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岡山で最先端のIT技術を享受できるリモートワークという働き方
寺本 亜紀
2018/09/03 (月) - 08:00

高校時代からプログラミングを学び、IT技術に魅了されてきた栩平智行さん。東京でハードウェアエンジニアやWebデザイナーとして勤め、その後岡山に帰郷し起業。現在はソニックガーデン社の論理社員としてリモートワークを中心に仕事をしています。 今回は、リモートワークや地元、岡山での仕事や暮らしについて伺いました。

高校時代からプログラミングを学んで、IT技術に魅了される

高校が情報電子科だったので、高校時代に初めてプログラミングを学び、その楽しさは知っていました。思い返せば、その頃からITの技術に魅了されていたのだと思います。18歳で上京して、株式会社富士通エフサスに、金融端末・サーバーのハードウェアエンジニアとして就職。その後東京のWebサイト制作会社に転職して、WebデザイナーやITコンサルタントとして働いていました。

もともとミュージシャンをめざして上京したこともあり、同じようにバンド活動をしていた妻と出会い、2002年に結婚。2004年には長男が誕生しました。でも、僕は岡山出身、妻は種子島出身。東京に親族がほとんどいないなかでの子育てに限界を感じ始めていました。それで、子どもが1歳になる2005年に岡山にUターンすることに決めたんです。

とはいえ、東京にはITスキルが高い人たちも多いし、才能ある人から刺激を受けていたので、岡山へ帰ることで「スピードの早いIT業界から置いていかれるのではないか?」といった不安はありました。 当時勤めていた会社の社長からは、「東京を離れるということは第一線から退くということだけど、それでいいのか?」と言われました。自分としてはIT業界の最前線の仕事に携わっていきたかったのですが、家族のことを考えると岡山に帰ることが最善の選択でした。

岡山に帰郷後、初めてプログラマとして働いたことが転機に

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栩平氏の自宅の窓から見える桜並木

2005年に岡山に帰郷して、地元のシステム会社にプログラマとして就職しました。それまでは遊びでプログラミングをしてはいましたが、仕事としては未経験だったので、東京の第一線を離れた不安と、初めて仕事としてプログラミングをする不安がありました。でも、6年間プログラマとして勤めるなかで、さまざまな経験ができました。このときに岡山へ戻ったことが自分にとっては大きな転機となったのは間違いありません。

その後、2011年3月23日に株式会社 aguuu (アグー)を設立しました。起業した理由は、岡山へ帰郷してからITスキルの高い人にたくさん出会い、プログラミングが好きで優秀なプログラマたちが、笑顔で働けるチームを、この岡山に作りたいとの思いがあったからです。

当時はまだ、岡山ではiOSのアプリを作れる人が少なかったので、iOSのiPhoneアプリ開発を中心に行っていました。そのほか企業向けのiOS開発セミナーの講師を務めていました。

起業して1年程経った頃、岡山にもう一人iOSのアプリを作れる人がいると耳にして、一度会ってみようという話になりました。それが現在、株式会社 DIGITALJET(デジタルジェット)で一緒に働いている真崎克宏です。話してみると年齢や住んでいる場所が近いということもあり、すぐに意気投合しました。その後、DIGITALJETの代表取締役である、デザイナーの能野仁志やソニックガーデンの野上誠司とも合流。その4人でアライアンス「KICKHOST(キックホスト)」を立ち上げて、毎月のようにモバイルアプリやWEBサービスをリリースしていました。その後2013年に正式にDIGITALJETに参画することになります。

「納品のない受託開発」に魅力を感じてソニックガーデンに参加

2014年から僕はDIGITALJETに籍を置いたまま、株式会社ソニックガーデン(SonicGarden)の「論理社員」として参加しています。

DIGITALJETの真崎が、岡山で開催されたアジャイルソフトウエア開発のセミナーに参加して、ソニックガーデン代表の倉貫義人さんの講演を聞いたのがきっかけです。いつも冷静沈着な真崎が、セミナーの翌日、倉貫さんの「納品のない受託開発」について珍しく熱く語ってきました。

僕自身、東京の情報をキャッチアップしていくなかで、ソニックガーデンの代表を務める倉貫さんのブログは読んでいたので、面白い取り組みをしている会社があることは知っていました。また、ソニックガーデンのフルリモートワーク第一号である兵庫在住の伊藤淳一さんのブログもたまたま読んでいたので、リモートワークという面白い働き方があることも知っていました。真崎の話を聞きながら、それらがすべてつながっていくのを感じました。

ソニックガーデンが取り組んでいる「納品のない受託開発」に魅力を感じていたので、DIGITALJETのメンバーと共に、倉貫さんに何度もお会いして疑問をぶつけていたのですが、倉貫さんはすべて論理的に回答してくれました。プログラマだったら、倉貫さんについていきたくなる。そんなカリスマ性を持った方だと思います。

