首都圏のプロ人材が地方企業の活性化を担うリサーチ・フェロー(客員研究員)に!「信州100年企業創出プログラム」(前編)
国立大学法人信州大学
GLOCAL MISSION Times 編集部
2019/05/25 (土) - 08:00

国立大学法人信州大学が中心となって立ち上げた新たな地域活性化事業が注目を集めている。その名も「信州100年企業創出プログラム」。初年度の2018年には、首都圏の大手企業などで経験を積んできた9名が参加。首都圏などで高度な専門性を持って活躍している人材を、信州大学の「リサーチ・フェロー(客員研究員)」として受け入れ、受入企業の課題解決と持続的成長に向けたシナリオ作成に挑戦する本プロジェクト。従来の増加をベース・増加に依存した社会事業とは何が違うのか。地方の国立大学が仕掛ける新たな人材戦略に迫ってみた。

誰も経験したことのない、次の100年を創るために

「信州100年企業創出プログラム」は2018年6月より、中小企業庁のモデル事業として始まった新しいスタイルの地域活性化事業だ。国立大学法人信州大学が中心となって4つの法人とタッグを組んで運営。首都圏などで高度な専門性を持って活躍している人材を信州大学の「リサーチ・フェロー」に任命し、6ヶ月間受入企業の課題解決と持続的成長のシナリオ作成に挑戦してもらう。大学がハブとなり、地域企業を舞台とした実践型リカレント教育に挑むのは国内でも初めて。運営をサポートする法人の中には、当サイトを運営する「株式会社日本人材機構」も名を連ねている。初年度は、8社の地元企業が9名のリサーチ・フェローを受け入れ、2019年3月に活動を終了。好評を受けて、今年度も取り組むことになったこのプログラムの発起人、信州大学・林靖人准教授に、プログラムの内容や狙いについて詳しいお話をうかがった。

国立大学法人信州大学 林 靖人 准教授

―まずは「信州100年企業創出プログラム」の概念について教えていただけますか?

このプログラム名には、“長野県から未来を創れるような企業を生み出してきたい”という思いが込められています。長野県内に100年経っている企業は950社ほどあるんですが、これからの100年の企業経営は今までにない大きな変化を迎えるからです。
今までは人口が増える社会で、人口増加をベースにし、それに依存した社会システムを作ってきました。例えば、年金システムも然りですよね。しかしこれからは、人口が減る社会が訪れますので、やり方を変えなければなりません。今まで誰も体験したことのない、未知の中で、次の100年を創る企業をどうやって生み出していくか、ということが、我々大学の1つの大きな研究テーマであると考えたのです。

―構想に至った背景には、信州が抱える課題もあったのでしょうか?

信州は首都圏より早いペースで、人口が減少しています。特に問題なのは、何かを変えたい・成し遂げたいという意識がある人が、人の少ないところは刺激が少なく、面白くないと思い込んで外に出て行ってしまうことです。すると、ますます新しいことが起きにくくなるんです。私はそれが人口減少の中で一番問題だと思っています。この状況を打破するためには、人材が環流することが重要です。しかし、ただ「移動しろ」と号令をかけても、誰も移動するわけがありません。実は、首都圏にはないものすごく面白い・挑戦的課題がある、チャレンジできる環境を準備できるということを伝えることが必要です。結果として、「移住」や「交流」が起きることが、自然な流れなんですよね。その「仕掛け」を作ったというのが今回のプロジェクト、というわけです。

現場や教室で、4つの実践的学習

―「100年企業」というフレーズが非常に印象的なのですが、この「100年企業」とは、どういった定義でお考えになられていらっしゃるんでしょうか?

単純に100年続く企業というよりも、未来を創るというか、今まで体験したことのないような100年を創れる企業ですね。そのためには目先の課題だけではなく、もっと長いスパンで考えなければいけません。今のことを見ながらも、将来のことを考える。山登りで例えるならば、頂上を見据えて今どういうルートを作っていくかを考える、というのがこの事業です。
しかし、この100年企業のあるべき姿について、我々が答えを持っているわけではありません。4つの学びの場を用意し、リサーチ・フェローを中心に企業と一緒に創っていくところが事業の特徴です。なお、4つの学びの最初の1つは、企業の現場です。企業の未来を見すえながら、それに向けた現在課題、つまり先の例で言えば登山口の整備や登頂ルートの設計をします。そして、それをブラッシュアップする3つの学び場が大学となります。

―では、大学ではどんな取り組みをしたのか、具体的な内容について教えてください。まずは「特設ゼミ」とはなんでしょう?

