プロジェクトピンチを乗り越えるために必要なものは何? IGNITE vol.3レポート
小林 聖(こばやし あきら)
2018/04/17 (火) - 07:00

長野県富士見町のオフィス&コワーキングスペース・森のオフィスで行われているイベント「IGNITE!」も3月で3回目を迎えました。
「IGNITE!」はいろんな人が業種を超えて集まり、1年間かけてアイディアを形にしていく参加型、コミュニティ型のイベントです。1月から毎月1回ペースで開催されており、最初の4回はゲストトークの期間。さまざまなゲストにお話を聞きながら刺激を受け、その後のアイディア創出や具体化のプロセスを進める準備をするタームというわけです。

3月23日に開催された第3回では、ソニーの下村秀樹さんが登場。ペットロボットのAIBO(現aibo)、二足歩行ロボットのQRIO開発に携わり、現在はビジネスクリエーター室の室長を務める方です。
AIBOなどの開発の経験から、プロジェクトが直面するピンチをどうやって乗り越えるかというテーマでのトークになりました。

プロジェクトは必ずピンチに直面する

プロジェクト、とりわけ新しい試み、チャレンジにはピンチが付きものです。チーム内部の問題もあれば、外部との問題、ときにはプロジェクト自体が失敗や中止、頓挫の危機にさらされることもあります。チャレンジにおけるピンチは、宿命的なものといってもいいでしょう。

下村さんがひとりの社会人として関わってきたプロジェクトでもピンチの場面がありました。今回のゲストトークはそんなケーススタディを紹介してもらう形で進んでいます。

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ソニー株式会社 / 下村秀樹
ソニーでAIBO/QRIOと人工知能の研究開発を15年の長きにわたり担当。その後、新規事業組織のマネジメントへ転身。ソニーの新事業”MESH”やソニーとZMP社のJVでドローン事業を展開する「エアロセンス株式会社」の創設に深くかかわる。現在は,新規事業を興す気概のある事業リーダーを発掘育成する組織「ビジネスクリエーター室」の室長。ソニーグループの新規事業「ソニー・グローバル・エデュケーションズ」やFES Watchのチームなどにビジネスリーダーを送りこんでいる。技術・事業・人材を深く理解しながら,新規事業の創出を狙い続けている。
 

最初のケーススタディはソニー所属前のできごと。当時下村さんはNECで郵便局で使われる郵便区分機と呼ばれる機械を開発するチームの一員でした。

郵便区分機とは、郵便局にあり、郵便物の宛名などを読み取り、エリアなどごとに自動で仕分けする機械。採用されれば全国各地の多くの郵便局に導入される、大きなプロジェクトでした。

しかし、その性能テストでトラブルが起きます。クライアントの前での実際に郵便物の仕分けをするテストでエラーが起こったのです。社内のテストでは85%ほどの精度で住所を読み取っていたにもかかわらず、テストの現場では60%程度しか読み取れていなかったのです。

ピンチを乗り越えさせた経験と自信

現場は大混乱。下村さんの上司もかなり焦った様子だったそうです。ですが、下村さんはこのときそれほど焦りを感じていませんでした。

「実験を何百回も繰り返して見てきた僕からすると、うまくいかないときのパターンもわかっているんです」(下村さん)

このときも仕分けがうまくいっていない郵便物を見て、おおよその原因はすぐに推察できました。何度も見たパターンだったといいます。

ただ、システムを入れ替えて再起動するには時間がかかるため、それをやっていたら時間切れ。ですが、このときたまたま同席したメンバーにバイナリを直接書き換えられる、簡単にいうとシステムをその場で直接修正できるスタッフがいたのです。

その場で修正し、再テストをすると今度は見事に成功。87%程度の精度で区分に成功しました。

デモの重大エラーを未然に防げるか

また、ロボットの開発時も同じようなピンチがありました。4日間のイベントでデモンストレーションを行う機会があり、下村さんはその責任者でした。

デモではロボットがお客さんの名前をその場で覚えるというものもありました。事前に日本人の名前を網羅して入力しておくのは不可能なので、音で記憶するというやり方をとっていたそうで、デモのなかでも難易度の高い内容でした。

初日を終えた段階では特に問題もなく好評だったのですが、2日目の途中で下村さんは異変に気付きます。お客さんの名前を繰り返すときに異音のようなものが混じったのです。

下村さんは直感的にバッファオーバーフローと呼ばれるトラブルが起こっていると気付いたそうです。しかし、ほかのスタッフはこのトラブルに気付いておらず、終了後もそのまま片付けに入っていました。

