地方創生の主役は、地域でなければならない
静岡銀行 常務執行役員 地方創生担当 大橋弘さん
鳥羽山 康一郎
2018/05/04 (金) - 08:00

「地方銀行の枠を超えている」「いや、地方銀行だからできること」──さまざまな反響を巻き起こしている銀行がある。それが、静岡銀行だ。「地方創生」を政府が推進し始めたのとほぼ同時に、地方創生部が立ち上がった。その先頭に立っている人物が、地方創生担当の大橋弘氏だ。常務執行役員でもある。静岡県にさらなる活力を生み出すため、自治体・産業界・大学・報道機関などとの連携に取り組む。地方銀行でなければなし得ない、全方位・全地域に密着した施策をご紹介しよう。

故郷の地盤沈下を目の当たりにして

当サイト「Global Mission Times」に掲載されている「第1回地方創生EXPOレポート(https://www.glocaltimes.jp/column/2836)」にて、専門セミナーを行った静岡銀行の大橋弘氏。地方創生部が発足し、県内企業や自治体と協働してさまざまなプロジェクトを成功させてきた。全国から注目を集め、セミナー終了後は名刺交換の長い列ができた。一地方銀行(とはいえ静岡銀行は『三大地銀』とも呼ばれている)が、ここまでアクティブに地方創生に取り組んでいるケースはあまり聞かない。

「そうですね、3年前(2015年)に立ち上げたとき、知っている限りでは山形銀行さんが先行して始めていたくらいですね」

静岡市清水区にある同行本部で、大橋氏は語る。静岡県沼津市生まれ。沼津支店の支店長も務めた。赴任のため故郷の町に戻ったとき、何ともいえない気分に襲われた。

「駅前にあったいくつもの百貨店や大型店がすべて無くなってるんですよ。沼津駅の通路も40年前と同じ。大企業の生産拠点がここ何年かのうちに県外へ流出しましたし。このまま行くと大変なことになる、と強く実感したんです」

目の前に広がる地盤沈下に、危機感が深まる。その前に赴任していた富士市の支店でも、地元の製紙工場が大手に飲み込まれていくのを目撃していた。そして2015年、本部への異動とともに「地方創生部」設立の命が下った。本部の経営陣も、同様の危機感を抱いていたのだ。こうして、大橋氏は同行初めての地方創生部所管となった。その同じ頃、国でも地方創生政策がスタートしている。

サムネイル

地域密着の存在だからできることは無数

「部が発足して、地方創生の勉強をすればするほど行政と同じ目線でやらないとダメだということがわかってきました」

静岡銀行は、課題解決型の営業方針を貫いている。地域に密着し、地域企業の再生も行ってきた。2005年以降200社以上を再生し、1万9千人の雇用を守ってきた実績を持つ。また、創業や起業のサポートも支援する。しかし少子化による急激な人口減は、地方の市町が立ち行かなくなる未来を示す。

「その現状も合わせて、今までそれぞれの部で縦割りしていたものを横串で刺し、地方創生部が地域の窓口になっていくという形に変えました」

部を構成するスタッフは、営業部で地域に密着して動いていた行員の中から何人かピックアップされた。また、地方自治体や行政機関に出向経験のある人間も集められた。

「もともとの体質が地域密着型ですから、人材的にはどの人間も向いていると思っています」

県内産業のジャンルを多岐にわたって網羅している地方銀行である。志を持ったスタッフたちが本気で取り組むと、どのような結果を生み出すか。地方創生部のスタートは3年前だが、それ以前の何十年をもかけて助走を続けてきたといってもよいだろう。

サムネイル

地方創生でやるべからずの2つのこと

ところで、地方創生のかけ声がかかるずいぶん前から、各道府県のアンテナショップが東京の銀座や有楽町に出店されてきた。それぞれの名物が並んでいたりするので、知名度アップのほかある程度の収益を上げているのだろうと、漠然と思ってきた。しかし大橋氏は、「地方創生でやってはいけないことのひとつ」と斬る。

