「事業承継」より「想継」を。石川県七尾市が打ち出す新ローカルキャリア「想継人」とは?
山中 康司
2018/08/13 (月) - 08:00

地域でビジネスに関わる「ローカルキャリア」を歩む人が増えています。

そんななか、起業でも転職でもない第三のローカルキャリアとして脚光を浴び始めているのが、既存の事業を引き継ぐ「事業承継」。全国で中小企業経営者が高齢化し、後継者不足が深刻になる中で、経済産業省が事業を継ぐ移住者に補助金を支給する方針を打ち出すなど、事業承継へのサポートが広がっているのです。

事業承継へのサポートを行う自治体のなかでも、ユニークな取り組みをしているのが石川県七尾市。2015年?25年の10年間で1,100以上の会社が廃業するとの予測がある七尾市では、事業承継が喫緊の課題となっています。

そんな七尾市が打ち出しているは、”想継”という独自の路線。一体どういうことなのでしょう?

今回は、七尾市が取り組む“想継”について探るために、七尾市の3つの事業者のもとを訪れました。

大切なのは技術よりも“感動を伝える物づくり”への想い

田園が広がるのどかな風景の中を、七尾市駅から車で15分。「Amaike」の文字が書かれた建物が見えてきました。

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天池合繊株式会社は、世界から注目される合繊メーカー。同社が開発した生地「天女の羽衣」は、重さが1m2当たり10gと、「世界一軽い」といわれる生地で、世界的ブランドがコレクションに採用し、パリオペラ座の衣装の素材として重宝されるなど、国内外から絶大な評価を集めています。

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「どうぞ、触ってみてください」とすすめるのは、天池合繊の社長、天池源受さん。天女の羽衣に触れてみると、その軽さに驚かされます。下から掌を添えただけでフワッと舞い上がるよう。そして生地はなびくたびに、光を受けて艶やかに表情を変えます。その様子は、まさに「天女の羽衣」という名前のとおり。「触るとみなさん、そんなふうに驚かれるんですよ」と、天池さんは嬉しそうに目を細めます。

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天池合繊の強みは、その技術力にあります。髪の毛の1/5~1/6程の細い糸を織りあげて、世界最軽量の極薄素材を生み出せるのは、世界でも天池合繊を置いて他にありません。

しかしそんな世界でもオンリーワンの会社でも、今、承継を課題にしていると言います。ただしそれは事業の承継ではなく、“想い”の承継です。

「うちの会社の理念が、『お客様に感謝し感動を伝える物づくりをすること』なんです。この想いを伝えていきたい。例えば、世界的デザイナーが、『今回のコレクションは、Super Organza(天女の羽衣の海外での通名)に助けられた』と言ってくれたらしいんです。そうやって、相手の心を動かす物づくりをすることをなによりも大事にしてきたんですね。技術はそのための手段でしかないんです」

現在は人材の獲得が難しく、海外から職人を雇うことも視野に入れているという天池さん。そのこともあり、技術だけでなく“想い”をどう社内で共有していくかが非常に大切になってきます。だからこそ、その“想い”に共感し、社内でその“想い”を浸透させていけくマネジメントができる人が仲間になってくれたら……天池さんはそう考えているようです。

島の文化を伝えたい。必要なのは女性の視点

次に訪れたのは、七尾湾に浮かぶ能登島の真ん中、向田地区にある「島宿 せがわ」。1日4組限定のアットホームな雰囲気と、天然のいけすと言われる七尾湾の地魚料理が評判を呼び、毎年多くのリピーターが訪れる宿です。

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「最近では海外からのお客さんも増えてきましたね」と話すのは、二代目をつとめる瀬川 広倫さん。「自転車でたまたま見かけて、訪ねてくるんですよ。スタッフは英語が話せないんですが、それでもなんとかなります(笑)」と笑顔で語ります。

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島の宿の中には、海外のお客さんをお断りしたり、情報発信に消極的な宿もある中で、海外のお客さんも快く受け入れ、Facebookでの情報発信も行うなど、瀬川さんは新しい取り組みにも積極的。その背景にあるのは、島の観光産業への危機感です。

「うちは30年前にオープンしたんですが、30年間で島の宿はどんどん減っていくのを目の当たりにしてきました。現在営業中の宿は30軒なんですが、ほとんどが跡取りがいないから、10年後には20件は廃業するんじゃないかな」

宿が減ってしまうのは、お客さんが減っているからでしょうか。

「いや、サッカーの合宿に来る学生とか、島のことが好きになってリピーターになってくれる方とか、お客さんはいるんですよ。でも受け入れる側の宿がどんどんなくなっていく。そうすると、『能登島は泊まるところがないから』と、結果的にお客さんが離れてしまうでしょ。この島が好きなお客さんはいるのに、受け入れられないというのは、やっぱりもどかしいですよね」

瀬川さんは今年、日本三大火祭りのひとつにも数えられる向田の火祭の責任者を務めるなど、島への“想い”は人一倍。だからこそ、どうしたらお客さんがこの島に訪れてくれるのか苦心しているようです。

「島にずっといた人間だと、都会の若いお客さんがどうしたら喜んでくれるのかわからないんですよ。その点、最近島に移住してきた若者は、『そんな発想があったか』というアイデアを出してくる。特にありがたいのは女性の視点です。女性の視点で、冬にお客さんがもっとくるようなアイデアを出してくれるとか。うちの島宿にも、そういうことを柔軟に考えられる人が仲間になってくれたらすごく嬉しいです」

