人口3000人の北海道天塩町が世界とつながる、グローバル人材育成プロジェクト
田村 朋美
2018/02/26 (月) - 08:00

稚内空港から車で約1時間半、北海道の西海岸に位置する、人口約3000人の天塩(てしお)町。酪農と農業の一次産業を中心に発展し、人口の約3倍にあたる1万頭の乳牛が飼育されています。しかし天塩町も全国の市町村と同様に、都市部への人口流出が止まらず、人口減少と高齢化は深刻な問題です。

この現状を打破し、自分たちの力で未来をつくっていけるようにと、旋風を巻き起こしているのが、2016年7月に着任した齊藤啓輔副町長。さまざまなプロジェクトを矢継ぎ早に実施しており、未来への投資として「地方発グローバル人材育成プロジェクト」も開催しました。実は齊藤氏、首相官邸で順調なキャリアを歩んでいたものの、自ら志願して天塩町にやってきたといいます。そのきっかけからお話しを伺いました。

人を動かすには、まず自分が動く

――齊藤さんは外務省、首相官邸の国際広報などを経て、自ら志願して天塩町副町長に就任されています。異色のキャリアだと思うのですが、その経緯について教えてください。

サムネイル

齊藤:私は北海道紋別市の小さな町で生まれ育ちました。小中学校は10人規模と小さく、田舎が嫌いでとにかく町を出たかった。そこで、中学卒業後は函館市の高校に、卒業後は東京の大学に進学しました。北海道には二度と帰りたくないと思い、大学を卒業後は外務省に入省。在ロシア日本国大使館などで勤務していたのですが、北方領土問題を担当するようになってからは、奇しくも北海道へ頻繁に行くようになったのです。

ただ、そこで見たのは、小さい頃に見ていた景色とはまったく違うものでした。外の視点を持って北海道に帰ってきたから、当時は気付かなかった魅力を再発見したのです。独特の広い風景は、まるで外国に来たような感覚を得られますし、美味しい食もたくさんある。なぜ現地の人は、地域の魅力を外に売り込まないのかが不思議でした。

これから日本の急激な人口減少は不可避で、2100年には日本の人口は5000万人規模になると言われています。すると当然国全体での税収も減り、従来のモデルは成り立たなくなります。地方にはポテンシャルがあるのだから、それを生かして自分たちで稼ぐ仕組みを作り、発展していかなければダメになる、そう言い続けていました。

時を同じくして、私は首相官邸で地方創生の担当になりました。日本経済の再成長には、地方経済の活性化が不可欠です。地方が沈めば日本が沈む。どうにか変えたい――。しかし、東京から「地方創生」と言っているだけでは何も変わらないことを痛感し、「自分が地方に行ってモデルケースを作ろう」と決意。こうした経緯で、2016年7月に、自ら志願して北海道天塩町にやってきました。

天塩町がやるべきは、「未来への投資」です。いずれやってくる衝撃に備えながら、未来に向けた話をすることをコンセプトに、着任から1年で10以上のプロジェクトを立ち上げました。その一つが、小中高生を対象としたグローバル人材育成プロジェクトです。

サムネイル

英語に触れる環境が無いのは大人の責任

――グローバル人材育成プロジェクトを始めた背景を教えてください。

齊藤:たとえば、東京の港区に住んでいたら、外国人はたくさんいますし、バイリンガルの友達がいるかもしれません。でも、地方に住んでいると英語に触れる機会は授業くらいしかありません。子どもたちが社会に出るころには、仕事で英語を使うのは今より当たり前になっているでしょうし、英語を使えないことで、いい仕事に就けないかもしれない。地方にその素地を作る環境がないのは、大人の責任です。

そこで、外国人やバイリンガルの大学生に天塩町に来てもらい、Face to Faceで交流する場を設けました。それが今回の「セカクル」と天塩町主催、JAL協力で行ったプロジェクト「All Englishで世界に発信!北海道の魅力」です。

セカクルとは、早稲田大学国際教養学部の現役バイリンガル大学生で構成される団体で、学生代表の大橋君とは個人的に知り合いでした。昨年度は天塩町で予算を組み招待しましたが、今回は予算を捻出できなかったため、セカクルの学生15人分の交通費や宿泊費をクラウドファンディングで集め、2018年2月4日に無事開催できました。

具体的には、天塩町内外から集まった中高生20人が、「北海道に外国人観光客を呼び込むにはどうすれば良いか」をテーマに、セカクルのメンバーやJALの方を交えてのディスカッションや、英語でのプレゼンを実施。JALには、「地域の元気を創る活動」の一環として協力いただき、外国人スタッフにも来日してもらいました。

サムネイル

「田舎でもできる」体験を提供したい

――今後の課題と、地域や子どもたちに対する想いをお聞かせください。

齊藤:今後の課題は、こうした活動を定着させていくことです。天塩町は、英語の本をネイティブの発音で読み上げてくれる「電子図書館」も導入しており、活用すれば毎日英語に触れられる環境はつくりました。未来への投資として、子どもたちに環境を用意するのは大人の責任。ですが、それを活用するかしないかは、子どもたち次第。自分たちから変わっていくことこそ、重要なことです。

