地方創生シリーズ01main
出向を転機に中小企業支援の道へ
富士市産業支援センター「f-Biz」センター長 小出 宗昭さん
GLOCAL MISSION Times 編集部
2017/10/16 (月) - 08:00

静岡県富士市に、年間4000件以上もの地元中小企業が次から次へと訪れる相談所がある。全国からの視察者も絶えない「富士市産業支援センターf-Biz(エフビズ)」は、2008年の開設以来、なんと相談案件の7割以上で売上アップを遂げているという。運営を請け負うチームf-Bizを牽引するセンター長は、中小企業支援のフロントランナー小出宗昭さん。シリーズ第1回目の今回は、小出さんが辿ってきた、これまでの道程や転機をうかがった。

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新入社員時に感じた日本の大企業至上主義

日本って、大企業至上主義、有名校至上主義、偏差値至上主義世のじゃないですか。そういう価値観が浸透していると思うんですよ。
様々なメディアや経済誌が東京大学に何人入学したかとか、有名企業に就職した大学ランキングとか出していて、大学生の希望就職ランキングとか取ったところで、軒並み大企業で、安定感の高いところが上位だったりとかしていますよね。
僕自身、大企業の静岡銀行出身です。静岡銀行を愛しているし、プライドを持っています。静岡県内就職希望ランキング1位で、地元のトップ校出身で有名大学を出た人ばかりが入ってくるので、融資先の経営者も、出身校を気にしたり、名刺の肩書に必要以上に価値を見いだしたりしてしまう。そういう中でやっているとどうしても、知らず知らずのうちに大企業至上主義、大きいものに価値があるという感じになってしまう傾向になりますよね。
私自身も、新入社員の頃、衝撃を受けたんですが、初対面の人に銀行のバッチをつけて名刺を持ち出すと、姿勢を正して「静銀さんですか!」と丁寧にお話を聞いていただけた。
新入社員なのに、ですよ。
そんな価値観の中で綺麗事を言っても仕方ない。僕らは、そんな環境の中でそうじゃないということを示さなきゃいけないから、そもそものところで価値観の大転換をしなくちゃいけないと思うんです。

大きな転機は41歳のとき。県の創業支援施設「SOHOしずおか」への出向

大きな転機が41歳の時。銀行からの特命で出向しました。県が作ったイノベーション施設で立ち上げと運営に最初から関わるという大きなミッション。当時、現役の銀行員がそういった、公のプロジェクトの立ち上げから携わるというのは全国で初めてのことだったと思います。
そこで直面したのは、バッチをとって名刺を持ち替えたら、誰も話を聞いてくれないということ。私自身は出向しただけで、中身は同じじゃないですか?びっくりしましたよ。世の中、中身が重要、とか言うけど結局肩書とかそういったことが重要なんだ、と。めちゃめちゃ悔しかったですよね。
そこで気づいたのが、自分がサポートしなくちゃいけない起業家や周りの中小企業とか小規模事業者の方々が皆同じような思いをしているということ。ふざけんな、と思いました。こんなの無いだろう、世の中外身じゃなくて、中身だろう、と。そういった価値観を替えないと中小企業の経営者や創業者が羽ばたけるような環境にならないだろう、と思ったんですよ。

自分自身、静岡銀行という大企業出身だったので、中小企業や小規模事業者、創業者を応援する立場として彼らと同じフィールドに立って初めて、こういった世の中の大きな問題に気づいたんです。この価値観を替えないことには、創業支援も中小企業支援も成り立たない。自分は、たまたまこういうきっかけで気づき、大きなスイッチが入ったから変われたけれど、そうでなかったら変われなかった。ただ、同じような経験をすることによって、スイッチが入れば人は変われるかもしれないな、と思いました。

さらに考えてみたら、自分が静岡銀行にいた時、同じようにしてたんじゃないかと気づいたんですよ。静岡銀行の経営理念は、「地域とともに夢と豊かさをひろげます」ですが、自分は入行してこのかた、地域を意識して仕事したことなんてなかったんじゃないか、と。これはまずいな、と思いましたね。
これを機に、その経営理念の通りにやろうと考えたんです。大企業である静岡銀行では、具体的にその事だけをやるのは難しいですが、自分は中小企業や創業者を支援する立場にいたので、自分が一生懸命やるしかないな、と決意しました。自分がやることで「こういう静岡銀行員もいるんだ」、と銀行のイメージも変えてやろうと考えたんです。

出向先で変わった仕事との向き合い方

銀行にいたときは、ある意味「仕事嫌い」でした。営業店にいた時は主に営業の仕事だったので、営業成績で常に一番であろうと思っていたのですが、残業したり、土日に仕事したり絶対したくなかった。最短の時間でどう成績を上げるのかを常に考えていました。仕事のできる人間っていうのは、最短の時間の中で目標を達成する人間だと思っていたし、業務マニュアルや規則などの枠組みの中で、ここまでやれと設定された目標をきっちり達成することが仕事だと考えていました。
それが、出向先の「SOHOしずおか」に行って何が起きたかというと、「小出さんの好きにやってください」と言われたんです。箱はあるけど、マニュアルはないし、目標もない。何もない中で一人で自由にやってほしい、ということだったんですよ。

