2人の右腕が担う、日本酒の進化/ポスト平成の働き方
三宅本店 田部井智行
月刊事業構想 編集部
2019/01/26 (土) - 08:00

ユニークな日本酒の発売や、新しい日本酒の飲み方提案で大きな注目を集める、広島県呉市の老舗酒蔵、三宅本店。業界の常識に捉われない取り組みを牽引するのは、経営企画の経験が豊富な外部人材と、20代の次期社長候補という「2人の右腕」だ。

酒の香りに包まれ、ほろ酔い客の笑顔と活気が満ちる。ここは銀座4丁目、歌舞伎座タワーのすぐとなり。広島県呉市に酒蔵を構えて162年、「千福一杯いかがです~♪」のCMで中国地方の人々には馴染み深い、老舗・三宅本店が今年6月にオープンした直営の飲食店だ。
 
開業の目的は、日本酒のソーダ割り「サムライソーダ」など“日本酒の新しい飲み方”を提案していくこと。日本酒が飲みにくいのなら、飲みやすくしてみようという考えに基づいている。もうひとつ、ユーザーから直接意見をもらって酒造りにフィードバックするという目的もある。「酒蔵は問屋と商売をしているので、お客様からダイレクトに感想を聞く機会が少ないのです。三宅本店のさらなる成長を考えた時に、銀座店は大きな強みになるでしょう」。そう話すのは、外部人材として日本人材機構から派遣され、社外取締役を務めている田部井智行氏だ。
 
三宅本店はいま、6代目当主・三宅清嗣氏の下で、日本酒市場の縮小に対抗するために大胆な改革に取り組んでいる。清嗣氏の「2人の右腕」として改革の実行を担うのが、長男の三宅清史氏と田部井氏だ。
 
28歳の清史氏は、大学卒業後の3年間キリンビールに勤務したのち、17年4月に帰郷し三宅本店に入社。田部井氏は44歳、17年3月から週に約1回の頻度で三宅本店に勤務している。

日本酒の間口を広げるために

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特徴的なのは、三宅本店の社員ではない田部井氏の存在だろう。日本人材機構から派遣された経緯を振り返る。
「吟醸酒や純米酒に比べ、三宅本店の主力である普通酒は出荷量の減少が激しく、ユーザーの高齢化も進んでいます。危機感を抱いた清嗣社長は、日本酒のすそ野を広げるための挑戦を軸とした中期経営計画をまとめました。その推進人材を求めて、地域企業と首都圏の経営人材を繋げる日本人材機構に相談し、私に声がかかりました」
 
田部井氏は住友銀行を皮切りに半導体メーカー、ベンチャー、不動産デベロッパー、関西の娯楽系企業という多彩なキャリアを持ち、経営企画や新規事業の立ち上げの経験も豊富。その経験を地域に活かすために日本人材機構に加わり、今回の縁が生まれた。
 
実際に三宅本店に赴任した田部井氏は、その経営資源の豊かさに驚いたという。「三宅本店は1941年には醸造量日本一になったこともある名門酒蔵。主力製品の『千福』は、呉海軍工廠の御用達となり戦艦大和にも納品されたという歴史があります。また、『千福』の酒銘は初代清兵衛の妻・チト(千登)と母・フクに由来するというストーリー性も素晴らしいですよね。こうした歴史を社員や地元の方はよく知っているのに、ブランドとは思っていない。地域企業に外部の視点を入れることは重要だと感じました」
 
中期経営計画を推進するために、清史氏と田部井氏の主導で2017年6月に創設された部署が、経営企画・商品企画・広報・マーケティングを担う「ワクワク企画室」だ。 「売上高が減少する中で、社員の多くは下を向いている。でも、せっかく仕事をするならワクワクしなきゃという想いで、ワクワク企画室と命名しました。若手中心のメンバー6人で、若者に縁遠い存在になっている日本酒のハードルを下げて、手に取ってもらうための方法を考えています」(清史氏)ワクワク企画室の商品開発テーマは「大手にできないことをやろう」。この想いを象徴するのが、真赤な瓶が印象的な「激熱」だ。誕生のきっかけは、若手の杜氏からの「熱燗に特化したお酒を作りたい」という意見。熱燗は炎を連想させるため、女子社員から「赤色の瓶がいい」という提案もあった。
 
瓶メーカーからは「日本酒で赤瓶なんて非常識」と言われ、社内でも「売れるのか?」と疑問を呈されたが、常識に抗った。広島で赤といえば、広島カープを連想する人がほとんど。幸運にも昨季、広島カープがリーグ優勝を果たしたこともあり、「激熱」は想定の7~8倍売れたという。

異分野の経験を活かす

このホームランで勢いに乗ったワクワク企画室は、ユニークな商品を連発している。6月に発売した新商品が、若葉マークが描かれた日本酒「初心者専用」。一般的な日本酒のアルコール度数が15%前後なのに対し、あえて度数5%のお酒を開発した。「日本酒=難しいというイメージを覆すための商品。ネーミングやビジュアルで関心をつかみ、試しに飲んでみようと思ってもらえれば成功です」と清史氏。
 
商品開発のほか、「千福」のリブランディングも推進。前述のように2人の女性に由来する酒銘を活かし、“百年、大事な女(ひと)を想い続けたお酒”というインナーブランディングのコンセプトを設定し、それに基づいた新しいCMも制作している。

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清史氏にとって田部井氏は良き相談相手であり教師だ。「やはり、他の業界での知識や経験をもとにした意見は貴重です。もうひとつ勉強になるのは、20代の私が負けてたまるかと思うほどの行動力ですね。口うるさいと思うこともありますが」と笑う。
 
田部井氏は「(清嗣氏と清史氏の)創業家社長と息子という関係性には難しさもあると思うので、自分がそのクッションになろうと意識しています」と、自らの立場の必要性を認識する。一方で「本当にありがたいのは、清嗣社長がリスクを取って、清史氏と私がチャレンジできる環境をつくり、権限委譲をしてくれたこと。ここでの挑戦は私達にとって大きな経験値になるはずです」と右腕としての醍醐味を話す。
「自分たちの想いを表現し、お客様に届けられるメーカーは、商売の原点。ヒット商品が生まれると社内の雰囲気も変わる。そこに大きなやりがいを感じます」
 
「三宅本店の日本酒を全国そして世界に届けたい。そして日本酒をワインと同じぐらい気軽なお酒にしたい」という清史氏の情熱と、様々な業界を渡り歩いてきた田部井氏の知見。このふたつが、新生・三宅本店の快進撃を支えている。

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