地元・小豆島の特産品「醤油」を伝える、「醤油ソムリエール」
(株)くらしさ 長谷川 浩史&梨紗
2017/04/18 (火) - 08:00

ワインの専門知識を持ち、レストランやお店でのワイン選びの際に手助けをする「ソムリエ」(女性は「ソムリエール」)という職種。最近ではワイン以外にも、「野菜ソムリエ」や「紅茶ソムリエ」、「温泉ソムリエ」などもあります。そんななか、「醤油ソムリエール」として活躍する女性がいます。香川県小豆島出身で、現在も小豆島を舞台に地元の特産品である“醤油”に光を当て続ける黒島慶子さん。彼女が「醤油ソムリエール」になるに至ったワケとは?

「醤油ソムリエール」とは?

日本人である私たちの食卓に欠かせない、醤油。醤油とひと口に言っても、濃口、淡口、再仕込み醤油、白醤油…など、さまざまな種類がありますが、それらにどのような違いがあるのか、どのように使い分けたらいいのかを知っている人は意外と少ないかもしれません。

そこで活躍するのが「醤油ソムリエール」の黒島さんです。醤油を使うシーンでどのような醤油が合うかの提案や、醤油を使った調味料の開発、醤油に関するワークショップの開催など、醤油にまつわる仕事はなんでもこなします。

醤油の歴史は古く、資料に「醤油」の文字が確認できたのは安土桃山時代のことだそう。昔は流通網がなかったため、各地域で醤油造りがされていましたが、現在日本に残る醤油蔵は約1,300と言われています。

この蔵の数を聞いて多いと思うか少ないと思うかは人それぞれかもしれませんが、実は「醤油ソムリエ(ソムリエール)」として活動しているのは、全国を探しても3名ほどだそう。というのも、「醤油ソムリエ」はワインのソムリエのように資格として確立されている訳ではないのです。ある種ニッチとも思える「醤油ソムリエール」に黒島さんがなろうと思ったのは一体なぜなのでしょうか?

地元について見つめ直した卒業制作

子どもの頃から絵を描くのが好きで、高校も美術の専門クラスがある学校へ行き、美術大学へ進学した黒島さん。「自分が得意とする“表現する”ことを人の役に立つようにするために…」と考えた時に、どのようにして情報を伝えるかを学ぶ「情報デザイン学科」を選んだといいます。そして、大学の卒業制作の題材を探すなかで、地元の産業、醤油に辿り着いたのだとか。

「卒業制作のテーマ決めから自分でするのですが、私にしかできないことを探すなかで、まずは生まれ育った土地(小豆島)を調べてみようと思ったんです」

黒島さんの地元・小豆島は、温暖で雨が少なく乾燥した気候が、醤油づくりに適しており、最盛期にはおよそ400の蔵元が存在していたんだそうです。現在も、人口3万人弱の島に21の醤油蔵があります。

「それまでは地元に醤油蔵が存在するのが当り前すぎて、近所の醤油蔵の人に改めて話を聞くのも恥ずかしかったんです。それでも調べていくうちにやっぱり醤油に行き着き、醤油こそが小豆島ならではのモノづくりだなって感動しました。それで蔵人に『今後もぜひ醤油造りを続けてください』って伝えたら、なんともショッキングな答えが返ってきて。『醤油は儲からんから、つぶれても仕方ない。子どもには継がせられない』って…」

知れば知るほど奥深い醤油の世界。その一方で、自身がそうだったようにあまり知られていない醤油のあれこれ。確かにこのままでは小豆島から醤油産業が消えていってしまうかもしれない、と黒島さんは危機感を覚えます。

「一般の人たちは醤油を選ぶことができず、醤油蔵も選んでもらうことができていません。私はそんな両者の“つなぎ役”でありたいと思いました」

黒島さんは自分にできることが何かを考え、“表現する”という強みを生かして、小豆島の醤油蔵を紹介する公式サイトとブログを開設することにしました。

今でこそ観光サイトなどでも“醤の郷”を謳っている小豆島ですが、黒島さんがサイトを立ち上げた2004年頃は、醤油蔵の人でも他の蔵、他の醤油についてはほとんど知らなかったといいます。

デザインと醤油について知識を深めた3年半

大学を卒業後、すぐにでも「醤油ソムリエール」として活動していくことも考えたといいますが、まずはWEBデザイン会社に就職することに。

「社会のことを何も知らない若者が、地域の課題を解決できる訳がないと母親にも止められて(笑)。WEBの知識をつけておくことが、いずれ小豆島で独立した際に役立つかなと思いました」

