国立大学法人信州大学が中心となって立ち上げた新たな地域活性化事業が注目を集めている。その名も「信州100年企業創出プログラム」。初年度の2018年には、首都圏の大手企業などで経験を積んできた9名が参加。首都圏などで高度な専門性を持って活躍している人材を、信州大学の「リサーチ・フェロー(客員研究員)」として受け入れ、受入企業の課題解決と持続的成長に向けたシナリオ作成に挑戦する本プロジェクト。後編ではその具体的な成果や今後のビジョンなどについて、発起人である信州大学・林靖人准教授にうかがった。
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プロ人材が地方企業の活性化を担うリサーチ・フェローに!「信州100年企業創出プログラム」(前編)
もう一つの仕掛け。月30万円の投資が、効率的に中小企業と優秀な人材を繋げる
―優秀な方々がリサーチ・フェローに応募されていましたが、募集方法について教えていただけますか?
各企業の課題を解決することをミッションとして募集しています。募集は専用のウェブページを作成し、ミッションページとエントリーフォームを設置しました。それを本事業構想に共感をしてくれた人材紹介等の協力企業(パートナーズ)が、自社の人材データベースに向けて発信してくれて、コンタクトポイントを拡大することができました。もちろん、データベース間で重複して登録されている人もいると思いますが、約37万件にアプローチした形になります。その後、応募者の適性については、先にお話ししたように本事業のコンソーシアムメンバーでチェックし、受入企業と応募者のキャリアマッチングをしていく、という流れです。
―今回の募集方法は、リサーチ・フェローと受入企業には、どのようなメリットあるのでしょうか
研究のメリットですが、先にもお話ししたように、一般的な転職という表現ではなく、大学の「研究員(リサーチ・フェロー)」として、キャリアを高めるようなイメージを用意したことが1つ目だと思います。アカデミックな志向を持っている人が、将来的にリサーチ・フェローからさらに客員教員になっていって、仕事をしながら一方で教員のような立場にもなれる。それを目指せることが大きなメリットとなっていると思います。
2つ目は、これもお話ししたとおり、6ヶ月(10月?3月というタイミングも重要)をかけてチャレンジできることですね。リサーチ・フェローにとっても、企業にとっても心理的プレッシャーを軽減できることになると思います。
さらに3つ目としては、企業から活動費という形で月30万円がリサーチ・フェローに付与されることです。現在の仕事を辞めてこのプログラムに参加する人は、収入がなくなります。それは大きなリスクですが、この仕組みによってそれが軽減されることになります。なお、企業にとってはコストと見えるかもしれませんが、相対的に見れば実はかなりローリスク・ハイリターンの投資となります。通常、中小企業で今回のリサーチ・フェローのような人材を確保するためには、人材派遣会社などにかなり多くの費用をかける必要があります。しかも、払ってもマッチングがなかなかできなかったり、一発の面談で極めなければならない。それに対して本事業はその課題をクリアできる。もちろん絶対値として半年間で180万円の投資を安いとは言えないかもしれませんが、半年間雇用する中で得られる成果もありますので、企業側にはかなりのメリットがあるのではないかと考えています。
国立大学法人信州大学 林 靖人 准教授
プログラム後に就職。共同研究の夢も膨らむ
―3月30日に行われた最終報告会では、9名のリサーチ・フェローによる報告が行われました。林先生が特に印象的だと思われるものは?