「地域産品の振興となると、まずは銀座のアンテナショップ。でも、採算が取れているところがどれだけあるのか。何の成果もないまま頓挫しているところが多いようです」

ちなみに静岡県としてはアンテナショップは出していないそうだが、市町レベルでそのような相談をされた場合は、止めるよう説得するという。そして、「やってはいけない」もうひとつは、駅前に「○○銀座」をつくること。高度成長期、全国の町が駅前にプチ銀座商店街をつくった。しかし、交通の利便性が進み誰もが気軽に東京を訪れることができるようになると、かえって東京の価値を上げる結果となった。東京の本物感が増し、「○○銀座」のイミテーション感が強まる。かくして町の個性や魅力を失ったまま衰退していっているのが現状だ。
大橋氏たちは、これらとはまったく違う方法論で地方創生と向き合っている。

サムネイル

地方創生部が張り巡らしているネットワーク

もともと地方創生とは、少子高齢化を何とか是正して地方の人口減を食い止めるのが目的のひとつだ。だがそれにはこれから何世代分もの時間がかかる。大橋氏たちは比較的即効性のある分野にチカラを入れることを決めた。
「観光と農業です。まず、静岡県にはさまざまな観光資源があります。2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは自転車競技が伊豆市で開かれます。地方の生産性を上げることは地方創生の指標のひとつですが、製造業に比べると観光業などのサービス業はまだまだ低い。これを雇用のチャンスと捉え、生産性をもっと高めていける分野ではないかと思っています。それから、農業。静岡県が設立した『アグリオープンイノベーション機構』ではAIなどを取り入れて、データ化された生産性の高い農業を目指しています。そして農家が消費者の声を聞ける仕組みや、東京のしっかりしたバイヤーと結び付けるマッチングイベントもやっています」

そのマッチングイベントである「しずぎん@gricom(アグリコム)」は10年以上前から開催されている。本来ならバッティングするJAからも地方創生部へ職員が出向するようになった。JA自身も変わろうとしているのだ。
こういった取り組みや企画の大元は、どこから発生してくるのだろうか。地方創生部で見つけ出すのか、相談されるのか。

「基本的には我々がアンテナを張って、吸い上げています。地方創生部をつくった以上、全国の金融機関でも先頭を走ってやろうという気持ちでやってきました。そうするといろんな情報が入ってくるんですね。もちろん、アプローチもありますし」

目立つ存在であり、先行者であるがゆえのメリットだ。
ちなみに、今までの実績の中で印象に残っているプロジェクトをいくつか挙げてもらった。

  • 三島スカイウォーク
    「日本でいちばん長い吊り橋」として大きく報じられ、注目を集めた。伊豆縦貫自動車道開通に向けて、地域活性化と地域資源ブランディングを図る。自治体は関与せず、地元企業のみの事業だった。
     
  • 伊豆ゲートウェイ函南
    伊豆への入り口・函南町につくられた道の駅。民間主導で進み運営も民間が行うが、要所で行政も協力する県内初の官民共同型だ。休憩や特産品の販売だけではなく、レンタルスペースなどのコミュニティー施設も充実している。「食料品もあるのでBCPに関連した避難場所の性格も持たせられる」と大橋氏。年間利用者は70万人を目標としていたが、100万人を突破したという。
     
  • 「指すだけ会話ナビ」発行
    外国人観光客と簡単なコミュニケーションを取るための印刷物。英語・中国語・韓国語に対応し、例文を指さして会話を図る。例えば飲食店で「ただ今満席です」と伝えたいとき、それに対応した文を指さすだけだ。相手も同じようにいいたいことを指さす。アプリなどに頼らないアナログの強みがある。静岡銀行の発行だが、他の金融機関にも自由に使ってもらっているそうだ。

