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「蔵の町」長野県須坂市で地域と旅人をつなぐ。「ゲストハウス蔵」オーナー
島田 浩美
2019/01/18 (金) - 18:00

「蔵の町」として知られる長野県須坂市。明治から昭和初期にかけて製糸業で栄え、当時建てられた豪壮な土蔵造りの建物が中心市街地のそこかしこに見られます。そんな須坂市で築100年以上の蔵造りの古民家を改修し、2012年に「ゲストハウス蔵」をオープンさせた山上万里奈さん。いまや空前のゲストハウスブームといわれるなかで、山上さんの働き方や取り組みから、これからのゲストハウスの役割やあり方を探ります。

これまでの経験を生かせるゲストハウスでの仕事

「オープンする前から『ゲストハウス蔵』という名前だけ決めていました。出身地の須坂市が蔵の町として観光に力を入れていたので、シンプルに『蔵』という名前がいいと思ったんです」

こう話す山上さんは、日本語教師として日本と中国で5年間勤務し、飛騨高山の旅館で住み込みの仕事を経験したことで、ゲストハウスの経営に興味をもつようになりました。

「もともと中国にいた頃は休暇を利用していろいろな場所を巡り、安宿を利用していましたが、その頃は経営しようなんて考えたこともありませんでした。でも、飛騨高山の旅館で、日本が好きで旅行に来ている外国人観光客をおもてなしする楽しさを知って。そうしたなかで、宿業なら日本語教師の経験はもちろん、これまでに習った茶道や着物の着付けなど、人生経験を全部生かせると思いました。それに、こぢんまりとした宿なら、お客さんの顔を見ながら自分の好きなことがやれると思ったんです」

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そこで、2011年、「多文化共生」をコンセプトとする東京の「宿場JAPAN」が運営する「ゲストハウス品川宿」にて修業開始。経営のノウハウを学ぶとともに、宿泊客に地域の店の利用を促したり、祭りなど地元のイベントに積極的に参加したりする“地域融合型ゲストハウス”のスタイルから、国際交流や地域活性化などまちづくりの一端を担うゲストハウスのあり方を学びました。

また、同時に須坂市での物件探しもスタート。地元を選んだのは、決して観光地ではなく、人々の生活が垣間見れる生まれ育ったまちの魅力を生かして、国内外の旅人と地元の人が関係を築ける場所をつくりたいと思ったからだそう。

しかし、物件探しは難航。須坂市らしい蔵造りの建物を探しましたが、なかなか一棟まるごと借りられるような条件の物件に出合えず、現在の蔵にたどり着くまでには1年ほどかかりました。

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ようやく見つけた「ゲストハウス蔵」の建物

「実は資金面では市の新規開業者に向けた補助金も利用しましたが、そういった相談から市役所のまちづくり課だけでなく須坂市長とも親しくなりました。そして、市長が自ら市内の各区長会で『若者がゲストハウスの物件を探しているから、空き家情報を集めてほしい』と依頼をしてくれたことで、現在の建物を紹介してもらえたんです。こうした行政のフットワークの軽さや顔が見える関係づくりも、大きなまちではない須坂市ならではだと感じています」

こうして2012年10月、仲間や地元の人に建物の掃除や改修を手伝ってもらいながら「ゲストハウス蔵」をオープン。「宿場JAPAN」からの独立第1号でもありました。

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建物の一番の決め手は「庭が広くて縁側もあったこと」と山上さん
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神棚があることや立派な梁も魅力だったそう

特技と地域の特色を生かしたコンテンツづくり

現在の客層は、日本の静かな田舎や古民家に惹かれて訪れる人がほとんど。長旅の休憩地としてゆっくり過ごす外国人バックパッカーや、全国のゲストハウス巡りを楽しむ日本の若者、かつてユースホステルを愛用していた年配者など、国も年齢もさまざまで、リピーターも多く見られます。

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そうした人気の背景のひとつが、町のお祭りや行事に積極的にゲストを連れて出向き、宿泊客と地元の人や文化をつないでいること。
特に外国人宿泊客は日本文化に触れたいと感じている人が多いことから、たとえば、地域のどんど焼きでは伝統にならって宿泊客と書き初めをしたり、まゆ玉(団子)をつくって燃やすこともしています。

また、成人式できれいな振袖を目にした外国人が「着物を買いたい」ということも多々あるので、地元の呉服屋に相談し、高価で着付けも難しい着物ではなく浴衣を販売してもらうことも。通常、大手販売店などでは夏にしか取り扱っていない浴衣ですが、真冬に購入できるのも地域に密着しているからこそです。

