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勤務地にこだわりを持たず望まれた地域や企業で 成果を上げ、地方都市の生活を謳歌
ファインネクス株式会社 細見 章夫さん
亀和田 俊明
2019/08/26 (月) - 08:00

首都圏から地方へキャリアとスキルを持った幹部層の動きが加速している。61歳を迎えて神奈川での社長業を退き、地縁も血縁もなく住んだことがなかった富山を新天地に選び、Iターンで単身移住している細見章夫さん(63歳)もそのひとり。平日は猛烈に働き、休日は都会では味わえない地方都市の生活を謳歌している。端子ピンで世界シェアの高占有率製品もある企業の専務取締役へと転職を果たした経緯、地域や企業を選ばずに成果を上げる秘訣などについて聞いた。

高校時代からのバイク、車好きが講じ仕事も自動車関連

細見さんが専務を務めるファインネクス株式会社は、富山県中新川郡舟橋村にある。富山駅から黒部へ向かう富山地方鉄道で六つ目の越中舟橋駅が最寄り駅になるが、駅前では「日本一ちっちゃな舟橋村」の看板が迎えてくれる。人口が僅か3,000人ほど、3.47平方キロメートルの日本で一番面積が小さい村だ。

近年は、富山のベッドタウンとして全国トップクラスの人口増加率の街で知られ、実際に子育て世代の家族の移住が増えているという。車で駅まで向かい、近隣の駐車場に停めて電車に乗り換え富山市内へ移動する「パーク&ライド」方式を推進している。そうした施策を講じた時代に村長を務め、礎を築いたのがファインネクスの創業者だった。

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越中舟橋駅前のロータリーでは「日本一ちっちゃな舟橋村」の看板が迎えてくれる

穏やかな関西弁が耳に優しい細見さんは、兵庫県神戸市の生まれ。高校時代に興味を持ち、免許を取得して購入したダックスホンダから長いバイクの歴史が始まったという。その後、自動車の免許が取れるようなって四輪に移り、西宮の自宅の裏に控える六甲山にはよくドライブに出かけ、山道を楽しんだ。

「車の雑誌も当時は4冊ぐらいしかなかったので、全て読んでいました。友だちと回し読みしたりして、それがきっかけですね。大学時代は車とずっと付き合っていました。一生、車に関わりたい、自動車関係の仕事に就きたいと思っていました。就職難の時代で、求人倍率が低く、超一流の方でもなかなか希望先に行けない時代でした」

1979年4月に就職難の中、谷本鐵鋼株式会社(現在は住友商事株式会社)に入社。もともと自動車に関心があり、半年ほどで退社するも在職中には溶接の取得やクレーン操作、フォークリフトなどの安全、免許を取得。

「大学が理工学部で金属材料が専攻でしたが、機械系に興味がありました。最初の会社は学校の推薦で入社したような気がします。とりあえず就職し、絶対、車の会社に移るのだと思ってタイミングを見ていました。転職した会社は車100%の会社でした」

1979年9月に日本ラジェーター株式会社(現在はカルソニックカンセイ株式会社)に転職し、大阪営業所の技術サービス部に所属。カーエアコンのセールスエンジニアとして働き始めた。その間の実績が評価されて1986年には本社の新規事業開発部に転属。

「東京では新規事業開発を担当しました。テーマは“快適な空間づくり”でした。当時の常務が、『お前ら3年間やるから、何かやってみろ』と言われました。3年間はルンルン気分で良かったのですが、その後は事業にしなければならなかったですし、お金を稼がなければいけませんでしたし、周囲からのプレッシャーもありましたので、苦しかったですね。企画から開発まで全て担当しました。幹が本物で、葉がポリエステルのような人工の樹木とかリトグラフとか。そのためにインテリアコーディネーターの勉強もしました」

アメリカやイギリス、中国などで15年間の海外勤務

仕事の幅をもっと広げたいと思っていた矢先に、ヘッドハンターや転職先の強い勧誘により1989年にアルプス電気に転職。当初はアルパイン宇都宮営業所で開発課長を務める。

「アルパインの上司の方がすごくいい方で、強い要請によりこちらを選びました。北関東での生活は初めてでしたが、栃木といっても関西人にはよく分からかったです。引っ越しもあまり抵抗がなく、行った時は苦労しますけども結果的にはどの土地もみんな良かったですね」

同社では自動車関連業務に従事していたが、国内での勤務年数より長く、アメリカに6年、イギリスに4年、中国に4年と複数の国で海外勤務を経験。

「ある時、事業部長から呼ばれて、クライアントのホンダさんがアメリカに進出し、当社でもオハイオ州に事務所が設立することになり、そちらへの赴任の打診でした。『喜んで行きます』と即断即決でした。その場で決めたのはお前が初めてだと言われました。帰宅して妻に話したら怒られましたけれど(笑)。まぁ、本気じゃなかったでしょうが。当時は英語もあまりできませんでしたが、事業部長からは、お前はホンダのことを良く知っているから選んだ。行ったら英語を勉強しろと言われました」と当時を振り返る。

新規事務所が開設されることになり、初代所長として家族でアメリカに赴任。妻と息子、娘ふたりの5人家族で慣れない海外生活が始まる。「子どもたちは現地の学校に行きました。文化が違うので戸惑うことも多くありました」という。

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アメリカ駐在時代に最後の家族旅行で訪れたカリブ海のカンクーン