自分が直接に担当したということもありますが、一つは、半年で一定の事業化を実現した藤尾さん(株式会社タカノ)の例です。当初、タカノ様の課題は「経営の見える化」をテーマにしていました。しかし、企業側と相談する中で半年間という期間・受入環境・会社の資源等を考えた結果、「金属3Dプリンターの事業化」というテーマに取り組むことになりました。金属3Dプリンターは、長野県では「株式会社タカノ(http://www.takano-s.co.jp/company/)」だけが持っていると聞いています。しかし、新たな事業展開に向けての計画や時間をかける人材が不足している状況だった。そこで今回はそれを使って、「精密板金事業とのコラボレーションや新しい事業分野を金属3Dプリンターから考える」ことがミッションになったんです。一方、リサーチ・フェローの藤尾さんは、プリンタ等の製造販売を行う大手メーカーに勤めていて、営業職をされていました。大学院でMBAも取得され、その知識やこれまでのネットワーク等が有効になると考え、マッチングをしています。
今回、半年間の間に彼は、3Dプリンタの市場分析から事業発展モデルを社長と頻繁にディスカッションをしながら描きました。彼が企画した展示会では、これまでの記録を超える1,000人以上の来場者があり、コンタクト先から受注が生まれ、事業の損益分岐となる目標値も達成しました。
―100年企業創出プログラムでのモデルケースが誕生したということですね
成果という意味では、彼は株式会社タカノに就職をしていますので定着まで達成をしました。しかし、本プログラムの狙いはもう一段階あり、そこの第一歩も実現しています。本プログラムでは、リサーチ・フェローたちの中から実践研究・実践教育を担える人材を生み出し、「客員教員」として迎えたいと考えています。それら人材は、産学連携を学生に教えたり、キャリア教育、インターンシップ等のメンターなどをお願いしたいと思っています。藤尾さんは客員教員へのステップアップにも希望があって、今年の4月24日にはキャリア教育の授業で講師を担当してもらいました。
―それはすごい。まさにプログラムの理想的なモデルになりつつあるんですね
今後は、大学と共同研究を一緒に生み出していくことや連携事業などについて、高野社長や藤尾さんと話をしています。実際、連携の間に入れる人(コーディネーター)がいれば、会社の全体を見ながらも大学の研究も意識して、組織対組織の共同事業が可能になります。既に、色々と話は出てきているので、今後、具現化できることを期待しています。
信州100年企業創出プログラムの各研究・実践活動成果についてはこちらをご覧ください。
FILE.01/信州からイノベーションを。ものづくりベンチャーの未来
FILE.02/地域資源とスポーツの融合で地元に永続する夢のあるクラブへ
FILE.03/マーケティングとチームビルディングで組織の強化とさらなる地域貢献を
FILE.04/自動車ビジネスの大転換期に向け企業の組織化から持続的成長へ
FILE.05/社内のコミュニケーション活性化と人材育成で生き残る地方中小企業へ
FILE.06/金属3Dプリンタの事業化から柔軟性と多様性のある組織へ
信州大学学術研究院 総合人間科学系 准教授(博士:学術、専門社会調査士)
林 靖人(はやし やすと)さん
1978年生まれ、愛知県出身。信州大学大学院総合工学系研究科修了(博士:学術)。専門は感性情報学。修士課程在学中から大学発ベンチャーの立ち上げに参画し、社会調査や行政計画等の策定に従事。現在、信州大学産学官連携・地域総合戦略推進本部長、キャリア教育・サポートセンター副センター長として研究・教育に関わりながら、地域貢献活動として地域の地方創生総合戦略等の策定や地域活性化活動に多数関わる。
ベンチャー企業を支援するリサーチ・フェローも
―リサーチ・フェローの方にとっても本プログラムは、受入企業とのマッチング以上にキャリアフィールドがグッと広がるわけですね。他にも興味深いモデルはあるのでしょうか
Sさんも一つのモデル事例だと思います。彼を受け入れたのは株式会社ウイングビジョン(https://www.wvision.co.jp)という会社で、ベンチャー企業です。私も経験者側なので、身にしみて分かるのですが、ベンチャー企業を軌道に乗せていくのはすごく大変なんです。しかし、彼は大手とベンチャーでいろいろな経験を持っているので、それを活かす形でマッチングさせていただきました。彼自身もこれまで投資事業もやってきていて目利き力があり、「この会社の技術が伸びるんじゃないか」と考えて参加を決めたそうです。今回、プログラムに参加されて、経営に不足するところを様々に提案したり、事業を展開できる領域に営業などをされ、会社の発展モデルを描かれています。会社側は、ビジョンを実現できる中核的な人材とのマッチングができたのだと思います。Sさんは、長野県のこともとても気に入っていらっしゃいます。松本城を見てジョギングしてから出勤するとか、山菜採りに行くとか。Facebookでは、スキーの話や松本の話などが盛んに発信されています。長野県にとっても凄くいい人が来てくれたと言えそうですね。
―信州100年企業創出プログラムの終了後のリサーチ・フェローや企業に対しては、どんな構想・アクションを期待しているのでしょうか
次の参加企業を牽引するリーダー集団となること、100年企業構想プログラムを一緒に構想してくれるパートナーになってほしいと思っています。報告会では、社長同士も顔を合わせていただき、他の企業の状況やリサーチ・フェローについても少し知っていただきました。この全体マッチングはもう少し頻繁にできれば良かったと思いますが、この機会を使って企業同士が、「組んだらこんなことができるんじゃないの?」という話が生まれることを期待しています。
実際、リサーチ・フェロー同士は、それぞれ密に交流を図っているので、リサーチ・フェローが軸となり企業をつないでいき、異業種連携も動き出しており、楽しみにしているところです。大学の最大の役割は、研究と言えますが、研究をするのは人です。ですから、人材を創って、その人たちが動いていく、その仕組みを作ることだと思うんです。
1つの成功が、次のチャレンジを生んでいく
―事業の初年度を終えられて、1つのロールモデルが確立できた手応えはおありですか?
