知床から、世界に誇るネイチャーリゾートへ
2018/01/24 (水) - 08:00
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国際的に質の高い観光地づくりを目指し、北海道ではインバウンドの加速化に向けた取り組みが始まっています。受け入れ先となる宿泊施設の充実が求められるなか、徹底した現場第一主義で経営改革に取り組み、成果をあげている『知床グランドホテル北こぶし』。代表取締役社長の桑島大介氏にお話をうかがいました。

改革のはじまりは、徹底した業務の見直しから

桑島社長が3代目として現職を受け継いだのは2017年6月。弟の敏彦氏とともに数々の経営改革に取り組み、ホテルの事業基盤を強固なものにしてきた、その手腕と実績を認められてのこと。知床グランドホテルに入社して14年。知床が世界自然遺産に登録され、宿泊予約が殺到するなど追い風はあったものの、ホテル経営は決して容易いものではありません。

「大学卒業と同時に、外の風にあたってこいという現会長からの指令で、2年間石川県の山代温泉に修行に行き、ここで旅館業とは何か、その根幹を学ばせていただきました。修行先の山代温泉は年間を通じて来客数の多い地域です。宿泊単価も知床に比べるとピーク時で1万円以上高く、その差に愕然としました。当時はまだ今のようにオンラインでの宿泊予約は主流ではなく、エージェントからの送客が8割以上だったことも、収益につながらない要因でした」。

山代温泉から知床に戻り、修行先との格差をまのあたりにしたことで、改革が急務であることを痛感。フロント、予約、料飲サービス、施設管理、経理に総務と、現場での経験を重ね、社内の状況を把握した桑島社長は、同じように社外での修行期間を経て知床に戻った弟の敏彦氏とともに、多岐にわたるホテル業務の見直しに着手します。

「お客様が本当に求めていることは何か、変えることと大切にすべきことを見極めるために、まずはすべての業務内容を洗い出し、関わる人員や手順など一つひとつを精査して、必要なものとそうでないものを選別しました。大きく変えたのは部屋食を含め分散していた食事会場を集約し、スタッフを一元化したことです。また、客室へのご案内とお茶出し、清掃のダブルチェックなども廃止しました。効率を重視したのは確かですが、それ以上に業務の精度を高めようという意識改革につながりましたし、お客様に喜ばれるサービスとはどういうものか、改めて考えるきっかけにもなりました」。

料理の評価を劇的に変えたブッフェダイニング

ターニングポイントは2010年。創業50周年の目玉としてブッフェスタイルのダイニング『波音(HAON)』をオープンしたことでした。業務改善のために食事会場を集約することと、料理の評価が低い現状を変えるというミッションを課された桑島社長は、新たに総支配人と総料理長を迎え食事のスタイルとメニューを刷新。名旅館の設計を手がける東京の建築事務所に空間デザインを依頼します。

「総支配人と総料理長を一度に変えるのは、とても勇気のいることでした。友人からはそんなことをして、大丈夫なのかと心配されましたが、総支配人は定年退職のタイミングでしたし、料理の評価を高めることは最優先課題でした。新しく迎えた総支配人は知識も経験も豊富なサービスのスペシャリスト。料理人を探していることを相談すると、すぐにいい人がいると今の総料理長を紹介してくれました。河口湖のリゾートホテルに会いにいくと、現れたのは身長190cmの大柄な人物。少々威圧感のある見た目の印象とは違って、手書きのメニューや料理のスケッチはとても繊細。実際の料理も素晴らしく、ぜひとも知床に来ていただきたいとお願いしたのです」

知床の食材を活かした70品ものメニューを、気取らないブッフェスタイルで味わえるテラスダイニング『波音』は、宿泊客からも好評を集め、料理の評価も飛躍的に伸びています。桑島社長にとって『波音』は、取り組んできたことのすべてが凝縮した改革の象徴。この流れを受けて、2017年にはもう一つのダイニング『Grill Shiretoko(グリル知床)』をオープンします。メインには知床エゾシカファームで丁寧に処理された野生の鹿肉を提供し、縁のある香川県の名産を採り入れるなど、食材のセレクトにもひと工夫。そこには家族の歴史を受け継ぐことへの深い想いが込められていました。

ホテルはわが家、スタッフは家族

桑島家がウトロに入植したのは1917年。100年前にさかのぼります。桑島社長の曽祖父にあたる方が、家族とともに香川県から移り住んだのが始まりです。

「入植した曽祖父は農業をしていましたが、食べていくだけで精一杯だったようです。旅館を開業したのは祖父の時代です。道路が整備されて人の行き来が増えるにしたがって、宿泊する場所が必要だろうと、苦しい生活のなかで見出したのが旅館業だったのでしょう。5室から始めた旅館は、祖父から現会長である父へと受け継がれるなかで、別館、本館、西館と増改築を重ね、どんどん大きくなっていきました。ホテルを遊び場に育ってきましたし、実際に生活の場でもあったので、個人的には楽しい思い出が多いですね。ウトロという土地柄、スタッフにとってもホテルは仕事の場であると同時に生活の場にもなるので、家族的な雰囲気は大切にしています。実際、祖父は従業員から父さんと呼ばれ慕われていました。今もスタッフが病気になれば総務部長か私か、手の空いている者が病院に付き添います。この地域出身ではないスタッフも多いですし、親御さんからお預かりしている責任がありますから。