こういった目に見える成果以外にも、地道なセミナーや会議、協定の締結、工業団地への誘致活動など、地域のコーディネーター役としてさまざまな事柄に関わりを持っている。

サムネイル

「県境のない地図」がもたらした発見と成果

そして、静岡県内のみならず隣接するエリアとの協働も動き出した。その一例が、「県境のない地図」だ。静岡県の中部・富士山静岡空港と東京都の羽田空港までを記載エリアとした観光地図で、正式名称は「富士山美景遊観」という。インバウンド客をメインターゲットとしていて、彼らにとって県境など無関係という割り切りから生まれた。富士・箱根・伊豆はインバウンド客の多くが訪れるゴールデンエリアだ。そこが一体となってアピールすれば魅力は何倍にもなって届く。富士山ビューを一番のキーポイントとして、主要スポットに配されたQRコードから情報ページに飛べるようにしてある。ニューヨークとパリのプリンス系ホテルにも置かれていて、好評だ。

「市町のつくった地図を見るにつけ、自分のエリアは事細かに書いてあるのにそれ以外は真っ白けなんですよ。海外から来た人たちに、そんな地図は役に立ちません。富士・箱根・伊豆というキラーコンテンツを持っているのだから、一帯の観光地図をつくりたいと思い、横浜銀行さんにお声がけしたんです。発表の翌日、静岡県から一緒にやりたいと申し出があって、そこからの横展開はとても早かったですね」

ワーキンググループを複数立ち上げ、いろいろな方向から形づくっていったのだ。それを見て商工会議所や地元企業も手を挙げ、どんどん広がっていった。このスピード感が、地方創生部のひとつの特長だ。

「私はいつも『仕事は速さ・スピード・速度だ』っていってます(笑)。少子高齢化がすごい勢いで進んでますから、ゆったりしてたら間に合いません」

とはいえ、さまざまな成立過程を持つ企業体や自治体の間では、そのスピードに関する捉え方の違いもあるという。それらを調整するのも大切な役割だ。また、しっかりとした自立心と、目先の利益より地元への思いを持っている経営者を大切にし、応援するという姿勢を崩さない。

サムネイル

他の金融機関との提携でファンド設立

金融機関の役割として、地域企業への資金的な援助も重要な位置を占める。地域密着型の営業を行ってきた静岡銀行の本質ともいえるだろう。地方創生部ではこれをさらに進め、地域活性化ファンドをいくつか立ち上げている。そのひとつが13億円の規模を持つ「しずおか観光活性化ファンド」だ。2本柱のひとつである観光活性化の側面支援を受け持つ。

「これはREVIC(地域経済活性化支援機構)さんにも出資していただいています。もともと企業再生支援機構ですから、私たちの支援先が財務的に大変な場合すごくチカラを発揮していただけるんです。再生のプロがハンズオンで入ったりもしています。このファンドには後にスルガ銀行さんや地元の信用金庫さんにも出資していただいています」

通常は競合関係にある金融機関も、手をつないでコトに当たる。そうしなければならない状況であることを、みんな実感している。また、もう一方の柱である農業関連では「しずおか農林漁業成長産業化ファンド」がある。1次産業者と2次・3次産業者とが共同出資し、6次産業化へ事業の投資を行う。静岡県産の農作物をアジアへ輸出することにも注力する。
ファンドは出資のみにとどまらず、経営ノウハウや人的ネットワークの提供など幅広いサポートを展開する。「どこの金融機関からの持ち込み案件でも、平等に扱っています」と大橋氏が語る通り、静岡県内の総力を挙げて産業振興に当たっている。
こうして設立されたファンドやビジネスマッチングによって、上に挙げたようなスケールするプロジェクトが次々に誕生しているのだ。

「ノウハウは全部オープンにしています。うちだけが肩に力を入れてやっててもしょうがない。要は真似してもらいたいということです。民間とも行政とも取引があるのが地域の金融機関。その間に入ってコーディネーター役をやらないと、絶対うまくいきません」

地方創生部には、全国からの視察や問合せが絶えない。焦眉の事態の中、一筋の光明に見えたに違いない。

常に第三者的な眼で見ること

県境のない地図の誕生にあたって重要視したのは「外からの目」だ。大橋氏自身、10年間の海外拠点勤務を経験している。外からの目の大切さを十分に理解しているのだ。たとえば、下田市にあるグランピング施設。前述の観光ファンドの第一号だが、経営者は佐賀県出身だ。伊豆を旅行中に、この場所でグランピングをやればいけるんじゃないかと閃いた。また、荒れた山道を整備してマウンテンバイクで走れるツアーコースをつくった人も、県外出身者だ。これらは、地元で何十年も暮らしているサービス業関係者は気付かない。「地域を変えるのは、よそ者・若者だ」というフレーズが真実であることに異論の余地はない。そして、そういった気付くチカラを養う試みも行われている。

