IGNITE! FINALレポート
花岡 美和
2019/03/04 (月) - 08:00

自分たちがやりたいことをカタチにしてみたい――。

そこから始まった実験的なワークショップ「IGNITE!」(イグナイト)が最終回を迎えました。イベントを主催するのは、雄大な八ヶ岳のふもとに位置するコワーキングスペース「富士見 森のオフィス」。地方にありながらも“地方らしからぬ”洗練されたプロジェクトを次々と立ち上げ、2015年末のオープン当初から注目を集めてきました。
40を超すプロジェクトの中でも特に異彩を放っているのが、このIGNITE!です。

IGNITE!主催者であり、森のオフィスを運営するRoute Design代表、津田賀央さん。

IGNITE!は月に1回、全12回を4つのステージに分けて進んできました。それぞれの参加者が「やりたいこと」を出し、興味のあるテーマでチームを組み、最終的にできたチームは7つ。毎回ワイガヤを重ねながら、「アイデアをカタチにする」を追いかけてきた1年間で、プロトタイプを作ったりプロトイベントを開催したりしたチームもあります。
この先、自分たちのアイデアを実際に世の中に出すにはどうすればいいか。今回はそこを検討するためのファイナルプレゼンです。

IGNITE!名物
キッチンカー「チルクス」のカレー

7チームのうち6チームが観覧者の前で思いの丈を発表するという、1年かけたワークショップにふさわしい賑やかな最終回でした。
今回のプレゼンの目的は、資金調達のためのプロモーション(クラウドファンディングや創業支援など)、サービスのターゲットへのPR、仲間や協力者の募集など。観覧者は一般の皆さんのほか、電通、ソニー、ドコモ、子育てNPO、地方自治体などから多彩な顔ぶれのゲストがずらりと並び、賑やかな中にも緊張感の漂う、真剣勝負の3時間となりました。

AGRI Recorderチーム
農業にもドライブレコーダーの発想を!

IoTデバイスを使った定点観察のアイデアと、ハウス栽培の温度管理を簡単にしたいという二つのアイデアがマッチングして誕生したチーム。転機はIGNITE!の特別編でした。
特別編で、電通クリエイティブ・ディレクターの澁江さんがメンターに入ってくれたことで、アイデアが一気にブラッシュアップ。チーム名を「AGRI Recorder」に変え、ターゲットも個人の家庭菜園からプロの農家向けに方向転換。これを機に試作品1号機が完成しました。

AGRI Recorderチーム。エンジニアでチームリーダーの竹内さん(画像4)とセロリ農家の平出さん(画像5)のアイデアがマッチングしてプロジェクトがスタート。

プレゼンに試作品の1号機と3号機を持ち込み、プロトタイプの変遷を披露。1号機はひとつの容器の中にすべての機能を盛り込もうとしたため、肝心の気温が測れなかったそうです。「そんなことにも気づかないでスタートしました」とリーダーの竹内さん。
3号機になると、気温の測定はもちろん防水機能も備わっていました。材料はすべてホームセンターで購入したそうです。
今年は試作品で実際の農家のデータを記録して蓄積し、来年にいかす予定。広報やマーケティングも兼ねてクラウドファンディングでの資金調達を検討中です。
facebookで情報更新中! https://www.facebook.com/AGRIRecorder/

チーム名の名付け親でもある澁江さんのコメント。
「こんなに育っているとは驚きです。根源に、人口減や高齢化といった農家が抱えている社会課題があるところが非常に強い。また、それを農家と仲間が解決していくところも強い。感動しました」

AGRI Recorderのメンターとしてチームのアイデアを一気にブラッシュアップ。ゲスト観覧者の澁江俊一さん(電通クリエイティブ・ディレクター)。ファーストステージではゲストスピーカーとして登壇。

チームしおりやさん
「つくる」「交換する」「発見する」

ある男の子がお父さんに、本の「しおり」を作ってプレゼントしたことから始まったプロジェクト。子どもと一緒にしおりをつくる。作ったしおりを交換する。しおりを通じたコミュニケーションから相手のすてきな部分を発見する。プロジェクトのコンセプトである「つくる」「交換する」「発見する」の、3つのたのしさの価値を検証するためにプロトイベントを展開中です。

今回は、プレゼンの中でプロトイベントを行うという斬新な試みからスタートしました。タイトルは「しおりやさんin 森のオフィス」。会場の全員に配られた「しおりの台紙」に、「名前」「ワンポイントイラスト」「夢」を書き、作ったしおりを隣の人と交換するというもの。チームリーダーの蜂谷さんによれば、「できるだけ初対面同士でしおりを交換してもらい、そこに何が起こるのかを検証したかった」そうです。