帰国後、新しい日本の技術を習得するために宮城県大崎市の古川工場での技術統括部のグループマネージャーを務め、BMWの担当として2年半勤務するが、イギリスで新たにジャガーの任務に就くため3ヵ月の長期出張。その後、正式に駐在が決まり、妻と娘たちとの生活が始まる。

「娘たちも英語の問題がなかったので機嫌良く付いて来てくれましたし、妻も意外と馴染んでいました。駐在で困るのは二つあって、一つは奥さんがネガティブになるのが困ります。もう一つは旦那です。欧米など狩猟民族と農耕民族の違いもあるのかもしれませんが、海外勤務、海外での生活ではいかに現地になじめるかが大切ですね」

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イギリス駐在時代に奥さんやお嬢さんと訪れたイタリア・ローマ

4年に及ぶイギリス勤務後は、再び宮城の古川工場へ。その際には、会社としても今後、自動車の世界最大市場の中国市場へ攻め込むという意向があったことから、わずか半年間で車載ビジネスの中華圏の最高責任者として上海事務所の副総経理で赴任。

「基本は中国全土を見るのですが、実際にはアジア全域を見ていました。中国は妻も子どもたちも同行せず、単身赴任でした。子どもたちも大きくなっていたので。海外生活はタイミングもあります。家族で過ごすのはやはり欧米がいいですね。中国は欧米に比べるとゆとりがないですし、子どもを育てたり、家族で住むにはちょっとしんどいかもしれません」

延べ15年に及ぶ細見さんの海外生活だが、ヨーロッパとアメリカ、アジアなど民族性の違いや国民性の違いが顕著だという。駐在時代のエピソードも交え、その違いを的確に説明する。

「私はアメリカが好きです。アメリカ人ってやはり明るいですし、人の魅力ですね。それこそゆとりでしょうか。正直にあなたの助けが必要だと言うと困った時には必ず助けてくれます。また、飛行機の中で隣り合わせた人と話が弾み、ゴルフが好きだと言ったら、降りる際には次に一緒にゴルフをする約束をしていることもありました。一方で、イギリス人はちょっとシャイですね。日本人と似ているかもしれません。でも、いったん親しくなると長い付き合いになります。中国人も良いところはいろいろありますけれど、まだ発展途上という感じがします」

2014年、58歳の時に製造メーカーの国上精機工業株式会社の社長に就任。中国から帰国後に転じた。同社では、日本の2工場、中国の4工場の経営、またメキシコ工場のCEOも務めたので、月の3分の1は海外出張だった。

「60代でリタイヤはまだ早いと思い、知り合いのヘッドハンターに『社長を辞めたけど、自分が役に立つような会社はないか』と相談していました。勤務地にこだわりがなかったので、『どこへでも行きますよ』と伝えていました。どこかでお役に立てるのであれば、外資系だろうと海外だろうと、戦争が行われていない国であれば、どこでもOKでした」

平日は遅くまで働き、休みの日は地方都市の暮らしを謳歌

2017年6月に電子部品メーカーのファインネクス株式会社に入社。今年亡くなった前村長の先々代が創業し、現在は二代目が会長、三代目が社長を務めている。電子部品メーカーの専務取締役・技術本部長という要職に就き、会社の経営全般を担当。今まで北陸には一度も住んだことがなく、今回は自宅がある大阪府高槻市に妻を残しての単身赴任だ。

「大阪からも近いですし、富山には全く抵抗はなかったです。むしろ興味がありました。入社前に社長との面接のために訪れましたが、東京から宇都宮へ移住した時と同じような感覚でした。本部長なので、当然、新しい製品の開発は一通りやります。量産設備の技術のサポート、その他諸々ですね。二代目の会長がいて、三代目の社長がいて、次が専務の私です。会社の経営全般、あらゆることに携わっています」

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専務として会社の経営全般、あらゆることに携わっている

現在は、会社まで車で15分ほどの富山市内で単身生活を送っている。神奈川の前職時代には満員電車で通勤していたが、富山では自家用車で通勤しているほか、休みの日によく乗っているというカワサキの250ccのバイクで通勤することもあるという。

「意外と私の場合は寝すぎないほうがいいですね。あまりダラダラと寝ますと変な夢をみることがあるので、短い時間でも集中して寝るのがベストです。ウェラブル端末を体に付けて睡眠の深さなども測定しています。その代わり、週末はしっかり睡眠を取るようにしています」

また、63歳の今でも平日は深夜1時に床に就き、早朝5時には起きる生活とか。仕事だけではなく、健康管理や読書などプライベートも含め、ストイックな1日を課している。

「私があまり会社に残っていても社員が帰りにくいので、7時過ぎには自宅に戻って自炊した食事をとります。料理も休みの日には8時間もかけてカレーを作ることもあります。夕食後には週に3回はジムに行ってエアロビとかズンバとかスタジオプログラムに参加した後、トレーニングをしています。最後は体力勝負みたいなところがありますから一生懸命続けていますし、最近では腹筋も付いてきています。お蔭さまで体調は問題ないです」

最寄り越中舟橋駅の2階には利用登録が2万人を超える村立図書館があるが、読書が趣味の同氏も駅に図書館があることから、結構使いやすいために利用しているという。

「本はよく読んでいますね。週に5冊と決めています。ビジネス書が多いです。弊社が盛和塾に入っているので、稲盛和夫さんの本とかはよく読んでいます。あとは、昔から読んでいる車の雑誌にもよく目を通しますね。村立図書館もですが、富山県立図書館にも行っています」

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