「ジビエ」需要の開拓・創出で地域の活性化へ/地域活性機構 リレーコラム
亀和田 俊明
2018/11/29 (木) - 08:00

11月15日から狩猟も解禁となりましたが、近年、シカやイノシシなどによる農作物への被害が増加して各地で深刻な問題となっています。一方で野生鳥獣の食肉「ジビエ」は栄養価やヘルシーさが注目され取り扱う飲食店も徐々に増えており、政府も積極的に「ジビエ」振興に取り組むなか、地域資源として地域の活性化やインバウンドを含む観光振興にも寄与するものとしても捉えられますが、現状や課題から今後の地域活性化について考えてみたいと思います。

2017年度の野生鳥獣による農作物の被害は約164億円

以前、伝統野菜を中心とした地域食材の取材で、「桜島大根」の生産地である鹿児島県の桜島を訪ねた際に、「この島では人口よりイノシシの頭数のほうが多いくらいの地域なので、畑が荒らされて困る」という声を。また、「京たけのこ」で有名な京都府長岡京市では、「イノシシはたけのこの良しあしを見分ける優れた臭覚があるため、美味しいたけのこが食べつくされる」という生産者の方の苦しい胸の内を聞いたことがあります。

環境省によれば前年に引き続き減少傾向とはいうものの、2016年度末のニホンジカの生息頭数は約272万頭、イノシシは約89万頭です。2013年の「抜本的な鳥獣捕獲強化対策」において2023年までに半減することを目標としましたが、鳥獣被害は営農意欲の減退や耕作放棄・離農の増加、さらに森林の下層植生の消失等による土壌流出、希少植物の食害、車両との衝突事故などの被害ももたらしており、数字に表れる以上に農山漁村に深刻な影響を及ぼしています。

最新のデータでは鳥獣による2017年度の農作物被害について、被害金額が約164億円で前年度に比べ約8億円減少、被害面積は約5万3千haで前年度に比べ約1万2千ha減少、被害量が約47万4千tで前年に比べ約1万3千t減少しています。主要な獣種別の被害金額については、シカが約55億円で前年度に比べ約1億円減少、イノシシが約48億円で前年度に比べ約3億円減少、サルが約9億円で前年度に比べ約1億3千万円減少しているといいます。

このような野生鳥獣の被害を踏まえて「鳥獣被害防止特措法」が施行されましたが、国ではこの法律により現場に最も近い行政機関である市町村が中心となって実施する野生鳥獣に対するさまざまな被害防止のための総合的な取り組みを主体的に行うことに対して必要な支援をしています。なお、全国の市町村(1,741)のうち、鳥獣による被害が認められるのは約1500で、被害防止計画が作成された市町村数は2018年4月現在で、1,479市町村に上ります。

■鳥獣被害防止特措法
(鳥獣による農林水産業等に関わる被害防止のための特別措置に関する法律)
鳥獣被害の深刻化、広域化を踏まえ、平成19年12月に鳥獣被害防止特措法が全会一致で成立。20年2月に施行。被害対策の担い手の確保、捕獲の一層の推進、捕獲鳥獣の利活用の推進等を図るため、平成24年、26年及び28年に改正。

また、農作物への被害が増えるのに対して狩猟免許の所持者数は年々減少し、猟友会など猟師の高齢化も進んでいましたが、2006年を底にここ10年ほどは徐々に新規の免許取得者が増加傾向にあります。特に20代から30代の若い世代のハンターが急増して免許所持者のうち39歳未満に占める割合はこの10年で約2倍となって10%を超えてきました。早稲田大学をはじめ全国の大学にも狩猟サークルが生まれ、若手ハンターが増えているという明るい話題もあります。

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(資料:環境省資料より筆者作成)

栄養価やヘルシーさが注目される食材「ジビエ」

さて、日本で「ジビエ」といえば、シカ、イノシシ、クマ、野ウサギ、マガモ、キジなどですが、はるか昔から地方ではマタギや猟師がクマ、シカやイノシシなどを捕獲して鍋などで食べる食文化がありました。一般的に「臭い、硬い、まずい」ともいわれていましたが、「ジビエ」がフレンチやイタリアンで注目されるようになったのは1990年代半ばからで、欧州からの輸入が本格化するとともに、国産「ジビエ」を取り扱う飲食店も徐々に増えていきました。

イノシシ肉は豚肉に比べ鉄分が4倍、シカ肉は高タンパク質低脂肪で鉄分も多く、栄養価やヘルシーさが注目されている食材です。野生鳥獣が田畑を荒らす農作物の被害が後を絶たず、このことが影響して離農してしまう生産者もいるほどですが、現在、政府は野生鳥獣の捕獲から処理加工までの流れを整備し、良質な「ジビエ」を供給する体制づくりを進めていますので、野生鳥獣を利用して今後、農村地域では所得向上にも寄与するものとして注目されています。

「ジビエ」の消費推進に当たっては、消費者から信頼される食品であるために、流通する「ジビエ」の安全性の向上及び透明性の確保を図ることが必要ですが、農林水産省は適切な衛生管理に取り組む食肉処理施設を認証する「国産ジビエ認証」制度が2018年5月に制定され、認証を受けた処理加工施設で生産された製品に認証マークを表示するルールを規定しています。これにより安全・安心に食べられる仕組みづくりで消費拡大を図る意向です。