私は、自分が快適だと思っている場所から一歩抜けることで、本当の人生が始まると考えます。快適な場所にいるのはラクですが、何も始まりません。私も、首相官邸から期限付きですが飛び出してきました。これは東京でも天塩町でも同じで、一歩抜け出すことで新しい挑戦が始まり、ワクワクする人生に出会えます。

天塩町は決して交通の便がいい場所ではありません。だけど、何かを始めるにあたって場所が問題になるのなら、ITを活用すればいいですし、私が立ち上げているプロジェクトはすべて人のご縁で生まれています。それを間近で見て体験している子どもたちに、「田舎でもできる」実感を与えられ、地方を変えていく原動力になってくれたら本望です。

(写真:岡村大輔)

齊藤 啓輔さん

1981年、北海道紋別市生まれ。2004年4月外務省に入省。対ロシア外交でキャリアを積んだ後、首相官邸で安倍晋三首相のスタッフとして国際広報戦略に携わる。2016年7月から地方創生人材支援制度で自ら志願し、北海道天塩町の副町長に就任。「天塩國眠れる食資源活用プロジェクト」「グローバル人材育成プロジェクト」のほか、基幹産業の販路拡大、海外展開、ライドシェアなど10以上のプロジェクトを立ち上げている。

2018年2月4日、北海道天塩町で開催された中高生向けのグローバル人材育成プロジェクトを主催した「セカクル」。早稲田大学国際教養学部に通い、海外経験を持つ学生20名で構成される学生団体です。「あなたの学校に世界がやってくる!」を縮めてつけた名称「セカクル」の代表を務める4年生の大橋俊則さんに、団体を立ち上げた経緯や想いについて伺いました。

英語ができると、チャンスに恵まれる

――大橋さんが「セカクル」を立ち上げた経緯について教えてください。

サムネイル

大橋:僕の出身は、福島県田村市。通っていた小学校は全校生徒が81名で、現在は統合され廃校となってしまいました。そんな田舎町で育ったのですが、小学校4年生のときに、英語を流暢に話す先生に出会いました。英語を話せることが衝撃的で、そこから英語にのめり込んでいったんです。

英語は一つの言語であり、ツールにしかすぎませんが、日本にいると英語ができるだけで、外に出ていけるチャンスに恵まれます。高校生のときに、英語が得意だった僕だけが外にいけるチャンスがあって、周りにいた数学ができる人、国語ができる人には同じようなチャンスがなかった。これはすごく勿体ないですよね。そこで、地方の子どもたちにも早いうちから英語を話すきっかけを作りたいと思い、活動を始めました。

サムネイル

知らない世界がたくさんあることに気付いて欲しい

――セカクルを通じて、子どもたちにどのような体験をしてもらうのでしょうか。

大橋:大きな目標は、「明日から一歩動いてみよう」と思ってもらえるきっかけを与えることです。英語は科目ではなくツールであることを伝え、発音が分からなくても話してみて、通じる感覚を味わってもらう。そうして、自分が知らない世界があることに気付いてもらいたいと考えています。

僕もそうでしたが、特に小さな町に住んでいると、子どもたちは目の前の世界しか知り得ません。でも僕は英語と出会い、学んだことで海外への興味を強く持つようになり、外の世界は知らないことだらけだと気付きました。だから地方の子どもたちにも、自分の町、教室、学校などの小さなコミュニティから一歩出て、外の世界には知らないことがたくさんあることを知ってもらいたい。

そんな想いから、身近に英語を話せる日本人の存在が少ない地方に、国際的な経験をもつ大学生を派遣し、独自のプログラムで英語コミュニケーションと広い視野から考える面白さを伝えています。

具体的には、子どもたちが住んでいる地域を題材にして、その地域の課題や魅力を掘り起こし、英語で町の魅力をプレゼンするプログラムなどを実施。そもそも、住んでいる地域の魅力はあまり分かっていないので、まずはそこから気付きを与えたいのが狙いです。

4年前に立ち上げ、これまで北海道から沖縄まで、7つの学校で、総勢約800名の小中高生にプログラムを提供してきました。子どもたちからは「もっと英語を勉強したい」「世界で活躍できる仕事に就きたい」など嬉しいフィードバックをもらっています。なかには、セカクルでの体験がきっかけになり、留学試験を受けた人もいると聞きました。

今回の天塩町での開催は2回目となり、約半数がリピートしてくれています。このプログラムをきっかけに、世界には多様な考えや価値観があることや、広い視点で物事を考える面白さを体感し、「英語で話すことが楽しい」「世界をもっと知りたい」と思ってもらえたら嬉しいです。

(写真:岡村大輔)

>>>こちらもあわせてご覧ください。
北海道天塩町に世界がやってきた! 地方の中高生をグローバル人材に

大橋 俊則さん

福島県田村市生まれ。早稲田大学国際教養学部に入学後、学生団体セカクルを立ち上げる。身近に英語を話せる日本人の少ない地方に国際経験を持つ大学生を派遣し、子どもたちに英語を話すきっかけづくりを創出。現在、全国7つの学校で約800名の小中高生にプログラムを提供している。現在、同大学の4年生。

Glocal Mission Jobsこの記事に関連する地方求人

同じカテゴリーの記事

同じエリアの記事

気になるエリアの記事を検索