大学が一般や業界向けにセミナーやフォーラムをやることもあるかと思いますが、「特設ゼミ」はそういう単発型ではなく、継続的に長期間・集中的に議論を重ねる形で運営します。イメージとしては、卒業論文の指導です。リサーチ・フェローは、毎週各自の研究テーマについて現場で調査や実践的な研究をおこない、それを週末に教員やリサーチ・フェロー同士で議論し、自分の研究を深めていきます。特設ゼミは、一方的な知識を得るというよりも知識を生み出す・創り出す場所になっているんです。

―企業経営などの知識がない方達もいると思うのですが、その場合は必要な知識を与えながら、議論を重ねていく、ということですか?

ゼミとは別に、必要な知識を得るのが、2つ目の学びの場「集合研修」です。リサーチ・フェローは全員が同じ経験知を持っているわけではありません。例えば、企業会計についてはあまり知らない人もいたりします。そこで会計資料の読み方を勉強するような、知識研修を隔週で行ったり、地域と首都圏の違いを理解するようなワークショップも行いました。もちろん、これで全て足りる訳ではありませんが、何をすれば良いかを知ってもらいます。

―「特別セミナー」は、どのように設計しているのでしょうか、お話の内容は、どのようなものになるのでしょうか

「特別セミナー」のテーマは、次の100年に向けて必要な視点をコンソーシアムメンバー側で研究して決めていますが、いろいろな視点があります。例えば企業内の組織風土をどういう風に作るのか。100年以上の歴史がある企業はどうやって危機を乗り越えてきたのか。これからの未来に必要な視点としてSDGs(持続可能な開発目標)を取り上げたこともあります。他にも、企業が地域でどうやって連携していけばいいか、というテーマも扱いました。いろんな視点を組み込んでいますが、各講師には我々のコンセプトを伝えて、お話を頂いています。なお、特別セミナーは、リサーチ・フェローだけでなく、受入企業の社長や社員のみなさんに聞いてもらうのも特徴です。ですから企業にとっても、貴重な学びの場になっていると思います。

信州大学学術研究院 総合人間科学系 准教授(博士:学術、専門社会調査士)

林 靖人(はやし やすと)さん

1978年生まれ、愛知県出身。信州大学大学院総合工学系研究科修了(博士:学術)。専門は感性情報学。修士課程在学中から大学発ベンチャーの立ち上げに参画し、社会調査や行政計画等の策定に従事。現在、信州大学産学官連携・地域総合戦略推進本部長、キャリア教育・サポートセンター副センター長として研究・教育に関わりながら、地域貢献活動として地域の地方創生総合戦略等の策定や地域活性化活動に多数関わる。

大学がハブになった新しいマッチング

―大学が企業と人材(リサーチ・フェロー)をつなげるハブになるというケースは珍しいと思いますが、大学がその役割を担う際の強みは何なのでしょうか?

地方と首都圏の人材マッチング・環流事業は、従来、民間企業や地域お越し協力隊の制度など国・自治体等が担ってきました。この取組によってある程度、地方への人の流れが生まれたと思いますが、次の形が求められていたのだと思います。そこで新しい主体として大学が関わるとしたら何ができるのかを考えて、スタートしたのが、産学が連携した研究・学びによる「課題解決」や「人材のアップグレード・アップデート」(今流に言えば、「リカレント教育・学習」)です。

―マッチングの仕方も通常の人材紹介などと比べると企業や人材の選定方法や期間などスタイルがずいぶん異なっているようですね

通常の地方創生事業が、首都圏にいる人材と地元の企業をストレートにマッチングさせる仕組みだとすると、我々の場合は変化球によるマッチングと言えるかもしれません。従来の仕組みに対して人材育成というもう一つの軸を持たせるともいえるでしょうか。
変化球やもう一つの軸の要素の一つが、「マッチングまでの段階・期間」です。まず、人材育成や学び直しという要素が入るので必然的に時間が必要になってきます。また、マッチングは結婚のような重大なイベントです。そこで、6ヵ月間かけてお互いに見定めましょうという、「お見合い型」のマッチングといたしました。仕事ベースで表現するならば、大人の「インターンシップ」と言えますかね。学生はインターンシップをやって、いろんな企業との適性を見たりしますけれども、大人だってそれをやってもいいのではないか、と考えたわけです。