それに、僕自身、受託開発にはいくつか問題点があると思っていました。
例えば、見積もり。システムが大きくなればなるほど100万円単位、1000万円単位でブレが生じるので難しいんです。在籍していた岡山のシステム会社では、エクセルで画面を作って、ボタンを押したらこんな動きをするとクライアントに示して動作確認をしてもらっていました。
1000万円もするシステムだとエクセルの資料が300ページにも及びます。基本的には、見積もり金額を確定するために作るのですが、動作確認といってもエクセルでは実際には動きません。クライアントにとっても、プログラマにとってもあまり意味のない作業ではないかと感じていました。
だからこそ、ソニックガーデンの「納品のない受託開発」という取り組みにすごく興味をもったんです。

岡山にいながらIT業界の最前線の刺激に触れられるリモートワーク

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カウンセラーとユーザーのマッチングサービス「ボイスマルシェ」との電話会議の様子

現在、僕はDIGITALJET のメンバーでもありますが、ソニックガーデンの論理社員として9割方「納品のない受託開発」をしています。

ソニックガーデンでは、東京の複数のクライアントとそれぞれ週に一度、SkypeやGoogle ハングアウトを使ってミーティングをして、開発を行います。これは、東京や他都道府県の論理社員と全く同じ働き方です。

東京在住のメンバーと共に東京のクライアントの仕事ができるのはリモートワークならでは。おかげで、岡山にいながらIT業界の最前線の刺激に触れながら過ごすことができています。

ソニックガーデンの仕事で僕が得た知識や業務の進め方は、DIGITALJETのメンバーにも共有して、岡山で受注した仕事でも活用できるようにしています。
ソニックガーデンの給料は、DIGITALJETに振り込まれる形にしていて、売上として計上しています。DIGITALJETの他のメンバーも同様にそれぞれの仕事を売上にしています。

プログラマになるまで、ハードウェア修理、webデザイナー、ITコンサルタントとそれぞれITに関係する仕事をしてきたので、ハードウェアの知識やデザインの視点がとても役立っています。

リモートワークでは、岡山という地方都市の良い部分を享受しながらも、東京の最前線の仕事ができますし、プライベートと仕事の切り替えが瞬時に行えるので時間を有効に使えます。
ひとつだけデメリットがあるとすれば、会社員のように通勤することがないので、どうしても運動不足になってしまうことでしょうか。だから、健康維持のためにも週に一度はジムに通って意識的に身体を動かすようにしています。

「みんなが楽しく幸せであること」家族と過ごす時間が何より大切

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岡山城の公園で遊ぶ栩平氏と息子さんたち

岡山のシステム会社に勤務していた2008年5月に一戸建てを建てました。今では、子どもも中学1年と小学5年と大きくなったのでそこまで手がかかりませんが、まだ幼かった頃は親族にいろいろと手助けしてもらいました。岡山に戻ってきて本当に良かったと思っています。

リモートワークのおかげで子どもたちの学校行事にはほぼ参加できていますし、子どもと過ごす貴重な時間を大切にできます。子どもたちの成長を見守ることができるのが何よりうれしいですね。 自宅で仕事をするという僕の働き方を子どもたちは理解してくれているので、いろいろと協力してくれます。
ただ、子どもから見て、僕が仕事をしているのかどうかがわかりづらいようなので、プログラミングやテレビ会議をするときには、ヘッドフォンをするようにしています。そうすることで、今は仕事中だと判断できるようになりました。

岡山は、気候が温暖で過ごしやすいところです。降水量が少ないのですが、一級河川の吉井川、旭川、高梁川の三大河川の流域を合わせると、県全体の面積の80%を占めているので水不足になることはほとんどありません。東京に比べて地震も少ないです。
新幹線が停車するので東京、大阪などへの移動も便利ですし、岡山駅前に大型施設があるので買い物にも困りません。車で30分も走れば自然に触れることもできます。
週末には大好きな音楽を聞きに家族全員で西へ東へとライブや夏フェスに参加して充実した生活を送っています。

実は、妻には結婚前からふたつの夢がありました。それは「マイホームを持つこと」と「専業主婦になること」。岡山に帰郷したからこそ、妻の夢を叶えることができたのだと思います。
僕にとっては、何より家族が第一。「みんなが楽しく幸せであること」それが僕の一番の願いです。
もう少し先になりますが、子どもから手が離れれば、妻と二人で宮古島か京都に3~5年ほど暮らすのも楽しそうだねと話しています。

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株式会社 DIGITALJET 取締役 プログラマ
株式会社ソニックガーデン 論理社員

栩平 智行(とちひら・ともゆき)さん

1979年岡山県生まれ。高校の電子情報科でプログラミングを学び、富士通エフサスなどでハードウェアエンジニアやWEBデザイナー、ITコンサルタントとして働く。2005年に岡山に帰郷し、6年間システム会社でプログラマとして勤務。2011年に起業し、アプリ開発のほか、企業向けのiOS開発セミナーの講師を務める。2013年にDIGITALJET Inc.に参加。ソニックガーデン社の論理社員としても活動中。家族は、妻と子ども2人。

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