自分一人で一からアイディアを出し、企画立案し、実行し、結果に結びつけるという一連の仕事を自分だけでするって起業家と一緒じゃん、と思いました。正直、僕にはできないと思いました。ただ、当時の41歳って銀行員として一番重要な時期。次のステップは支店長とか管理職になるような大事な時期だったので、下手をすると出向期間2年間は空白になってしまう、と焦りました。それって、キャリアにとっては痛手ですよね。公の産業支援の世界で明確な成果ってものが明確でない。そんな中でどう成果を出せば良いのか迷いもあったけど、成果出さないとやばいな、と必死にいろいろトライしていったんです。
そんな中でしばらくした時、銀行の同僚から、「そんなにやったって、銀行の評価につながらないよ」と言われたんです。それを言われたときに初めて、「あっ、オレって結構働いているじゃん」と気づきました。銀行では残業や休日出勤なんて好きではなかった僕が7時半前からブースに立って、夜は9時半すぎまで、土曜日も働いていました。
そこで、はっと気づいたんです。銀行で言われてた「仕事」って、「作業」だったんだ、作業だったから楽しくなかったんだ、と。本当の「仕事」って自分の考えで、自分の意志でやること。自分の意志だから、厳しくても楽しいんだとわかったんですね。出向先のブースは、ベンチャー企業も一緒だったのですが、彼らが輝いて見える理由はこれだったのかと分かったんです。そこから自分が劇的に変わりました。

小出氏03

民間支援を成功させるモデル作りへ

最初は2年という出向期間の約束だったんですが、公の創業支援がなかなかうまくいっていなかったこともあり、民間だったらこううまくいくんだという創業支援の成功モデルを作りたいなという想いでやっているうちに長く関わることになりました。そこから、更に中小企業支援もやることになりました。公の中小起業支援においても、全国を見渡しても成功モデルがなかったので、明確な圧倒的な成功モデルが作れれば、という想いで取組み、今に至る、という感じです。

振り返ってみると、出向当初から様々な経験をさせてもらいました。2001年2月、出向してまもない頃いきなり車椅子に乗ったハンディキャップを持った男性2名からの相談を受けたんです。彼らが訴えたのは、障害を持っていると社会に参画することが難しいということ。様々なバリアになかなか機会を得られないということでした。就職できないのであれは、起業したい。起業はバリアフリーだから、仕事ができればハンデがあろうがなかろうができる。ぜひ自分たちの能力を活かしたいという熱い思いでした。

そのときはまず、世の中を知らないとダメだなと思い、集中的に授産所などをまわって、働いている人たちに話を聞いたんです。話を聞いていくうちに、働きたい意欲がすごい強いことがわかりました。ポテンシャルもあるんです。
さらに、当事者の気持ちもわからないとだめだ、と考え、当時小学生だった自分の長男に、夏休みの自由研究として車椅子をつかって静岡市内をいろいろ行ってみよう、と提案したんです。そして、やってみたらここでの気づきというのがとても大きかったんです。
ハードの面の問題点はすぐ気がつくんですが、それは直せばいいだけです。それよりも一番ショックだったのは、JRやバスに乗車した際の空気。一瞬で車内の空気が変わるんです。視線が集まって、その視線が冷たいんですよ。困っている人がいたら手を貸す、とかそういうんじゃなかった。とにかく冷たいんです。こういった心のバリアフリーもしないと、というのを気づけたんですね。

16年間、仕事最優先。中小企業支援のフロントランナーとして

私が今求められているのは、公の中小企業支援のフロントランナーであること。公の中小企業支援がなかなか結果を出せてない中、フロントランナーでなければならないんです。
仕事や取り組みを通じて、前述のような様々な気づきがあって、そういった小さいものをバカにするなとか、弱いものをバカにするなということを、思い切って伝えようとしているのだけれど、これはなかなか厳しいですね。中小起業支援はどうあるべきだ、とか、どう稼がせるのか、という話の中で、こういった話はあまり必要とされない。残念ながら響かない、滑っちゃう。ここが難しいところです。

自分は結果を出さなければならない。その中で、中小企業者、創業者、小規模事業者のポテンシャルを引き出さなければならない。創業者、小規模事業者には価値があるんだ、と思ってもらわなければならない。そういった中で、様々な気づきを発信していく。そんなことを思いつつ、仕事嫌いだった私が、気づけばこの16年間、仕事を命がけでやっています。

<地方創生シリーズ02> 人・物・金がないなら“知恵”を出す

<地方創生シリーズ03>暖簾分けスタイルで全国に広がるエフビズモデル

小出宗昭氏

富士市産業支援センター「f-Biz」 センター長

小出 宗昭さん

59年生まれ。法政大学経営学部卒業後(株)静岡銀行に入行。M&A担当などを経て、01年 創業支援施設SOHOしずおかへ出向、インキュベーションマネージャーに就任。起業家の創出と地域産業活性化に向けた支援活動が高く評価され、Japan Venture Award 2005(主催:中小企業庁)経済産業大臣表彰を受賞した。08年 静岡銀行を退職し(株)イドムを創業。富士市産業支援センターf-Biz(エフビズ)の運営を受託、センター長に就任し現在に至る。静岡県内でも産業構造の違う3都市で計4か所の産業支援施設の開設と運営に携わり、これまでに1,300件以上の新規ビジネス立ち上げを手掛けた。そうした実績と支援ノウハウをベースに運営しているエフビズは、国の産業支援拠点「よろず支援拠点」や愛知県岡崎市のOKa-Biz、広島県福山市のFuku-Biz、熊本県天草市のAma-biZなど各地の地方自治体が展開する○○-Bizの原点となるモデルでもある。

GLOCAL MISSION Times 編集部

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