医療診断、セキュリティーの未来を変える、次世代型放射線検出器
2018/03/19 (月) - 12:00
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注目の化合物半導体CdTeで切り開く、放射線検出器の未来

静岡県浜松市。1926年、この地において浜松高等工業学校(現:静岡大学工学部)助教授の高柳健次郎氏による世界初の電子式テレビ送受像実験が成功した。以降、浜松市では高柳氏の技術を継承した光産業が興り、先端の光科学の研究が進められ、世界中の研究者の耳目を集めてきた。

2013年には、静岡大学を含む地元の3大学と1企業が共同で光科学、光産業の一大拠点としての力を強化するため「浜松光宣言2013」を発表した。「浜松光宣言2013」の中核となるのが静岡大学浜松キャンパス内の共同研究施設「光創起イノベーション研究拠点」だ。静岡大学発のベンチャー企業であるANSeeNはここにオフィスを構える。

ANSeeNが進めるのは、次世代のX線イメージングデバイスであるCdTe(カドミウムテルライド)半導体放射線検出器の開発。これは、静岡大学で教授を務める青木徹氏がその研究室において、長年にわたり研究を続けてきた半導体技術がベースにある。

半導体技術が使用されているものとして一般の人にもなじみがあるのは、X線を使ったレントゲン検査やCT検査だ。レントゲン写真はモノクロで表示される影絵のようなもの。体内を表示できるとはいえ、鮮明とは言い難い。また、安全な範囲ではあるが、現状のCT検査は被ばく量が高い。

これが、CdTe放射線検出器を用いるX線画像になると、高精細の画像を低い線量で得ることができる。さらに、フォトンカウンティング技術と呼ばれる、フォトン(光の粒子)の数を計測して光の量を測る方法を、ANSeeN独自の手法で組み合わせることで画像のカラー化が実現できる。これにより、がん細胞の良性・悪性といった判別も可能になるという。

株式会社ANSeeN

フォトンカウンティング放射線検出器技術により、次世代型X線イメージングデバイスであるCdTe放射線検出器の設計・開発・販売を行う静岡大学発、ベンチャー企業。

所在地
〒432-8011 静岡県浜松市中区城北3-5-1 光創起イノベーション研究拠点棟303
設立
2011年4月
従業員数
10名(2015年10月現在)
資本金
2,200万円

「見ることができないもの」を見えるようにする。
放射線の力で「安心」を提供する

ANSeeNは、主に放射線検出器の研究と開発を行っている。大学で育まれた種を積極的に社会へ還元するよう取り組む静岡大学発のベンチャー企業だ。放射線検出器は、福島第一原子力発電所の事故以降、ガイガーカウンターなどの線量計として急速に注目を集めたが、これまでも医療現場や産業における非破壊検査、手荷物検査などのセキュリティーチェックなど、幅広い分野で使われてきた。

社名の「ANSeeN(アンシーン)」の由来は、「見えない」という意味の英語の「unseen」と日本語の「安心」を掛け合わせてつくった造語だ。肉眼では見ることができない不可視光であるX線の透過力を活用して、直接「見ることができないもの」を見えるようにすることで医療やセキュリティーなどの分野に応用し、広い意味での「安心」をカスタマーに提供したいという意味が込められている。

現在、特に期待されているのが、医療分野における次世代型X線CTの開発だ。「次世代型のX線CTに求められるものは、低被ばく化、材料?別などの高機能化、シャープな画像取得のための高コントラスト化の3つです」と語るのは、代表取締役の小池昭史氏。こうした次世代のニーズを実現するものとしてCdTeという化合物を用いた半導体放射線検出器を、ANSeeNのCTOを務める青木教授とともに8年にわたって研究を続けてきた。

高い放射線検出効率と吸収率を誇るCdTe。
さらに高機能化させる独自の技術とは

これまで放射線検出器に使われてきた半導体の代表的なものは、シリコンの一種やゲルマニウムというものだったが、これらは放射線に対する感度が低く、液体窒素を使って冷却しておく必要があるなど、特殊な環境での使用に限られてきた。また、放射線を可視光に変換するシンチレータを用いる検出器の場合は、変換するために真空管で光を増幅する必要があり、小型化が困難だった。

「高い放射線検出効率を誇るCdTeを半導体として使えば、少ない放射線でも非常にシャープな画像を得られるようになります。また、放射線の波長を見分けることが可能なために電子密度の違いによる物質の材質判別や厚さ、密度、濃度などをより鮮明に計測することも可能になります。また、CdTeは室温で利用できるうえに、放射線を直接電気信号に変換するので光電変換機器が不要になります。これらの特性により、低被ばく化と高機能化を実現でき、放射線防護のための建屋などの設備にかかる費用を抑えた低トータルコストの検査を可能にする検出器の製作が可能となるわけです」と小池社長は説明する。