そうですね。車作りで例えるならば、1年目は走る車、動く車を作るというのが目的。2年目は、ある程度ちゃんと走れる車を作る。3年目からは量産、というのが流れだと思っているんです。ですから、来年もまだプロトタイピングの期間で、応募される方たちにも企業様にもお話をしているのですが、現時点では完成形を売っているとは言っていません。一緒に新しい事業モデル創りましょう、と伝えてます。しかし、だからこそリサーチ・フェローと企業ともに挑戦的な志向性がある人達が集まって、一年目は一応の目標達成ができたのではないかと考えます。もちろん、完璧ではないので、次年度以降は初年度に残された課題に取り組みますが。
―中長期的な視野で見たときの変化も楽しみですね
2年目は、1年目とは少し違う切り口でテーマを設けたいと思っているんです。現段階の構想で言えば、先ほど話したSさんのモデルに近いですが、ある種ベンチャー企業のようなところに、人のマッチングをしていきたいとも思っています。
というのは、日本の次の100年を創ろうとしたときに、新しい企業の存在がとても大事なのではないかと思うんです。新しいことをやろうとしている企業って、視点はすごく良いんですよ。ただ、設立から発展までの一定期間、すなわち自活力・自立性を持つまでの期間が、一番険しい道となる。そこに、高い経験値を持つ人や、突破力をもって支援できる人が加わると、その企業の生存率はものすごく高まると考えています。
―リサーチ・フェローという新たな風に触発されて、他の従業員や会社のポテンシャルも発揮されると?
そうです。新しいことに挑戦しようとしている人が近くにいると、それに刺激を受けて変化する人が生まれます。つまり、そういった企業がいれば、周りの企業も刺激を受けるんですよね。だから、そんな周りを引っ張れる企業を生み出したいので、次のプログラムはそういった企業を対象にやりたいなと思っているんです。
―ベンチャーは、100年企業を創出する人材育成や企業にとって重要な場なんですね
はい。だから、地域の中にある企業以外にも大学発のベンチャーも育てていきたいという思いもあります。大学発ベンチャーの創出支援は少しずつ増えてきていますが、まだまだ伸びないんです。理由は明確で、先生たちの多くは、経営者ではないし、また社長をやったりする卒業生達も多くは社会人経験がない。どんなにいい技術でも伝わらなければ、存在しないのと同じですし、技術は陳腐化するので、発展させていく仕掛けづくりもしなければなりません。運良くセンスがあればいいですが、それはレアケースだと思っています。だからこそ、このプログラムで募集するリサーチ・フェローとマッチングしたり、将来的に客員教員として支援をしてくれる人材を育てていきたいと思っています。
―次年度は、“100年企業を創れるベンチャー”が、一つのテーマとなりそうですね。その場合は、求める人材像も変わってくるのでしょうか
少し変わるかもしれません。ベンチャー支援に求める人材というと、3パターンいると思っています。がむしゃらにやれる人。経験値を持っていて、ベンチャーを立ち上げてやってきた人。あとは企業の目利きができる人。ロールモデルで言ったら、先ほどお話ししたSさんはまさしくそれで、彼のやっていることはまさに目利きなんですよね。Sさんの受入企業である株式会社ウイングビジョンはもともとソニーからスピンアウトした会社です。面白い技術を持っている。そして自分自身も今までベンチャーなどの投資をしてきた。そうした要素がいくつかマッチングして、このロールモデルが起きているんです。そういう会社が生まれてくれると、長野県の中でどんどん新しいビジネスを生んでいくような会社ができるんじゃないか。次の未来を担うような会社が成長するんじゃないかと期待しています。私たちが関わる意味も、そこにあると思いますしね。
信州大学学術研究院 総合人間科学系 准教授(博士:学術、専門社会調査士)
林 靖人(はやし やすと)さん
1978年生まれ、愛知県出身。信州大学大学院総合工学系研究科修了(博士:学術)。専門は感性情報学。修士課程在学中から大学発ベンチャーの立ち上げに参画し、社会調査や行政計画等の策定に従事。現在、信州大学産学官連携・地域総合戦略推進本部長、キャリア教育・サポートセンター副センター長として研究・教育に関わりながら、地域貢献活動として地域の地方創生総合戦略等の策定や地域活性化活動に多数関わる。