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地域の呉服屋で

「決して有名観光地にある多忙な宿ではないからこそ、目の前のゲストのニーズをいかに聞き出し、それにどれだけ応えられるかが大切だと思っています」と山上さん。

「バックパッカー宿に泊まる外国人旅行者は、そば打ち体験や郷土食づくり、着付け、温泉など日本らしい体験をしたいと思っていても、基本的に宿の人に何かをやってもらおうとは思っておらず、自力で何とかしようとします。でも、こちらが手を貸したら半分の時間でできたり、苦労なくできることもある。そこで、根掘り葉掘り聞くのではなく、共有スペースでの何気ない会話からニーズを引き出せたときには、地元で対応できる人や場所を紹介しています」

特に須坂市には海外で名を馳せる陶芸家や日本で唯一の女性盆栽家など尖ったジャンルで活躍する人が多いのだとか。そうした地元の人とのつながりが、旅のなかでの魅力的なコンテンツとなっています。

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陶芸家の窯の前で

また、山上さんが開業当時から宿の特色付けとして行っているのが、外国人向けの日本語レッスンです。近年は須坂市で外国人研修生を受け入れる企業が増えていることから、彼らに日本語を教えたいという企業側のニーズが増えているのだそう。一般的な日本語学校は留学生向けのカリキュラムで働きながら通うことが難しいため、時間調整に融通が効き、少人数でも対応している山上さんのレッスンに声がかかっているといいます。

地域や文化にまつわるイベントも開催

宿泊客だけでなく、地元の人や須坂市で暮らす外国人向けにさまざまなイベントを定期的に開催しているのも「ゲストハウス蔵」の特徴です。イベントは2パターン。山上さんのなかでは「本気シリーズ」と「おちゃらけイベント」と呼び分けています。

「須坂市を見渡すと人口5万人の町に500人ほどの外国人が住んでいます。でも、それぞれの国ごとにコミュニティーが分かれていたり、近所の高校で働くAET(外国人講師)に須坂市のお祭り情報を伝えても知らなかったり。そうした状況は、このまちで暮らす外国人にとって住みよいのか疑問に思いました。せっかくゲストハウスがあるのだから、ここを起点として、この地域に暮らす外国人にも暮らしやすいまちでありたいと思ったんです。また、地域の人にとって、外国人に対する敷居が低くなってほしいとも考えました」

そこで、地域の外国人と地元の人が知り合うきっかけづくりとして、日本語レッスンを通じて知り合った外国人を中心にゲストハウスに招いて母国の料理をつくってもらい、その国の紹介をしてもらいながら宿泊者や地元参加者と一緒に食べるイベントを定期的に開催。これが「本気シリーズ」のひとつです。

「地元の人と外国人が友だちになればお互いによい関係がつくれますし、地元の人にとってはその国に対するイメージも変わります。また、地域で暮らす異国出身者同士のつながりも生まれています」

一方、「おちゃらけイベント」は、その名の通り、とにかく楽しくふざけて盛り上がるもの。宿泊者も地元の人も一緒に笑えるものを企画しています。

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ひたすら水風船を投げ合うおちゃらけイベント「Water Ballon Fight in Suzaka!!」
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地域の田んぼで行われる泥んこバレーにも参加

併設のカフェや雑貨店も地域をつなぐカギ

さらに「ゲストハウス蔵」の一角では、山上さんの母の悦子さんがカフェ「La Vie Lente」を営んでおり、敷地奥の元まゆ蔵の離れには、2015年に雑貨店「Sketch in hike」がオープンしました。

ゲストハウスは宿泊をしないとなかなか中に入りづらいものですが、こうした宿業以外の営業が地元の人や母親世代の人が足を運ぶきっかけとなり、結果的に地域への浸透はもちろん、口コミを通じた宿泊客の広がりにもつながっています。

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水曜から日曜の12〜16時に営業している「La Vie Lente」
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流行に流されない暮らしの道具や生活雑貨などを取り扱う「Sketch in hike」は、13年間長野市で営業していた人気雑貨店が移転オープンしました

こうした取り組みにより、外国人向けの行政マップなどを制作する際には意見を求められるなど、旅人の窓口としての存在が認められているのがうれしいと話す山上さん。このほか、須坂市は坂が多いことから電動自転車のレンタサイクルを行政に働きかけたところ実現し、文化としてタトゥーを入れている外国人もいることから市内の日帰り温泉施設にタトゥーの受け入れを依頼したところ、最近、ひとつの温泉施設で受け入れが可能になったと言います。地道な努力が着実に実を結んでいます。

