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八方美人、万人受けを考えない。マスマーケティングを超える、ピンホールマーケティング
木下 斉
2019/04/19 (金) - 08:00

地域事業でうまくいかない原因は、極めてシンプルで「客がいない」ということです。さらに言うと、客がいないことの大抵の原因は、自分がやりたい事業に取り組んでいて、具体的に絞り込んだ客が見えていないからなのです。むしろ、何か客層については大風呂敷を広げてしまっていて、「お年寄りから子どもたちまでが笑顔になれるような場所を作りたい」という優等生な話はするものの、結局どこのお年寄りに来てもらうのか、どこの子供に声をかけるのか、という話にすら行き着いていなかったりします。

あらゆる事業において同様ですが、資源には限りがあります。場所には制約があります。資金にも限度が存在するわけです。そんなにあらゆる人々にサービスを提供できるほどの資源を最初から作り出すことは到底難しく、むしろ誰からも知られないまま、もしくは支持されないままに潰れてしまうということが多くあります。

10年以上前になりますが、とあるまちで「コミュニティカフェ」を始めたというグループがいらっしゃり、訪問したことがありました。当事者の方々は地域への想いもあり、素晴らしいのですが、実際にお店に行くとサンドイッチが出てくるまでに20分以上かかり、接客らしいものもほとんどない。話を聞くと、スタッフを雇う資金がないので、ボランティアの方々が交代で来てくださっているとのことでした。実際には客数も少なく、また、来ている方も佇むばかりであまりお金を払うような注文をされていないようで、じきに店は閉められました。

どんなに思いがあったとしても客の来ないコミュニティカフェよりも、客の来ている普通のカフェのほうが実際には多くの人々に支持されているという悲しい事実がそこにあります。本連載でもこれまで、逆算開発、積小為大の話をしてきましたが、一番最初に必要なのは限られたリソースで、限られた人たちに支持されるサービスを地域に作り出す、ということにあります。

そういう意味では、自分たちの想いだけのきれいなストーリーに酔いしれて、曖昧な顧客像で突き進むのではなく、想い以上に厳しい目で顧客を絞り込み、そこに向けた具体的なサービスを実現することに全力投球することが、スタートアップの段階では大切です。

前回のコラムで触れた「ピンホールマーケティング」の起点となる、ターゲットの絞り込みについて今回は解説したいともいます。

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曖昧な顧客像は命取り

曖昧な顧客像というのは、様々な事業で登場し、そしてそのプロジェクトの破綻を予期させるものです。前述のような「老若男女の地域のあらゆる人々に利用してもらう」というのは、ほとんど何も考えていない、祈るに近い話です。これだけでは、具体的にどのようなサービスを作ると喜ばれるのか、ということすら考えられない、広がりすぎた話になります。

また、昨今の観光振興や六次産業化といったような地方での取組みにおいて、なんとなく顧客層を決めたような気になる際に必ず出てくるマジックワードがあります。それは「富裕層」という言葉です。

近年、地域における様々なサービスの付加価値を上げようという話になり、単価を上げたい。であれば、高いものでも買ってくれる人は誰かという話が持ち上がります。その時に、金持ちであれば高いものでも買ってくれるという思い込みから、富裕層に売ろうという流れになります。

しかしながら、実際には「富裕層」なるのは単なる表現方法に過ぎず、どこの国の、誰か、もわからず、ざっくりとした表現でなんとなくモノにできるような気になっていることがほとんどです。その場にいる誰が、いつ、どのようにその層にあたる具体的な人物に営業ができるのか、それを明らかにしない限りは、単なる空論に過ぎません。結果、富裕層とされる人に向けて作られた加工商品や観光企画が閑古鳥で頓挫するというのはよくある話です。

実際にその会議の場にいる誰ひとりとして“富裕層”なる定義も明確にしていなければ、それぞれが連絡できる対象者に富裕層がいなかった、という笑えないオチになるわけです。

なんとなく曖昧な絞り方をすれば、結局のところ何も決めていないことと変わりません。顧客像というものは極めて具体的なものであり、自分たちがアクセス可能な対象者でなければなりません。地元の20〜30代の子育て世代、と位置づけたとしても、その世代に自分たちのチームの誰もがコンタクト不可能で、毎回集まるのはおじさんだけ、というのでは単なる思い込みで事業を進めていくことになるわけです。逆算開発は全く不可能になり、事業の成功確率は減ります。

対象者は具体名でリスト化し、100名以上はコンタクト可能なネットワークを地元に持てるかどうかが、一つの絞り込みの分岐点になります。

絞るからこそ、広がる

絞り込むということは、実際のところは何かを諦める、対象にしないという決断が伴います。だからこそ、自分たちが取り組む事業の本質的な価値と向き合い、こだわっていくことが可能になります。

事業開発の初期はこの“絞り込み”で、具体的な顧客像を定めて、先回り営業をして逆算開発の基礎を作り出すことがとても大切です。いけるような気になっていても、実際に自分たちで連絡できるターゲットとなっている人たちが100名いるかどうか、というシビアな話を仲間としているうちに、それが本当に可能なプランなのかどうかが確かなものになっていきます。私も実際に地域での事業を始める際には、スプレッドシートを立ち上げて、皆でコンタクト可能な人たちのリストを作成することが多々あります。「その拠点の半径100m以内に住んでいる人」といった形でも良く、重要なのはその具体的な人たちに自分たちがコンタクト可能かということです。そしてもしコンタクトできていないのであれば、一刻も早くコンタクトをしてまわり、営業の下準備を始めなくてはならないわけです。

そして、針の穴ほどに限定的に絞り込んだ事業であっても、具体的な顧客に向けて事業が立ち上がり、尖ったサービスで高い支持を受けていくと、それは大きな信用となっていきます。限られた層に強烈に支持されるものは、当初は近隣地域からの利用が多くを締めますが、やがて全国区、場合によっては海外からも人が訪れるようになっていきます。さらにもともと対象にしていなかったような人たちにも響き、結果として適切な拡大に繋がっていきます。岩手県紫波町のバレーボール練習専用体育館であるオガールアリーナ、新潟県魚沼郡の里山十帖、宮崎県の九州パンケーキなど、今では全国、海外でも注目を浴びるサービスがあります。これらは当初は見向きもされないような、まさにピンホールほどに絞り込まれたターゲットに向けた尖ったものばかりです。絞り込んだターゲットに向けて、覚悟を決めて他にない挑戦をし、各自が営業を行い、成果を得たからこそ、ストーリーへの共感も生まれ、大きな広がりを得ることができたのです。

実際の事業としても、皆が狙うような大きな市場には競合他社が多数出てきます。大手企業もそこには参入してくるわけですが、絞り込んだ市場にはそのような大手企業や競合他社はそれほど多くありません。なぜならば皆、事業計画では既存のセグメント分析に即した市場規模の大きなところを狙いに行くほうが、事業として成長しそうに思うからです。そして大手になればなるほど、それくらいのマーケットボリュームがなければ各種コストを回収できないという場合もあります。だからこそ、地方プロジェクトでは絞り込んだ、かつ自分たちで営業可能なターゲットに向けたピンホールマーケティングを徹底する必要があるのです。

地域事業のスタートアップには、ターゲット絞り込みと具体的なリスト作成に向き合うことが、営業の前に必要不可欠なハードルです。聞こえのいい「老若男女」「富裕層」などの言葉に流されない、よりシビアなターゲット議論がチームでできないのであれば、一度仕切り直したほうがよいでしょう。

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