チームリーダーの蜂谷さん(左)小塚さん

いきなりの展開に会場全体がどよめいたものの、実際にしおりを作って交換タイムが始まると、一気に打ち解けた雰囲気に。「しおりはアイスブレイク・ツールとして機能するか」という仮説は、見事に検証されたようです。
チームしおりやさんホームページ https://shioriyasan.jimdofree.com/

いきなり作ったしおりを初対面同士で交換し合う。想像以上の盛り上がり。

野外保育園を主催されている松下さんのコメント。
「子どもは“交換”がすき。気持ちを伝える、人と人が関わる、その点にとても興味を持ちました。手紙の交換のようにしおりの交換が当たり前になったら、世の中のぎすぎすが減りそうですね」

ゲスト観覧者の松下妙子さん(NPO法人ふじみ子育てネットワーク代表、野外保育「森のいえ“ぽっち”」代表)

結チーム
都会のシェフと地域をつなげる一期一会のYUIレストラン

飲食関連の仕事をする東京メンバーと、農業を営地元メンバーで進めているプロジェクト。ファイナルプレゼンは、ファシリテーターの松井さんが代わりに行いました。

「結」(ゆい)とは、労働力を対等に交換し合って、農作業や地域の営みを維持していくために共同作業を行うこと。今はすたれてしまったけれど、以前は当たり前に行われて結の精神で、色々なものをつなげる一期一会のレストランを作りたいという企画です。

つなげたいのは、都会で伸び悩む若手シェフと外食の機会が少ない富士見町の人たち。または、消費者と接する機会のない生産者と消費者。さらには、シェフの料理スキルと生産者の食材など。お金で繋がる関係ではなく、各自がスキルや労働力を持ち寄って、デザイナー、アーティスト、空間プロデューサーなども集まったら素敵なレストランができそうだという発想です。

IGNITE!ファシリテーターの松井彩香さん

前回のIGNITE!のあと、東京メンバーがシェフと一緒に農家を巡り、生産者の話を直接聞いたことが刺激になり、「考えるより実際にやってみたほうが得られるものが大きい」と判断。3月吉日、東京で活躍するシェフを富士見町に招いて、一日限りの「YUIレストラン」をプレ開催する予定です。

想い出の木チーム
喪失感をワクワク感に

家を建てる際、思い入れのあった庭木を切らなければならなくなった実体験をもとに始まったプロジェクトです。目指す姿は、「想い出の木との別れを前向きに変えたい」。想い出の木を活用して違う形で残せたら、木を失う喪失感を新しい良い思い出に変えられるかもしれないと考えたそうです。

チームリーダーの真野さん(左)児玉さん(右)

新しい生活のために切る木なので、新しい生活に役立てたいと調べているうちに「ウッドターニング(木工旋盤)と出会い、ウッドターニングを使った木工ワークショップのプロトイベントを開催。
参加者からは、「木工にはまったく興味がなかったけれど、自分で作ってみると既製品のナチュラル雑貨とは全く違う。これなら毎日使いたい」と大好評。「想い出の木から器を作るワークショップは実現可能か」という仮説が検証され、お客さんに楽しい体験を提供できるという手応えを得たようです。
思い出の木の活用ホームページ https://logsnagano.web.fc2.com/

ゲスト観覧者からは、喪失感を喜びに変えていく発想は誰もが共感できるアイデアだとして絶賛されました。また、「想い出の木を使えるものにするというプライスレスな体験の中で、初めて木工の道具を使ってみることもプライスレスな体験。そこに企業の入る余地がある」という角度から、木材加工業者や木材加工の機械を作っている業者と一緒にワークショップをしたらどうかという提案もありました。

ゲスト観覧者のNTTドコモ39worksの皆さん。左から金川暢宏さん、笹原優子さん、河西祐介さん。

L15
15才が「職業」よりも「生き方」から将来を考える場所

将来を考え始める15才。自分の周りにいる限られた大人の価値観だけではなく、色々な大人と出会って多様な価値観に触れ、15才が「職業」よりも「生き方」から将来を考える場をつくりたいというL15チームには、各分野のプロから色々な角度の感想や意見が飛び交いました。

NPO法人ふじみ子育てネットワークの代表でもある松下さんからは、「地域でワクワクするようなことができないかと考えているので、本当に嬉しい取り組みです」とエールが贈られました。

チームリーダーの花岡さん(左)菊池さん(中)堀越さん(右)

お子さんを持つ観覧者からは、「今の十代がスマホを持ったことで、自分たちの子ども時代にはなかった新しい不安が増えている。L15が今の親の不安を解消できる場であれば、親も取り込んだ活動になるではないか」というアドバイスがありました。
また、高校生に森のオフィスを無料開放したらどうかというアイデアに対して、高校生は移動手段がないから役場で無料バスも出してほしいという意見が出たり、高校生からお金は取れないけれど、企業研修とL15をパッケージングして企業からお金をもらったらどうだろうといった、ビジネスモデルにまで話が及びました。