■ジビエ認証制度

目的
この制度は、「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」(平成26年11月厚生労働省策定)に基づいた衛生管理基準の遵守、カットチャートによる流通規格の遵守、適切なラベル表示によるトレーサビリティの確保等を適切に行う食肉処理施設を認証することにより、食肉処理施設の自主的な衛生管理等を推進するとともに、より安全なジビエ(捕獲した野生のシカ及びイノシシを利用した食肉をいう。以下同じ。)の提供と消費者のジビエに対する安心の確保を図ることを目的とする。

環境省の調べではニホンジカとイノシシで年間約112万頭が自治体や猟師らによって捕獲されていますが、食用になるのは約1割にも満たないといいます。大半は活用されずに埋設や焼却されるという実態があります。少しでも多く食用として利活用されなければなりませんが、その際に必須なのが処理加工施設です。農林水産省の調査によれば、国内における野生鳥獣の処理加工施設数は2015年6月時点で、以下の35都道府県の172ヵ所です。

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(資料:農林水産省ホームページ資料より筆者作成)

政府も積極的に「ジビエ」産業の振興・推進へ

政府はモデル地区の指定や狩猟者の育成、流通体制の確立などを目指すとともに2019年度には「ジビエ」の消費量を倍増する考えといいます。野生鳥獣を捕獲・加工し、「ジビエ」として供給することは農作物の被害を減らせると同時に、食肉の利活用により新たな収入源になる可能性もあります。「ジビエ」産業の振興・推進によって、地域での雇用や特産品、観光資源、新たな食文化の創出にもつながることが期待されています。

農林水産省では、「ジビエ」利用に取り組む地域を支援するためにさまざまな施策を講じていますが、「ジビエ」に関わる事業者や地方公共団体等からの相談や問い合わせに官民連携で対応する「ワンストップ相談窓口」を2017年9月に開設したほか、「ジビエ」に関する情報を発信するWEBサイト「ジビエト」を開設し、「ジビエ」料理を提供するレストランや体験ツアーなど地域のイベント、オリジナル動画なども紹介しています。

また、「ジビエ」利用の拡大に当たってはシカやイノシシの一定規模の処理頭数を確保し、食品衛生管理の徹底に取り組みつつ、捕獲から搬送・処理加工、販売がつながってビジネスとして持続できる安全で良質な「ジビエ」の安定供給を実現することが重要ですが、先導的モデルとなる取り組み等を定めたマスタープランを策定した17地区を「ジビエ利用モデル地区」として2018年3月に選定しています。なお、本格的な稼働は2019年度になるようです。

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(資料:農林水産省資料より筆者作成)

モデル地区では長野市や美作地区のプランのように、一次処理することができる特装車の移動式解体処理車「ジビエカー」が導入されることで、捕獲現場付近まで駆けつけてから止め刺しを行い、直ちに処理を行うことが出来るので、肉の劣化を抑えることができるようになります。近隣に獣肉処理施設のない地域や運搬に手間かかる地域では捕獲後に廃棄されてしまうものも多いだけに、シカ、イノシシの利活用率向上が期待されます。

「ジビエ」の普及・活性化目指す協会がサミット開催

「ジビエ」は流通体制の不備や不要な部位が多いことから豚肉などよりも高くなる価格が課題ですが、今後、消費者に対して特有の味や栄養価など「ジビエ」の価値をよりアピールしていく必要があるでしょう。最近ではフレンチやイタリアンのレストランだけでなく、居酒屋やハンバーガー店、カレー店、外食産業など「ジビエ」を使用した料理がメニュー化される例も顕著ですし、狩猟解禁の期間中に学校給食で提供される学校も増えています。

また、販路や消費が増えていくなかで、安全で良質な「ジビエ」を提供していくためにも安定的な捕獲や供給とともに猟師のスキル向上も重要です。猟師が持ち込む肉質が安定しないことも大きな課題ですが、腹部を狙わないなど腕を磨くだけでなく、高度な処理技術を伝えていけるハンターの養成講座などの野生鳥獣の被害対策とは別な取り組みも強化していかなければビジネスとしては難しいものがあるかもしれません。

2014年からNPO法人として活動を始め、2017年には一般社団法人化した日本ジビエ振興協会では、捕獲した野生鳥獣をおいしく安全な食肉として利用するために必要な技術や情報を周知するとともに、鳥獣被害に苦しむ地域が「ジビエ」料理の普及により活性化することを目指しているといいます。セミナーや現地視察のプログラムから成る「日本ジビエサミット」が毎年1回開催されていますが、2019年1月には徳島で行われる予定です。

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2019年1月に徳島で開催される「日本ジビエサミット」(日本ジビエ振興協会HPより)

日本を訪れる外国人観光客は和食に関心がありますが、「ジビエ」に慣れ親しんだ欧米系の旅行者にとっては、シカやイノシシなどの食材を使った料理も有効で、都市圏だけではなく、地方を訪れる際の地域資源、地域文化としてもますます注目されますし、取り組んでいかなければならない重要な観光コンテンツの一つともいえます。一過性のブームに終わることなく、地域ぐるみでの持続可能な食文化、産業としての定着が望まれます。

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