さらに、宿泊客に地域の飲食店を積極的に紹介していることも、地元の人との新たな出会いとなり、リピーターにつながっている秘訣。特に外国人宿泊客が再訪したときには、以前に交流があった地元の人に「あの人が帰ってきたよ」と声をかけるのだとか。

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「須坂はもともと店舗数が少ないので、地域のつながりやすさやまとまりやすさがあります。移住して店を開いた人も地域に馴染んでいますし、お互いの顔が見える須坂市はサイズ感がちょうどいいですね」

須坂市をワーキングホリデーの入り口のまちに

そんな山上さんの大きな目標が、ワーキングホリデービザで日本を訪れる外国人と地元農家をつなぎ、須坂市をワーキングホリデーの入り口のまちにするということ。降雨量が少なく水はけがよい扇状地である須坂市はブドウやりんごといった果樹栽培に適しており、特に近年はシャインマスカットの人気によりブドウ農家が人手不足に陥っているといいます。

「現在、須坂市には新規就農をした若手農家が30組ほどいて、海外でワーキングホリデーを経験し、英語を話せる人もいます。そうしたなかで従来の農家は収穫時期のお手伝いさんがいますが、新規就農者はそうした地元のツテがありません。だから、ワーキングホリデーで農業を斡旋できれば、地元農家とコラボができ、ゲストハウスとしては宿泊場所として使ってもらうことで平日の稼働率を上げることができます。それに、日本は小規模農家が多いのでファームジョブの募集が少ないことから、農業をしたい外国人のニーズもカバーできます」

この取り組みは2016年から開始。就労希望の外国人には一度ゲストハウスに宿泊して農家と面談してもらい、試用期間も設けています。このように仕組みもしっかりしているので、農家からも外国人からも反応はよいといいます。

また、農家としても単なる労働力というよりも外国人との交流を楽しみたい人が多いため、畑でBBQをしたりと、楽しく仕事ができているのだとか。これにより、ワーキングホリデーの受け入れを希望する農家は着々と増加しています。

大切なのは、プラスαの強みをもつこと

こうした積極的な活動から、ゲストハウスを開業したいという若者の相談を受けることも多い山上さん。現在は「宿場JAPAN」のもとで、大阪と福島と北海道津別町の宿の教育担当も任されています。

「宿が地域にあることはとてもいいと思いますが、特に田舎で大切だと感じるのは、宿業プラスαの取り組みです。結局、ゲストハウスは外国人が来ないと平日の稼働率が上がりません。それに、地域のなかに入っていく取り組みは、いまやどこのゲウトハウスもやっていること。そうしたなかで、私であれば日本語レッスンなど、プラスαがあると宿業の安定性や継続性を保つことができます。そのためには、特技を生かすしかないと思っています」

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特に近年は長野県内だけでもゲストハウスが続々と増え、英語対応をする昔ながらの旅館も増えました。さらに、2018年6月には一般住宅でも条件付きで民泊が解禁され、旅行者の選択肢が広がっています。

「うちとしても、今後はファミリー層やグループ客など、これまではとは違うターゲット層を狙った宿の開業も考えています。2020年にはブームが去るといわれているゲストハウス業界で、これからはその先を考えていかないといけません。時代とともに変わるのは必然。でも、旅人は絶対にどの時代にもいるものなので、きちんとお客さんのニーズを掴んでいれば大丈夫だと感じています」

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いまや地方創生や地域の盛り上がりの一翼を担っているといっても過言ではない「ゲストハウス」という存在。だからこそ、ブームで終わらせるのはなく、時代の変化に応じ、未来を考えていく必要があります。山上さんの飾らない言葉、そして的確なアドバイスには、これからのゲストハウスのあり方、そしてひとつの文化として成り立っていくであろう可能性を感じました。

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山上 万里奈(やまかみ まりな)さん

長野県須坂市出身。高校卒業後、埼玉県の大学に進学し、日本語教師の資格を取得。大学卒業後、日本語学校での非常勤講師を経て、中国で日本語教師として2年間勤務。帰国後、千葉県の日本語学校の専任講師に。その後、社会経験を広げるために貿易会社の事務職に就職。さらに半年間、飛騨高山の旅館で住み込みで働いたことでゲストハウスの経営に興味をもち、2011年に東京のゲストハウス「品川宿(株式会社宿場JAPAN)」で修業。経営方法等を学び、2012年10月、須坂市の築100年を超える蔵をリノベーションして開業。同時に、地元企業の外国人研修生の日本語教師も開始。現在は株式会社宿場JAPANのコンサル業の一環として、ゲストハウス開業に向けたスタッフ教育も担当している。

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