CdTe放射線検出器をさらに高機能化するのは、青木教授がCdTeとともに研究を続け、ANSeeNが開発を進める独自のフォトンカウンティング活用技術だ。一般的なCT画像は、おおよそ物質の密度に相当するCT値を2次元マッピングすることで断層像を得ていて、通常は白黒画像の濃淡で表される。最近では、このCT 値をコンピューター処理してカラー画像で表示するものもあるが、あくまで便宜的に色をつけたものにすぎない。

「フォトンカウンティング技術を用いれば、物質のエネルギー情報をピクセルごとに取得できるので、カラー化が実現できます。医療現場への応用では、CT検査だけでガン細胞の良性、悪性が判別できるようになるでしょう。空港の手荷物検査でもいま以上に危険物とそうでないものの正確な判別が可能になるのです」と小池社長は語る。

大学との連携で社会ニーズをカタチに

現在の健康診断でわかる情報は非常に限られている。だが、CdTe放射線検出器が実用化すれば、低線量でさまざまな診断が可能になり、将来的には、現状の人間ドック並みの診断を国民全員が受けることも難しいことではなくなるだろうと小池氏はいう。「医療のクオリティーが格段にあがります。現在の医療診断時に照射されている線量の約 1/1,000で測定が可能になると考えており、安全性の面から特に、小児医療の分野からの問い合わせが多いですね」

静岡大学電子工学研究所の青木研究室では、文部科学省「知的クラスター創成事業」やNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の「産業技術研究助成事業(現:先導的産業技術創出事業(若手研究グラント))」などを活用してCdTe放射線検出器を基礎・実用の両面から研究してきた。ANSeeNの起業にあたっては、JST(国立研究開発法人科学技術振興機構)の「独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進」事業を活用し、2011年4月に設立した。

「起業したことで、研究の成果を実際に機器としてつくって完成させ、その機器で計測してみるというサイクルができるので、研究自体のサイクルも以前より早まりました。社会のニーズに合わせて即座に対応できることが、大学発ベンチャーであることの最大の強みだと思います」と小池氏はいう。

CdTe放射線検出器は実用化に向けて開発を続けている段階だが、2020年をめどに独自のX線のカメラをつくることがANSeeNの目標だ。創業間もないベンチャー企業の真価が問われる。

将来性を感じたX線分野に新たな道を見つける

ANSeeNの開発部で、アナログ回路開発技術者として働く都木克之氏は、東京工業大学大学院を修了後、6年間勤めた会社では無線通信用の集積回路(IC)の開発をしていた。前職では、ある程度自分の裁量で仕事を進めることはできたが、最先端の研究開発に割って入るのは難しく、自分の将来性に限界を感じたのが転職を考えたきっかけだったという。

「CPUなどのICを製造する際は、PC上で設計した回路を実際の物としてつくり上げるわけですが、使用する製造装置によってどれだけ小さくつくれるか(プロセス)が変わってきます。CPUのプロセスは年々小さくなっているので、同じ面積でも、より多く回路をつくることができ、複雑な機能を実現できるようになっています。しかし、そのぶん製造コストが高くつくため、なかなか稟議(りんぎ)が通りません。研究開発でも本当に新しい、最先端の回路をつくるとなると、大学をはじめとした研究機関との連携が必須ですし、さらにコストがかかります。そうなると新しい技術に触れるプロジェクト数は限られますし、部署の規模にも大きく左右されます。今のままで開発者として最先端の技術に進んでいけるのかと不安は増すばかりでした」

ANSeeNの代表取締役小池氏と都木氏は、群馬工業高等専門学校時代の同級生だ。「なにか手伝えることはないか?」。都木氏は自身の行きづまりを打破するために、そう小池氏に声をかけていた。

放射線の突発的な信号を正確に捉える

ANSeeNに入社してからは、放射線を計測、判別するためのアナログ回路開発が都木氏の仕事だ。「小さい信号をきちんと受信して正しく機械に伝えるのが目的で、前職で携わっていた無線回路の設計と大枠は似ていますが、取り扱っている信号や世界がまったく異なるので、早く放射線の世界に慣れていきたいと思っています」

放射線検出でのアナログ回路開発の難しさは、無線の場合は基本的に連続信号であるのに対して放射線は単発の信号であり、しかもそのタイミングがわからないことだという。

「検出器が反応した瞬間にだけ、突発的に『ピコッ』とくるような信号をきちんと受信しなくてはいけません。無線の場合には、信号の送り手がわかっているため、信号を数式できちんと表すことができますが、放射線の場合は疑似的にしかできないので、それをどのようにしたら正確に検出できるかを考えています。難しいけれど、とても面白くやりがいを感じています」

サイクルの早い開発。エンジニアの腕の見せ所

大学発ベンチャーならではの機動力も都木氏のやりがいにつながっている。早いサイクルでさまざまな基盤の開発に取り組めるのはエンジニアとして、腕の見せ所だ。「いままではつくっているものが大きなものでしたから、多くても1年に1度、設計したものが製品になるかどうか。いまは、小さなものでしたら、1週間ぐらいで設計して、即刻つくってもらえます。フィードバックが早く、どのように改善すればいいのかをすぐに検討できるので、非常に有意義です」

