようにやりたい」と話す平出さんが目指しているのは“農家”ではなく“経営者”。

農業経営を実現していくために平出さんがあげた課題は、収入と人員が安定しない現状でした。
原村や富士見周辺は季節による寒暖差が激しく、冬は農業ができません。いわゆる季節限定労働の部類に入るので、夏と冬では収入に格段の差が出ます。また、繁忙期のために十分な人員を確保しても、閑散期にはいったん解散しなくてはなりません。冬になると、来年のために人員確保の方法を考えるというサイクルを毎年繰り返すそうです。

おじいちゃんが神! だけど神をコピーしたくない!

ほかにも、ピーク時は朝2時から夕方6時まで働く、夏は休みがないなど、季節限定労働ならではの課題があがりましたが、「おじいちゃんが神!」という平出さん独自の課題は特に参加者の興味を引きました。

平出さんは祖父の吉長さんと一緒にセロリを栽培しています。経験豊かな吉長さんは技術面やタイミングはもちろん、決定権と同時に判断も神がかっているそうです。ところが、それゆえに従業員の主体性が低下して、“神の指示待ち”になってしまうという皮肉な事態に。

「普通の農業をやるなら神を完コピすれば安泰です。でも僕は、“農家”ではなく“農業”としてやりたいので神のコピーはしたくない」

農業経営を実現していくにはいくつもの高い山があるようですが、「僕はこの神と毎日戦っています」という平出さんにとっての一番高い山は、神である吉長さんなのかもしれません。

ブランディングで差別化した「八ヶ岳生とうもろこし」

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折井さんの農場HAMARA FARMのメイン商品は、生食できる「八ヶ岳とうもろこし」。「メロンよりも甘いとうもろこしです」というキャッチコピーの通り、糖度20度以上のフルーツのようなとうもろこしです。

栽培を始めた当初は知名度が極めて低く、店頭に普通に置いてもなかなか売れなかったそうです。味に自信はあったものの、試食しないと買ってもらえないというジレンマもありました。

そこで折井さんが強く感じたのはブランディングの必要性。一般的なとうもろこしとの差別化を図るために「八ヶ岳生とうもろこし」と名付けてブランド化し、直販のファンを増やしていきました。同時に通販サイトを立ち上げて夏のギフト商品として売り出した結果、2015年に日本ギフト大賞を受賞。現在は、星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳の夏の定番、八ヶ岳マルシェの常設店でも販売しています。

地域・福祉・農業、共通の課題キーワードは「連携」

昨年の売上高比率は直販が約6割。直販比率が高いということは、天候や客足によって売り上げが左右されることでもあります。つまり経営が安定しづらいのです。
HAMARA FARMでは、直販に頼るリスクを回避するために6次産業化に近い取り組みも積極的に行っています。

6次産業化とは、1次産業の農林漁業が、2次産業の加工と3次産業の販売・サービスまでを一体的に行う経営形態です。
HAMARA FARMの場合、「八ヶ岳生とうもろこし」として商品化しているのは一番目に実がついた一番果のみ。二番果やB品は飲食店に卸して加工品として使ってもらいます。商品の5分の1ほどの低価格で卸すので、安く出す代わりにホテルの売店などでPR・販売してもらうという、6次産業化に近い流れになっています。

6次産業化は、国をあげて取り組んでいるわりに成功事例がまだ少ないといわれています。
「農業は農業の世界だけで収まろうとする傾向があって、商業、製造業、観光業などの異業種との関わりが少ない。プロモーションも下手。コラボ商品を作るもの下手」 つまり、他産業との連携ができてないのです。そんな農業の現状から折井さんが懸念しているのは、これからの農業の行く末です。

農業全体としてIT化や機械化が進んでいくと、必然的に大規模集約農家が主流になります。効率化が進むと人手がいらなくなり、その結果として農産物の買取り価格が下がるという悪循環が起こりますが、そのしわ寄せを受けるのは中小規模の農家だと折井さんはいいます。

「この先、生産者が生き残っていくためにはどんなアイデアがあるのか、希望のある農業の未来のために何ができるのか、皆さんと一緒に考えていきたい」

今回のゲストトークに共通していたキーワードは「連携」でした。情報の連携、人の連携、地域の連携、アイデアの連携、異業種の連携、世代を超えた連携。課題の内容はさまざまでも、「連携」にフォーカスしていくことが課題解決のひとつの糸口になるのかもしれません。

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参加者の思いがあふれた自己紹介タイム

今回はIGNITE!恒例のワイガヤに入る前に、「仲間募集シート」を全員で共有する時間が設けられていました。シートに記入した内容をさっと読めば自己紹介も含めて一人30秒……。のはずだったのですが、みなさんの思いは軽く30秒を越え、途中からはポイントを絞っての自己紹介となりました。

ちなみに今回の参加者は45人。そのうち約半数の人は初回からの連続参加。今回が初参加の人、県外から来た人、それぞれ10人ほどいて、IGNITE!への関心の高さを物語っていました。

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仲間募集シートの「取り組みたい課題」を少しだけご紹介します。

地元の人と移住者をつなげたい・小規模農家のヘルプ・富士見の空き家問題と高齢者の移動問題・福祉で必要なデータの可視化・高齢者でもできる仕事・課題を抱えている人同士をつなぎたい・(小林)市子さんのテーマにのりたい・とにかく富士見の役に立ちたい

森のオフィスの利用者やIGNITE!の参加者の中には、「富士見」という場所に惹かれて移住してきた人たちが少なくありません。今回、ゲストスピーカーから富士見が直面している課題をじかに聞いたことで、富士見に暮らす人たち、働く人たちの切実な訴えを自分事に捉えた人がかなりいたようでした。

ワイガヤから始まる人と人の連携

今回のワイガヤのカテゴリーは、「地域課題」「福祉課題」「農業課題」「その他の課題」の4つ。「その他」以外はゲストスピーカーを中心にワイガヤが始まりました。

いままではグループでひとつの課題を話し合うワイガヤでしたが、今回のワイガヤはアイデアの種を探したり情報収集したりする場。次回からは実際に自分の課題を見つけていくタームに入るので、いつも以上に白熱した議論が見受けられました。

たとえば福祉のテーブルでは、「空き家」と「インバウンド」を切り口に地域の活性化と独り暮らしの高齢者の見守りを実現するアイデアで大いに盛り上がっていました。農業のテーブルでは、女性の目から見た商品開発のアイデアにゲストスピーカーが感心する場面も。

まったく異業種の人がゲストスピーカーに疑問をぶつけたり自分のアイデアについて意見を聞いてみたり、逆にゲストスピーカーが参加者に意見を求めたりと、すでに人と人の連携、アイデアとアイデアの連携が始まっていたようです。

「話しながら書いていくほうがアイデアは生まれやすいので、HOMEWORKシートはワイガヤしながら書くといいですよ!」という津田さんの言葉に背中を押されたのか、この日のワイガヤは11時近くまで続きました。

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