交流可能圏域人口から見る「ローカル」立地優位戦略
木下 斉
2019/02/08 (金) - 08:00

大都市に人口が集中している。実は東京一極集中というだけでなく、北海道であれば札幌に、東北であれば仙台に、九州であれば福岡にといったように、大都市に人口が集中する傾向が強まっています。都市機能が充実し、様々な雇用機会にも恵まれている規模の大きな都市に人が集まるのは、ある意味の必然であるが、最近これらをネガティブに捉える傾向が強いのは、“人口が取られてしまう”という危惧が背景にあるからです。

しかしながら、あまり極端に悲観視しすぎることはありません。自治体人口をもとに考えすぎていて、本来地元経済として向き合うべき「商圏」という意味では、自治体区分などは一つの行政区分に過ぎず、消費者は「ここからは◯◯町の外にでるぞ!」といって、意識的に消費を抑えたりはしません。自動車社会では日常的に複数の自治体を横断して生活している人も多数いるものと思われます。

このようなライフスタイルでは、大都市圏に所属しているローカルはそれ自体で強みが出てきます。例えば、特に高速道路網が整備されたことで、人々が自動車によって移動アクセス可能なエリアは大幅に拡大しているため、商圏人口は確実に拡大しています。地元の人口が数千人、数万人しかいなくても、自動車に乗って1時間範囲で移動してこれる人口は実は増加しており、商機は実質的には拡大しているのです。

交流可能圏域人口で捉える

国土交通省・国土技術政策総合研究所「交流可能圏域に着目した評価指標の開発に関する研究」( http://www.mlit.go.jp/chosahokoku/h18giken/program/kadai/pdf/shitei/shi1-01.pdf )では、市町村別人口をもとに、60分圏時間交流人口を色分けで示しています。

この色分けをみると、大都市から1時間範囲に所属している市町村は個別市町村の人口だけでなく、周辺自治体人口までも商圏として捉えると、地域の見え方が変わります。むしろ10万人未満であるところは北海道に集中していて、本州以南では多くの地域では50万人以上の商圏を捉えることが可能であることが分かります。つまり1時間以内で移動してその自治体に来れる人は、自治体人口だけによらず、より大きいのです。

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さらに、日帰り観光といったところまでイメージを拡大し、180分で移動可能な範囲とすると、以下のようにより一層数が大きくなるわけです。毎日移動はしないけれど、週末に行くか、というレベルの目的まで作ることができれば、100万人以上の人口を普通に商圏にとらえることは可能になるわけです。勿論三大都市圏は際立っていますが、その中にも決して発展しているわけではない、農山村漁村も存在しているわけです。さらに普段であれば衰退が叫ばれる山陰地方なども、実際には瀬戸内エリアからの人の移動までを見るだけで大きな可能性を秘めていることがわかります。

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このように、大都市圏周辺や、大都市同士が接続する「帯」となるエリアでは、地元自治体人口ばかりに囚われて悲観的にならず、むしろ大都市とは異なる強みを活かすことが肝となります。

大都市圏に所属するローカルの強み

60分圏域に大都市を持つローカルには、どのような強みがあるのでしょうか。“中心ではない”ということが強みに変わる点もあるわけです。

最も大きいのは、大都市中心部よりも圧倒的に不動産コストが安い点です。明瞭な目的をもって来てくれる顧客を抱える店であれば、わざわざ市街地中心部で高い家賃を支払って店をやるよりも、高外部やいっそのことローカルに移転して経営するというほうが経営的に合理的なことが少なからずあります。私も地方を訪れた際に、地元で仕事を共にするメンバーと名店について話をしていると、この10年は確実に中小部エリアから離れていく店が極めて多くなっています。

例えば、札幌市にあったSagraというイタリアンの人気店は、人気があったにもかかわらず店を閉め、今は余市町に店を構えます。余市の食材の魅力、大自然の環境に魅せられて移転されたのです。不動産コストが安いだけではなく、魅力的な食材などが手に入れられる、景観的な魅力があるといった利点を価値に変える力のある人が、この都市県内に位置するローカルに拠点を移すことは極めて異端ではなく、極めて合理的なのです。そして昨年末に高速道路から伸びて、余市ICが開業したことで、さらに札幌市内からのアクセスが改善し、完全な60分圏域に入るようになりました。昨年お邪魔した際にご主人に「今度はICもできてより近くなりますね」とお話したら、「いやぁもっと山奥に店を移したいなと思っているんです」と話されており、さすがだな、と。余市は倶知安・ニセコエリアからも60分圏内に位置していることからも、単独では自治体人口約2万人ではあるものの、極めて魅力的なエリアを抱える都市圏に所属していると言えます。

広島都市圏から人を集める、島根県邑南町

さらに地域をあげて長らく都市圏域をターゲットにした、食を中心にした地方創生に取り組んでいるのが、島根県邑南町です。A級グルメの取り組みは全国的に有名ですが、その取組み自体は邑南町の60分都市圏域から180分都市圏域の間に位置する広島都市圏をターゲットにしたものと言えます。

都道府県区分としては島根県に所属する邑南町ですが、広島から浜田に通じる高速道路網が通っていることで、完全に広島都市圏に所属する地域です。自治体人口1万人の町ですが、広島都市圏の人口集積をみれば、商圏とするアクセス可能人口はその何十倍にもなります。

当然ながら広島市内よりも不動産価格は劇的に安く、一方で農業は地形的に広い平野とかではないために多品種少量生産型の農業を営む人たちが多い地域でもあります。それらの魅力をもとに、積極的に地域外からザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ(北海道洞爺湖町)の鉄板焼きレストランなどに勤めた経験のある腕の良いシェフなどを一本釣りで呼び寄せ、店舗開業を誘致・促進してきたのは、邑南町職員でもある寺本英仁さんなど地元の方々です。
飲食産業は客商売ということもあり、務めると休みが取りにくい、体力的にもキツイ、と言われる中、邑南町では不動産コストが劇的に安いために固定費が大幅に軽減されることで、雪の降る時期などは長期で休む店が一般的になっています。良好な飲食創業が可能だということで、若い人材がさらに集まり、10店舗以上の飲食店舗が集積するようになっています。彼らはこれを決してB級ではない「A級グルメ」と呼び、広島都市圏から車に乗ってわざわざ行くだけの価値のある店、そして都市部では決して不可能な店の経営を可能にしたことが、大きな強みになっています。

それでも、大都市周辺の60分圏域である地域は全国に数多あるわけです。その中でも、自らの優位性に築き、積極的に動く地域と、そうでない地域で差が生まれるわけです。それは外部要因ではなく、内部要因です。邑南町はもともとはたたら製鉄で栄えた地域で、その後には炭焼き産業が長く主力であったものが、高度経済成長以降には炭の需要も低下したことで、皆さん農業に転換し、今に至ります。産業の移り変わりにも柔軟に対応してきたことは、地元として新たな挑戦を受け入れる基盤があったのかもしれません。今ではもともと地元に住む農業家の方が夏の期間だけ開業するカフェを営んだり、役場の若手メンバーが自ら古民家を取得改修したりと、積極的に動いています。

このように、各自治体人口だけをもとに悲観的に捉えるのではなく、都市圏の視点で交流可能圏域人口を意識し、その上で都市中心部では決してできない顧客向けのサービス、そして働く側の余裕のある経営や勤務を可能にするモデルを追求することが、都市圏に所属する、だけど中心ではない“ローカル”の強みとなっていくでしょう。

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