ANSeeNでは、一般消費者向けのコンパクトな放射線検出器の開発も行っている。それらはコストやサイズといったことを重視しており、医用や大学の研究用として高い精度を極めるのとは異なるチャレンジがある。

「例えば、主要な放射線だけ計測するものならば、携帯しやすくより小型化を目指したり、細かい数値を見せるよりも単純に危険か否かの見極めに特化したりするなど、さまざまな可能性があります」。都木氏の新しい挑戦は、いまはじまったばかりだ。

(2018年4月6日更新)

株式会社ANSeeN
開発部

都木 克之

2009年、東京工業大学大学院理工学研究科修了。ラピスセミコンダクタ株式会社に入社し、無線通信用のLSIの開発を担当。2015年に退社し、同年10月、株式会社ANSeeNに入社。

面白い分野へ。そのときどきの関心に合わせて進路を選択

群馬工業高等専門学校卒業後、地元を離れ、静岡大学情報学部への入学を決めたという小池氏。その選択理由は、「遠くへ出てみたい」というシンプルなものだった。関東圏から離れてみるのも面白そう、そんな軽いスタンスだ。

「浜松は文化的には関西の影響が強いので、人付き合いのスタイルが群馬とはまったく異なり面白いですね。気候としては、年間を通じて日照時間が長く、冬でもめったに雪が降りません。群馬に暮らしていたときに比べて生活コストはかからず、住んでいて非常に楽です」

振り返れば、進路の選択は強い意志で選んできた結果というよりも、そのときどきの状況にまかせてきた。「どちらかといえば文系より理系が得意」ということで高専に進学し、静岡大学入学後は情報学を修士まで修めるも、放射線イメージングの研究を知れば「面白い分野があるな」と転身。放射線検出器の研究開発へと専門分野を変えてしまった。

その後、大学発ベンチャーとしてANSeeNの創業に関わり、20代後半で代表取締役に就任する。高専時代には考えてもみなかった人生を歩むことになっていた。

デバイスの研究開発に軸足を据えて

2009年から静岡大学電子工学研究所の青木研究室で小池氏は学んだ。青木教授、そして放射線イメージング研究との出合いが人生を大きく変えた。というのも、自由啓発・未来創成をうたう静岡大学のなかでも放射線イメージング研究は独創的な分野である。

「高専ではソフトウェア開発だけでなく、もう少しデバイス寄りのことにも取り組んでいました。放射線イメージングという、将来性のある分野でもう一度デバイスの研究開発に取り組んでみようと思ったのです」と小池氏。研究にのめり込むなかで、自らが関わる研究成果を事業にすることへの関心も高まっていった。

放射線イメージング研究は、医療や工業などでも広く使われており、いわゆる高エネルギー物理や原子力系の放射線計測研究のメインストリームからは少し外れている分野であるため、製品目標や事業化目標を立てやすい。さらに、急な依頼でも対応してくれるなど小回りの利く企業が少ない分野ということもあって、現状は独自のCdTe放射線検出器の開発以外では、さまざまな研究者からの要望に対応する日々だ。

「大学の教授などからの『こういうものは、できる?』というオーダーに対して一点物を製作する受託開発が多いです。いままで誰も製作したことがないものに取り組むので、目的を実現できるものができるとみなさん喜んでくださいます。ベンチャーとしては参入しやすく、やりがいがある分野だと感じています」

常識に捉われず、自由な発想でセンサーの開発に取り組む

起業から1年後に小池氏は代表取締役に就任した。一般企業での勤務経験がなく、代表取締役を務めることに不安を感じないこともない、というのが小池氏の正直な気持ちだ。だが、いわゆる社会の常識に捉われることがないのは、ある意味でメリットでもある。「今後も地方大学発のベンチャーとして、自由な発想をベースにこの浜松という地域だからこそできることに取り組んでいきたいですね」

小池氏が特に注力しているのが、新しいカメラの開発だ。ゆくゆくはCdTe放射線検出器をCCDやCMOSセンサーのように誰もが使える汎用センサーとして確立したうえで、いままでにない、まったく新しいカメラを開発したい。

「X線を扱う業界で、新しいカメラをつくろうと考えている人は、研究者でさえほとんどいません。放射線をより安全に、より安心して扱える環境を提供するためにも研究を進め、新しい放射線活用のデバイス開発に取り組んでいきたいと思います」

株式会社ANSeeN
代表取締役

小池 昭史

1984年、群馬県前橋市生まれ。群馬工業高等専門学校を経て静岡大学情報学部入学。
2009年、静岡大学大学院情報学研究科修了ののち、2011年に株式会社ANSeeN入社。2012年に代表取締役就任。

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