「もう11年前から、Shizugin-ship(シズギンシップ)という次世代経営塾を始めています。県内企業の若手経営者や2代目3代目を集めた勉強会です。今800社、1,200人の会員がいて、年間100プログラムぐらいやっているんですよ。1日おきくらいの頻度で、静岡や浜松で何らかの勉強会を開いています。少人数で、まるで大学のゼミナールみたいに。討論したり意見交換したりで、新しい視座を得られます」

参加者はShizugin-shipを離れてからもつながっていて、次世代経営者の強固なネットワークができあがっているという。他に、伊豆地方の若手経営者のミーティング「ミライズキャンパス」も横のつながりを築きつつある。

サムネイル

地方創生をライフワークに。寺子屋も開きたい

地域観光を経営的視点で捉え、地方創生政策とともに全国から名乗りを上げた、日本版DMO。静岡県内でも、いくつものDMOが立ち上がっている。それらにも静岡銀行ならではのフィルターがある。

「第二の観光協会をつくるのだったら応援しませんと、はっきりいっています。DMOによって温度差がありますから。現在うまくいってるなというところが、静岡市を中心とした5市2町の広域DMOです。ここはチーフマネージャーを公募して、クックパッドの事業部長だった人物に来てもらいました。マーケティング力と実行力を高く評価したんです。地方創生部は、その面接も手伝いました」

「都会から地方へ」と人の流れを変える施策は、静岡県でもチカラを入れている。内閣府の「プロフェッショナル人材戦略拠点」が静岡商工会議所内に開設された。2016年は、静岡県のマッチング成約件数が日本一を記録した。静岡銀行も設備投資を支援し、47カ月連続で融資が増加している。新たに工場を作ったりラインを増やしたりしたときは、東京で経験を積んだプロ人材を紹介されることも多い。人手不足をきたしているホテル・旅館関連、物流、介護などの人材も採用が増加している。

そして県外からの人材転入と同時に、地元における郷土愛を育てる必要も感じている。「しずおかキッズアカデミー」では地域の小学生を対象に、歴史や文化、地域産業を通じたキャリア教育を実施している。地元の大学生によるワークショップや実体験を通じて、郷土の魅力を学ぶ場を提供する。

「最終的にはシビックプライドですよね。自分の生まれ育った土地を誇りに思ってくれる子を増やしていきたいんです。そうそう、私は退職したら『寺子屋』をやりたいんですよ。地元の名物や遊びを一緒に勉強するような」

生まれ育った町の地盤沈下を目の当たりにして、地方創生に情熱を傾けるようになった大橋氏。いつしか、それがライフワークになった。地元の誇りを胸に、静岡県をさらに活気づけてくれる人材が現れるのは遠い将来ではないだろう。

サムネイル

サムネイル

静岡銀行 常務執行役員 地方創生担当

大橋 弘

1957年、静岡県沼津市生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、静岡銀行に入行。富士中央支店、沼津支店などの支店長を歴任。欧州静岡銀行など10年間の海外勤務経験を持つ。2015年、地方創生を担う常務執行役員となる。

株式会社静岡銀行

1943(昭和18)年、静岡三十五銀行と遠州銀行の合併により設立。「地銀の雄」として全国的に知られる。海外にも支店・関連会社を展開。邦銀トップレベルの盤石な財務体質から、トップレベルの信用格付けを有する。本部機能は静岡市清水区。静岡市葵区にある1931(昭和6)建造の本店営業部本館は、国の登録有形文化財に指定されている。

住所
静岡県静岡市葵区呉服町1丁目10番地(本店所在地)
設立
昭和18年3月1日
企業HP
http://www.shizuokabank.co.jp/index.html

Glocal Mission Jobsこの記事に関連する地方求人

同じカテゴリーの記事

同じエリアの記事

気になるエリアの記事を検索