―確かに企業側と人材側、お互いにとって、長い目で見たときに会社の文化に馴染めるかどうかを見定めることは大事ですね

そう、接着の時間が重要なんです。だから6ヶ月間という時間にも意味があります。1年じゃダメですし、3ヶ月でもおそらくダメでしょう。リサーチ・フェローや企業の皆さんにも聞いてみたんですけれど、1年だと長すぎて応募する際に足踏みをしちゃうんですよね。でも逆に3ヶ月だと短すぎちゃって、何ができるか分からないと。6ヶ月ならその中間。何かをやるにしては短いかもしれないけれども、全く何もできないわけじゃなく、始めることはできる。私は専門が心理学なんですけれども、人と人の心をどう動かすかということを常に意識してプログラムを組んでいます。

―6ヶ月という期間には、そういう意味があったのですね

あとは、「10月から3月」という期間設定も重要です。年度が切り替わる。これが9月で終わりだと中途半端なんです。だから10月から始まって、3月で一旦終わるということにしました。リサーチ・フェローにとっても企業側にとっても、一つの区切りが付けられる。そういう絶妙な余裕や締切などリスクマネジメントの仕組みを設定することが企業やリサーチ・フェローが参画する際にも重要だったと思います。

―地元の皆さんの反応はどうでしたか?

このプロジェクトがすべての企業に向いているとは思っていなかったので、最初は地元の行政や商工会議所などいろいろなところに、我々のコンセプトに合致する企業さんを紹介してほしいとお願いしました。そこで64社の紹介を受けて、我々でも吟味をして、38社に提案。そのなかの14社が「面白そうだね」と関心を持ってくださって、マッチングをする中で、最終的に8社が参画を決定しました。

―企業はどのような基準で絞り込んでいかれたのですか?

企業選定のところではコンソーシアムメンバーの日本人材機構が中心に動いてくれていますが、まず社長がGOを出すかどうかですね。やっぱりトップが判断しなくてはならないし、トップと話をしながらやれないところは結局上手くいかないんです。そのために何度も通って、話をして、「やる」という決断をしていただいています。そこが最初の大きなポイント。トップの方と直接対峙できるというのは、スピード感にも影響してきますから。そういう意味では、社長との距離が近い規模の会社、社員から目に見えるところに社長がいる会社の方が向いているような気がします。

コンサルタントではなく、「研究員(リサーチ・フェロー)」

―課題解決プランニングですが、これは企業の現場で取り組むのですか

はい。リサーチ・フェローは、基本、週4日間ベースで、企業の現場に入り込んでもらいます。よくある企業コンサルタントの「見に来る」という形ではなく、ちゃんとメンバーの一員になっていただくのが前提です。日々の中できちんと自分で課題を見つけていただいて、分析・対応をしていただきます。ところがずっと現場にいると、自分も一緒になっちゃうんです。そこで、意識して週1?2回は大学に来てもらって、1週間取り組んだことや、自分の考えや取り組みを他のリサーチ・フェローや教員に聞いてもらい、「本当にそれで良いか?」というのをゼミで確認して、再び現場に戻る作業です。プランニングと表現していますが、ただ絵に描いた餅の計画を作成するのではなく、実践と客観性を持たせるところが特徴です。

―研究報告の資料を拝見したのですが、リサーチ・フェローの方がすごく積極的に現場に入り込んでいる印象を受けました。これも大学での学びによるものなのですか?

さきほど、お話したとおり、コンサルタントを募集したのではなく、「研究員(リサーチ・フェロー)になってください」という募集したことによると思います。また、就職しに来てくださいという言い方をしているのではなく、企業の抱えている課題を解決しに来てください、といったことも重要です。結果的には同じことが起きるとしても、表現次第では、人の捉え方って全然変わるんですね。

―確かに、「研究員(リサーチ・フェロー)」と言われると、ものすごく自分事として捉えてみたり、積極的に動いていこうという気持ちになります

そうですね。だから「研究員(リサーチ・フェロー)になりませんか?」というのは大事なキーワード。これは日本人材機構さんと話をする中で、大学と組むときにそういうのができないかなという提案から生まれました。今回参加した人達は、「研究」ということに対しての感度がある人。「そういうのは興味がないよ」という人ではなく、むしろ研究をしてみたいと思っている人、アカデミックな思考がある人たちが、この言葉に反応してくれる。たぶんそれが募集においても他のマッチングとは異なる強みになっているんだと思います。