家族の一員としてスタッフを見守りながら、仕事としての生産性を高めるため、同ホテルにおいて積極的に取り組んでいるのが、フロントや料飲サービスなど担当部署を越えての相互サポートです。2013年に知床プリンスホテル『風なみ季』をグループに迎え再生を手がけたことで、その取り組みは本格化します。

「経費削減が最重要課題だったので、少ないスタッフで効率よく仕事をするにはどうすべきか、相当知恵をしぼりました。ただ、再生1年目はサービスもカットしてしまったため、スタッフのモチベーションを下げる結果になりましたが、2年目に新しい総支配人が着任して、サービス内容や人員配置を根本から見直していくなかで、スタッフの気持ちも変わっていきました。一番の変化は笑顔と挨拶ですね。その後はスタッフからも建設的な意見が出るようになりました。お客様がホテルに求めるのは気持ちよく過ごせる空間です。しつらえももちろん大切ですが、お客様に分かりやすく伝わるサービスを心掛けること。そのためにも、笑顔と挨拶はしっかり行うよう心掛けています」。

『風なみ季』のサービスは『北こぶし』よりも高く評価されており、そのことがスタッフのモチベーションにつながっているといいます。また、『風なみ季』に関しては冬季休館にすることで、スタッフのシフトをグループ全体で調整し、長期休暇を取れるよう配慮。希望するスタッフには短期留学などのサポートも行っています。

「昨年は北こぶしのスタッフがイギリスに一カ月留学しました。スタッフにはより広い世界を見てもらいたいですし、たくさんのことを経験してもらいたいと思います。自分自身もお客様の立場になってみることで、気づくこともありますから。実際に、これまで沖縄や台湾へ社員旅行で出かけていますが、そこで感じたことをスタッフ同士で話し合い仕事に活かしているのを見ると嬉しいですね」

知床の自然を感じる滞在型リゾートへの転換

知床という土地柄ゆえにスタッフが定着しにくいことが悩みとしながらも、近年は業務改善によって収益も好転。採用においてもロシアや中国など海外からのスタッフを受け入れているほか、知床好きが高じて移住したという「自然好き」の人材も積極的に採用しています。

「知床の自然が好きで、カメラが趣味という女性スタッフがおりまして、彼女の行うガイドトークがホテルで一番の人気プログラムになっています。30分の約束でロビーを会場に不定期で開催しているのですが、毎回1時間は話していますね。彼女に限らずスタッフのなかには、知床の自然が好きで、その魅力を伝えたいという者がいるので、既存のネイチャーガイドの方と重ならないよう、たとえば、知床開拓の歴史を織り交ぜながらウトロの街を散策するなど、カジュアルな内容のガイドツアーを提供していこうと計画中です。ホテルとしても今後は滞在型リゾートへシフトしていくので、知床の魅力をより深く体感してもらえるサービスやアクティビティを充実させていきたいところです」

2005年7月に知床が世界自然遺産に登録されてから十余年、ネイチャーガイドが定着して流氷ウォークが始まり、冬の知床五湖もガイド付きで行けるようになったことで、訪れる人のニーズも自然をより深く体感できるものへと変化しています。オホーツク海を覆う流氷やヒグマにオジロワシなどの野生動物、知床ならではの自然の稀少性を、海外から訪れる人によって改めて気づかされたと桑島社長はいいます。冬の知床を代表するイベント「オーロラファンタジア」が幕を閉じ、『知床流氷フェス』へとバトンタッチしたのも、その流れを受けてのこと。

「2017年にスタートした『知床流氷フェス』では、メイン会場の知床野営場にたき火を用意して、マシュマロを焼いたり、ホットワインを提供したり、ハンモックで星空を眺めてもらったり、冬の知床を体感できるメニューになっています。厳しいけれど美しい、冬ならではの静寂はこの地に生まれ育った私にとっても格別なものです。そんな、ありのままの知床を感じていただきたいですね」

今後は『北こぶし』西館のオホーツククラブフロアの増室をはじめ、滞在客向けにカフェバルのオープン、ゲストハウス『夕陽のあたる家』の改装、知床プリンスホテルを176室から98室へダウンサイジングし洋室化するなどの改装が、順次行われていく予定。また、2018年4月には滞在型リゾートに向けて、『知床グランドホテル北こぶし』から『北こぶし知床 ホテル&リゾート』へ、『知床プリンスホテル風なみ季』から『キキ知床 ナチュラルリゾート』へと、ホテル名も新たに生まれ変わります。知床の魅力を世界に向けて発信する拠点として変化し続ける北こぶしグループ、その動向から目が離せません。

株式会社知床グランドホテル・株式会社知床プリンスホテル

世界自然遺産に登録された知床の地、唯一海側に立地するホテル。
[ ビジョン ]知床から、世界に誇る北のリゾートヘ。
[ ミッション ]「訪れてよし、働いてよし」観光産業を真の幸せ産業にする。

住所
〒099-4355 北海道斜里郡斜里町ウトロ東172番地
設立
1960年6月
従業員数
121名
資本金
100,000,000円
企業HP
http://www.shiretoko.co.jp/

知床北こぶしグループ

株式会社知床グランドホテル・株式会社知床プリンスホテル

代表取締役社長 桑島 大介さん

1979年、北海道斜里町ウトロ生まれ。大学卒業後、石川県山代温泉「ゆのくに天祥」にて2年間修業の後、知床グランドホテルに入社。専務取締役として主に総務・財務を担当。弟の敏彦氏とともに事業改革に取り組み、系列の知床プリンスホテルを含むグループ全体の経営を改善。2017年6月に知床北こぶしグループの代表取締役社長に就任。

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