地方と都市をつなぐ農業体験の可能性/地域活性機構リレーコラム
山岡 義卓
2019/08/23 (金) - 08:00

都市と地方(農村)の交流の手法として広く取り組まれている活動のひとつに農業体験やグリーンツーリズム注1)があります。すでに全国でさまざまな実践がなされていますが、農業体験は生活の根幹である食に関わる営みゆえ普遍的で、どのような時代や状況においても有効な取り組みですから、その可能性を探っていくことは意義があると考えます。今回は、食料の生産と消費の視点から、都市と地方をつなぐ回路のひとつとして、農業体験の可能性について考えたいと思います。

食料の生産と消費における地方と都市の関係

2019年8月に農林水産省が公表した2017年度の「都道府県別食料自給率(カロリーベース)」調査注2)によれば、トップは北海道の206%、2位は秋田の188%、3位以下は、山形、青森、新潟と続きます。これに対して、最下位は東京、大阪の1%で、これに続くのは神奈川の2%です。
都市と地方の関係はさまざまな観点で捉えられ、例えば経済的な指標で見た時にはあたかも都市が地方を支えているようなイメージで語られがちですが、これらの数字からは少なくとも食料の生産と消費の関係においては、地方が食料を生産し、都市がそれを消費しているという構図が見て取れます。いわば、都市生活者の食の営みは地方に支えられているということです。
このような事実から、都市と比較したときの地方の特徴のひとつは食料を生産していることであり、食が誰にとっても不可欠な営みである以上、そのこと(食料を生産していること)は地方の重要な資源のひとつに違いありません。

(資料:農林水産省「都道府県別食料自給率」調査を基に筆者作成)

農林漁業体験に対する都市生活者のニーズ

他方で都市生活者の食料生産への関心は高く、例えば、子どもと同居する親を対象とした調査(「平成25年度食育活動の全国展開委託事業報告書」博報堂・2014年)では、「都市的・都会的な地域」に居住する人の6割以上が「子どもを農林漁業体験に参加させたい」と回答しています。また、20~69 歳の男女を対象とした別の調査(「平成29年度食育活動の全国展開委託事業報告書」中央調査社・2018年)では、全体の81.6%が農林漁業体験に参加したい(「ぜひ参加したいと思う」と「内容によっては参加したいと思う」の合計)と回答しています。この数値は東京・近畿圏居住者に限定してもほぼ同じ値です。一方、農林漁業体験に参加したことのある人は東京・近畿圏居住者で33.4%であり、参加したいと思いながらも参加していない人が多くいることもうかがえます。また、参加目的としては、「おいしいものを食べたい」「自然を満喫したい」「食に対する理解を深めたい」「農林漁業に対する理解を深めたい」などが挙げられており、幅広くさまざまであることも示されています。

(資料:中央調査社「平成29年度食育活動の全国展開委託事業報告書」より)

このほかにも都市生活者の農林漁業体験に対するニーズを示す報告は多数あり、目的は何であれ、都市生活者は農業をはじめとした食料生産の営みに関心を有していることは確かです。このようなニーズがあり、それを提供できるリソースを地方が有しているのであれば、都市と地方をつなぐ仕組みとして、積極的に農業体験を推進していくことは有用であると考えられます。

農業体験の意義

ところで、では、農業体験にはどのような意義や効果があるのでしょうか。農業体験には、さまざまなプラスの影響があることがこれまで多くの研究等により報告されています。レクリエーションや余暇活動的な側面がある一方で、自然と触れ合うことや農作業を伴うこと、食に関わる活動であること等から教育的な要素を多く含んでおり、食育、環境教育、キャリア教育、教養教育、消費者教育等の幅広い分野の報告があります。
ここでは筆者の調査研究注4)に基づき、冒頭に述べた食料の生産と消費の観点から、農業体験の意義を考えてみたいと思います。

<消費者への影響>
みかん農家における農業体験プログラムの参加者を対象としたアンケート調査では、プログラムへの参加により「農産物の生産には多大な手間がかかっている」、「農産物が私たちの手に届くまでには多くの過程を経ている」等の知識を獲得し、「産地を見て購入する」、「なるべく地元産のものを購入する」、「なるべく旬のものを購入する」等の消費行動の変化がもたらされることが確認されています。自由記述では「これまでスーパーに買い物に行っても農産物は商品の一つという意識しかありませんでしたが、今回参加したことにより、生産者の出荷に至るまでの苦労や手間などを感じながら見るようになった。今までは国産か中国産かという位の産地のとらえ方でしたがもっと産地(地元産)にもこだわりたいと思いました。」等具体的な変化も報告されています。また、これらの変化には、「農作業を体験したこと」、「季節ごとに複数回作業したこと」、「農家のお話を聞いたこと」といったことの影響が大きいことも示されています。単に体験をするだけでなく、季節ごとの作業を行うことや、生産者と直接交流する機会があることでこれらの効果が高められます。

みかん農家における農業体験プログラム

<生産者への影響>
農業体験を実施している農家へのインタビュー調査では、農業体験を実施するメリットとして、「お客さんと接することがモチベーションの向上につながる」、「生産活動にお客さんの声を取り入れることができる」、「理解してファンになってくれるお客さんが増える」等が挙げられています。
この結果から、農業体験を通じた消費者との交流が生産意欲の向上につながることや、生産方法の見直しがなされ、結果的に品質向上につながっていくことが期待されます。具体的な変化としては、「牛舎内の環境がよくなり、乳質もよくなった」(酪農家)ことや「それまでは、顔の見えない人に販売していたのが、顔の見えるお客さんに販売するようになった」(果樹農家)こと等が挙げられます。

お茶農家における農業体験プログラム

生産と消費を通じて支え合う関係へ

以上のように、農業体験は、消費者の食料生産に対する理解を進めるとともに産地を意識する等の消費行動の変容をもたらし、かつ、生産者には生産意欲の向上等が期待され、生産と消費、地方と都市をつなぐに止まらず、双方に対してその関係をより強固にするような変化が期待できる営みだと言えます。
しかし、生産者が農業体験を行うことの難しさも指摘されています。特に、運営のための人手と集客に困難を感じており、農業体験を実施している農家は、これらの課題を解消するために何らかの形でボランティア等の協力を得ています。農家単独で農業体験を継続的に実施していくことには、限界があることがうかがえる一方、運営や集客面でサポートが得られれば実現のハードルは低くなると考えらます。
農業体験は生産と消費の営みを通じて都市と地方が互いに支え合う関係づくりに貢献できると期待され、地域活性化の観点からも、農業体験を積極的に推進していくことは意義があると考えます。

注1)グリーンツーリズムは「農山漁村地域において自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型の余暇活動」(農林水産省)と定義されており、我が国では1990年代以降、政策に導入され、さまざまな事業を通じて推奨・実施されている。
注2)農林水産省,令和元年8月6日付プレスリリース「平成30年度食料自給率・食料自給力指標について」(参考3)都道府県別食料自給率より
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/attach/pdf/zikyu_10-7.pdf
注3)注2記載のデータに基づき作成。数値はいずれも2017年度概算値、食料自給率はカロリーベースの値を参照。小数点以下の数値は示されていないため、京都、愛知および大阪、東京は同順位として表示した。
注4)山岡義卓、都市近郊の農家が実施する農業体験プログラムの消費者教育としての可能性-消費者および生産者双方の視点から-、消費者教育、(37),197-209(2017)

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