Alexa行政チーム
AIスピーカーで進化する自治体広報

アマゾンのAIスピーカーAlexaを活用して富士見町行政の情報発信に役立て、地域コミュニティの活性化にもつなげていくことを目指しているAlexa行政。すでに富士見町役場の担当者とAIスピーカーの可能性について意見交換を重ね、プロトタイプを作成して実機で検証も始めました。
また、富士見町役場の2019年度予算計上を終え、現在は町長査定の結果待ち。予算承認された場合、今年は実証実験を開始する予定です。

プレゼンではAlexaを使ったデモの実演が行われました。「Alexa富士見町告知放送を開いて」と声をかけると、「富士見町告知放送です。いつどの時間帯の放送を確認されますか」とAlexaが応答。希望の時間帯の行政放送を再生しながら、液晶画面に文字情報も表示されところまで仕上がっていました。

チームリーダーの近藤さん(左)山田さん(右)

意見交換をしている富士見町役場の方からは、富士見町が抱えている課題をしっかり拾あげてくれており、AIスピーカーの活用という新しい視点を持つことができたと好評な様子。その一方で、通信や商品開発の専門家からは、そもそもAIスピーカーに何を聞いたらいいのかわからない、活舌が悪い高齢者の聞き取り感度はどうかなど、音声系デバイスの課題に対する指摘がありました。要するに「早く試してみるのが一番」ということです。

ゲスト観覧者の皆さん

IGNITE!の源泉は「やりたい!」
だから“やらされ感”がない

プレゼンを終えて特に印象的だったのは、観覧者から「感動した」という声がたくさん聞かれたことです。

「自分の持てる何かで地域や世の中を変えたいという思いが伝わって来て、感動した」
「最初の思いがぶれることなく最終プレゼンまで来た。そこに敬意を表したい」
「参加者がみんなキラキラと楽しそうにしていて、こっちまでワクワクしてくる」

特に、「IGNITE!は『やりたい』を源泉に動いている。会社の仕事と違って“やらされ感”がない」という意見には多くの共感が寄せられました。

その思いは参加者も同じ。
アイデアをカタチにしていく楽しさはもちろん、「やりたいことをやっている」という心の満足や仲間との交流も含め、参加者全員が、「1年間、本当に充実していた」とIGNITE!に感謝の言葉を述べた場面は感動的でした。
早く帰宅してIGNITE!の宿題をやりたいがために、会社の残業時間が減った人。
IGNITE!で得たことを仕事にフィードバックして仕事の質が向上したという人。
社内でのプレゼンがうまくなったという人。
IGNITE!は働き方や仕事のやり方にも影響を及ぼしたようです。

プレゼンの後はお楽しみ!森のオフィスX’mas Party

最後の総評では、非常に示唆に富んだアドバイスがありました。
「プロジェクトを続けていくのであれば、自分たちのエネルギーを外から取り込まないと継続できない。それは仲間なのか、モチベーションなのか、お金なのか、違うスキルなのか、とにかく外からエネルギーを取り込むことが必要。自分のチームにとって何がエネルギーなのかをよく考えて、そこに投資していくことを強くお勧めします」

計画では12回で終わる予定だったIGNITE!ですが、エクストラステージとして3月まで継続することになりました。自分たちのアイデアを世に送り出すために、外からどんなエネルギーを取り込むのか。7チームの挑戦はまだまだ続きます。

総評は下村秀樹さん(元ソニー)。ファーストステージのゲストトークにも登壇。

IGNITE! Vol.2が決定!

200万年前の人類が「こんなものあったらいいな」から作った石器が、人類初の発明だとされています。アイデアをカタチにする。これは、人類が永遠に追い求め続ける夢かもしれません。漠然と思い描いていたものに輪郭を与えるのは、きっかけです。IGNITE!は主催者が想像した以上のきっかけとなって、参加者の好奇心と創造力に火をつけました。

実はIGNITE!は、津田さんと松井さん、森のオフィススタッフの松田さんで立ち上げた自主プロジェクト・プロデュースチームideado(イデアド)によるプロジェクト(左から:津田さん、松井さん、松田さん)ideado  https://www.ideado.co/

大好評につき、この春からIGNITE! Vol.2が決定!
自然豊かな場所で、仲間と一緒にワイガヤしあって、有益なアドバイスやヒントをもらいながらアイデアをカタチにしていく。こんな機会はそれほどありません。
カタチにしてみたいアイデアがある人、モノを創造する雰囲気を味わってみたい人、仲間と一緒に何かをやってみたい人、とにかく刺激が欲しい人、理由はともかく、「やりたいことをやっている」という清々しい感覚を味わえる場所、それがIGNITE!です。

(撮影:山田智大)

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