―なるほど。属性を意識したアプローチというわけですね

首相が開催する第二回の中途採用・経験者採用協議会(https://www.psrn.jp/topics/detail.php?id=6146)があって、そこである企業さんがおっしゃっていたんですが、「日本はセカンドキャリアにあまりいいイメージがない。でもこれ、海外へ行くと逆で、いろんなことを経験していることが強みと捉えられる」と。これはいいかえると日本では転職の時の“積極的な理由”や”付加価値のある理由”があると行動を促しやすいことだと思います。つまり、私はリサーチ・フェローになるために今の仕事を辞めてこっちに入ったんだというと、ちょっと箔が上がる形でジョブチェンジができる。人の心理や顧客ニーズに対応することで、それまでできないと思っていたこともうまく機能する好循環が生み出せることをプログラムとしても挑戦をしているんです。

信州大学学術研究院 総合人間科学系 准教授(博士:学術、専門社会調査士)

林 靖人(はやし やすと)さん

1978年生まれ、愛知県出身。信州大学大学院総合工学系研究科修了(博士:学術)。専門は感性情報学。修士課程在学中から大学発ベンチャーの立ち上げに参画し、社会調査や行政計画等の策定に従事。現在、信州大学産学官連携・地域総合戦略推進本部長、キャリア教育・サポートセンター副センター長として研究・教育に関わりながら、地域貢献活動として地域の地方創生総合戦略等の策定や地域活性化活動に多数関わる。

企業側のニーズとリサーチ・フェローの志向や経験値を見極めマッチング

―では、リサーチ・フェローを選定される際の基準は?

最終的な人材のマッチングは、紹介免許が要るので我々にはできません。そこは日本人材機構さんにお任せしているわけですけれども、我々が見ていく際のポイントはやはり、それぞれの企業さん側のニーズにマッチするかどうか。例えば飲食業に、全然違う業界の人を入れるパターンもあれば、飲食業の経験がある人を入れたいというパターンもありました。基本的には相手のニーズを見ながら、そのニーズに応えられそうな経験値だったり志向性をマッチングさせるというのが大きなポイントになります。

―どういった方々が応募してこられましたか?

「リサーチ・フェロー」という言葉が入っているためか、いわゆる高学歴な方、名だたる企業で活躍されている方たちが多かったですね。また、一つの企業で経験を積んできた人もいましたが、何度か転職しながら幅広い経験値をお持ちの方も多いですね。

応募者は30代、40代が全体の75%を占める

―もともと信州にゆかりのある方が多いのですか?

あまりないですね。ゆかりがあるとしたら、奥さんが長野県出身でいらっしゃる方はいますが、軽井沢に別荘があって長野県と東京を行き来していたとか、会社の出向で長野に来ていた方などであり、長野の出身者はいらっしゃらないです。

―地域のためにというよりも、企業の課題やミッションをクリアしていくために自分の力を発揮したい、という方が多かったのですね

当初は、長野県の就職希望というのは23%程度でした。多くの方が就職や事業パートナーとして定着したり長野との関係ができたということは、今回のプログラムを通じて、長野が好きになったわけですが、それは仕事がうまくマッチングできて始めて達成されたのだと思います。地方移住の時に一番の問題となるのは、仕事がないことで、自治体の皆様も、仕事を紹介して欲しいといわれるのが一番難しい課題だそうです。でも我々はこのプログラムで一つのその課題を解決できる可能性を感じました。

(5月21日配信の後編へ続きます)

信州大学学術研究院 総合人間科学系 准教授(博士:学術、専門社会調査士)

林 靖人(はやし やすと)さん

1978年生まれ、愛知県出身。信州大学大学院総合工学系研究科修了(博士:学術)。専門は感性情報学。修士課程在学中から大学発ベンチャーの立ち上げに参画し、社会調査や行政計画等の策定に従事。現在、信州大学産学官連携・地域総合戦略推進本部長、キャリア教育・サポートセンター副センター長として研究・教育に関わりながら、地域貢献活動として地域の地方創生総合戦略等の策定や地域活性化活動に多数関わる。

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