たとえば都会で培ったスキルを活かして、島宿の女将さんになるというキャリアもおもしろそう。「ここに1年いたら魚をさばいたり、宿をやる上での技術は自然と身につく」とのことなので、島の文化や自然を伝えたいという“想い”に共感する方であれば、観光業は未経験でも大丈夫なようです。

その人らしく、笑顔でいれる場を絶やさないために

最後に訪れたのは、障がい福祉サービス事業所ゆうの丘。雇用契約を結んで働くことが困難な障がいを持つ利用者が、軽作業などの就労訓練を行うことでができる「就労継続支援B型」の事業所です。

ゆうの丘では、廃校になった高校の校舎で、クッキーとフィナンシェの注文販売や、おしぼり型レインコート「POKECO」の製造、ボリュームが自慢の「ほっこりしいたけ」の栽培など、利用者がさまざまな仕事に取り組んでいます。

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「障がいのあるなしは関係ないんですよ。みんな同じ人間でしょ。どの人も、その人らしく、笑顔でいれることが一番大事なんです」と語るのは、ゆうの丘を立ち上げた本田雄志さん。

実はもともと郵便局で勤めていた本田さんですが、定年を2年後に控えたあるとき、知人が精神病で自ら命を絶ってしまいます。

「本当にショックで、仕事が手につかなくなってね。『自分は無力だな』って気づいて、何かできないだろうかと、メンタルヘルスのボランティア講習を受け始めました。それで、実習で精神センターへ行って、精神障がいを持つ方に出会った時に、『あぁ、本当に純粋な人たちだな』と。『僕の人生を賭けて、この人たちのために何かをしたいな』という思いが強くなってね。思い切って郵便局を辞めて、福祉の世界に飛び込んだんです」

障がいがある方でも、すばらしい個性を持っていることをたくさんの人に知って欲しい--。そう語る本田さんの優しい目の奥に、揺るぎない信念を感じます。

そんな“想い”があるだけに、「ゆうの丘の事業は、本田さんだからできるんでしょ」と言われることには、忸怩たる想いがあるよう。

「最初は地域から嫌な目で見られることもありましたけど、いまでは小学生と一緒にしいたけの収穫をしたり、『ゆうの丘さん、たのむね』って行事の時に声をかけていただいたり、地域のみなさんに受け入れられるようになったんです。利用者のみんなも、ここで過ごすうちにどんどん笑顔になってきてね。そんなゆうの丘が、僕がいないとなくなってしまうのは悲しい。みんなの笑顔を絶やさないためにも、僕と同じように、“障がいがある人も、すばらしい個性があるんだよ”と信じている方が仲間になってくれたら、と思いますね」

祭りのように、事業の想いを継いでいく“想継人”

天池合繊、島宿せがわ、ゆうの丘。それぞれ事例から見えてきたのは、事業者さんの“想い”でした。

事業承継をするときに、ビジネスモデルや技術の前に、そうした“想い”を継ぐということが本質的なのではないか--。そんな考えから、七尾市は想いを継ぐ事業承継の形、“想継”を打ち出しています。

七尾市でのビジネスを支援する「ローカルベンチャーアテンダント」を務める友田景さんは、“想継”を祭りに例えて説明してくれました。

「七尾市ではユネスコ無形文化遺産に登録されている青柏祭など、何百年も前から祭りの文化が引き継がれてきました。祭りを継ぐことは、ノウハウだけでなく先人たちの“想い”を継いでいくこと。そういう意味では事業承継も同じで、事業やノウハウを継ぐよりもまず“想い”を継ぐことを大事にしたいと思っています」

そして、“想い”を継ぐからこそ、“想継人”は地域から応援される存在になれると、まちづくり会社である株式会社御祓川の森山明能さんは続けます。

「地域での起業に比べて、事業承継はハードルが高いと思われがちですが、そんなことはない。その会社がそれまで培ってきたリソースを活用して自分が取り組みたいビジネスに取り組めますし、地域のみんながその会社の“想い”に共感しているから、その“想い”を継ぐ“想継人”は、地域から応援される存在になれるんですよ」

七尾市での“想継人”への応援は、仕組みとしてあらわれています。事業承継へのサポート体制としては全国的にも類を見ない、経済団体や金融機関、士業、行政などの23機関が連携して“想継人”を支援する「事業承継オーケストラ」が2018年に発足。さらに、UIターン者だけが集まり、普段言えないようなことまでざっくばらんに語り合う「イジュトーーク」が定期的に開催されるなど、“想継人”を孤立させないための取り組みも。

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友田さんが言うように、七尾市は何百年も祭りを引き継いで来た土地。祭りへの“想い”と同じように、事業への“想い”という火種も絶やさないように、みんなで支えていこうという姿勢が、全国的にもユニークな事業承継支援の仕組みにつながっているのかもしれません。

起業でも転職でもない、“想継人”というローカルキャリア。「都会でビジネスの経験は積んで来たけれど、もっと仕事への“想い”をベースに、胸が熱くなるような仕事をしたい」と思っている方は、まずは七尾市のみなさんの“想い”に触れてみると、新しいキャリアの選択肢が開けてくるかも知れません。

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