東京に配属になった黒島さんでしたが、仕事をしながら並行して「醤油ソムリエール」になる準備も進めました。休みの度に東京から小豆島に戻って醤油蔵へ通い、手伝いをしたり、情報を発信し続けたりしたのです。

「醤油業界は男社会なので、私が醤油を仕事にしたいと話した当初は、周りからは鼻で笑われてしまいました。まずは地元の醤油蔵に認めてもらうためにも、活動を継続することで『醤油ソムリエール』になるという意志を示したかったんです」

結局3年半Webデザインの仕事をしてWebについて学びながら、醤油に関する知識も深めていきました。

「醤油ソムリエール」として独立

2009年秋に仕事を辞めて小豆島に戻った黒島さん。この頃には「醤油ソムリエール」としての仕事の依頼が既に来るようになっており、独立の不安はなかったと話します。

「私が醤油について発信し始めてから、ありがたいことに面白がってくれる人たちがたくさんいて。『いつ帰ってくるんだ?』って待ってくれている人もいました」

最初に担当したのは、醤油会席を提供している小豆島の旅館からの仕事。食品関係全般の企画を担い、メニュー開発のアイデア出しやDMの制作までを行いました。また、ちょうどオープンを控えていた醤油とオリーブオイルの専門店では、お店に置く商品のセレクトから販売スタッフへのレクチャー、ホームページやPOPの制作なども請け負ったといいます。

さらに、小豆島以外にも、香川県から醤油に関する情報発信やデザインの仕事が来たり、これまで仕事に困ったことはないとか。

「醤油本」の出版がもたらしたもの

醤油を伝える仕事をするようになって10年が過ぎた頃、それまで「小豆島の醤油を伝えること」をミッションに活動してきた黒島さんでしたが、そこから全国の醤油を伝えるべく活動の幅が広がります。

「地元以外でも醤油の仕事をさせてもらうようになってくると、小豆島の醤油だけを知っていてもダメなんですね。全国の人の味覚や地域性は様々なので」

それまでも少しずつ行っていた全国の醤油蔵巡りに本腰を入れ、さらなる醤油マスターへの道へ。2015年にはもう一人の醤油ソムリエと共著で「醤油本」(玄光社)を出版しました。

この本には、醤油の歴史、種類、造り方をはじめ、醤油蔵の紹介、レシピ、豆知識など、まるごと一冊醤油に関するいろはがぎっしり詰まっています。

「出版のキッカケは、知られていない醤油の世界を一般の人向けに伝えるというものでした。ただ、業界内では様々解釈もあったりするので、本で言い切ってしまうのは蔵元から抗議が来ないかドキドキしていたんです。でもいざ出版してみると、意外と醤油関係者からの反応が大きくて。自分たちも知らない醤油のことがまとまっているって、新入社員の研修に使ってくれている蔵も多いと聞きます」

醤油本の出版を通して、ようやく蔵人にも認められたと黒島さんは胸をなで下ろします。

ますます醤油にフォーカスした人生に

ところで、実は日本一のオリーブ産地でもある小豆島。黒島さんは「オリーブオイルソムリエール」の資格も持っており、オリーブオイルに関する仕事もしています。さらには、小豆島自体の魅力を発信する役割も。黒島さんにとって小豆島とはどんな場所なのでしょうか?

「小豆島って、海のもの、山のもの、油もの、調味料まで何でも揃う場所なんです。今私たちが働けているのは、過去の人たちが残してくれた遺産があるから。未来の子どもたちが、100年後も小豆島で面白い仕事をできている状況を作れているのが私の理想です」

地元の産業に光を当て、醤油という分野を極め続けている黒島さん。実は近々結婚されて拠点を愛知県へ移すそう。なんとお相手は醤油の原料でもある麹を造る麹屋さん。ここでも醤油によって、黒島さんの新たな人生の幕開けがスタートするのです!

「これからも小豆島へはちょくちょく帰って醤油ソムリエールの仕事は続けますし、住む場所が変わってもできる醤油の仕事を確立していきたいと考えています。おそらく今よりも醤油にフォーカスすることになるかと思っています」

自身の生涯のミッションを探すところから始まり、「醤油ソムリエール」として活躍する土壌を築いてきた黒島さんの人生は、地元には仕事がないと悲観している人や、自分が何を仕事にしていいかわからないと悩んでいる人などに、大いに参考になるのではないでしょうか。

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