そこで下村さんは「バッファオーバーフローが起こっている」と指摘したのですが、一部のスタッフは「なんでそう言い切れるんですか?」と聞き返してきました。経験からいって間違いなくバッファオーバーフロー。しかし、異音を聞いたのは下村さんだけ。「その経験で、いまからまた立ち上げてやり直ししなきゃいけないのか」という反発があったそうです。

上司だからといって経験なんてもので残業を強いるのか。そんな反発もあるなか、ひとりのエンジニアだけが「わかりました!」といって即座にテストを始めました。結果、このテスト中にロボットが停止して倒れる事態が起こったのです。

本番で起こらなかったことに安堵しながら修正し、一安心して帰ろうとしたところ、修正対応したエンジニアが「何いってるんですか。テストしなきゃいけないでしょう」と一言。そのとおりで、修正したならテストが必要です。そこでチェックしてみると同じトラブルが。

修正したはずなのになぜ? 2回目のトラブルでは下村さんもかなりうろたえたそうです。結果的に同じエラーがある箇所が別の箇所にもあることがわかり、修正は完了。無事にイベントでのデモも成功しました。

ピンチを救うのは「運」だけなのか?

この2つのケースでピンチを救ったのは何なのでしょうか? たとえば郵便区分機の例ではその場に対応できるエンジニアがいたことが決め手になりました。ある意味では運がよかったといえます。

しかし、同時に下村さんは「運だけではない」と指摘します。

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「うまくいくときってあるんですね。そういうのって、あとから『運がよかったよね』なんて話すんですけど、運で片付けるにはあまりにもその人の考え方や振る舞いが結果に影響している気がするんです」(下村さん)

では、重要だったのは何なのか? 下村さんは第一に「うろたえないこと」といいます。 トラブルに直面すると人間はどうしてもうろたえます。実際、下村さんもロボットのトラブルで、2回目のエラーではうろたえたといっています。それは「理由がわからなかったから」です。

「人間ってわからないことがあるとうろたえるんです」(下村さん)

逆にいうと、うろたえずにすんだ場面はエラーの理由がわかっていた、推測できたから。それはとりもなおさず、それまでにたくさんのテストを行ってきた経験やスキルがあったからです。これが第2のポイント。つまり、プロフェッショナルとしての知識や経験、振る舞いがあるからこそ、うろたえずにすむというわけです。

そして、もうひとつは信頼関係。たとえば、郵便区分機のトラブルのとき、下村さんが原因に気付いても上司からの信頼がなかったら実際に修正をさせてもらえたでしょうか?

「バイナリを直接書き換えるってことは、ひとつ間違えばシステムが全部ダウンする。怖いですよね。それをやらせてくれる信頼関係を得ていたから、ピンチを乗り越えられる」(下村さん)

これは部下からの信頼という形でも重要になります。ロボットのトラブルのケースでは、上司である下村さんの「経験からの判断」を信頼してくれるスタッフがいたことでピンチを乗り越えることができました。日常の業務で築く信頼関係が、ピンチのときに試されるのです。

下村さんは「その上で最後の最後には運もある」と言います。その場に対応できる人がいたことなどはまさに運です。ですが、その運を結果につなげるには、こうした土台がなければならないというわけです。

ケーススタディではそのほかにも、「他人とは違う自分の価値の活用」といったこともキーワードとして語られました。

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ミッションとは「自分を超えた強い目的意識」

そして、最後に語られたのが「ミッション」の話です。

「ミッション」という言葉にはいくつかの意味がありますが、下村さんが腑に落ちたと語るのが「自分を超えた強い目的意識、使命感」という意味です。

「個人的な考えですが、自分が認識している世界と、それを発展させた将来というものを描いたときに、その将来のあるべき姿と課題解決について語るものをミッションと呼ぶんじゃないかと思うんです」(下村さん)

だからこそ、そのあるべき姿というのを現状の認識からどれだけ発展させて遠くまで描けるかというのがひとつのポイントになります。そして、どうやって具体化していくか、その手法のバリエーションをどれだけ持っているのかというのが大きなポイントになると下村さんは指摘しています。

カレーやお酒といっしょに考えるワークショップ

下村さんのゲストトークのあとは「IGNITE!」恒例の“ワイガヤ”タイム。ワイワイガヤガヤしながら参加者同士で話し合ったり、手を動かしたりする時間です。

“ワイガヤ”は「IGNITE!」の重要な要素のひとつで、イベントも食事しながらの構成になっていたり、お酒が用意されていたりもするんですよ。

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そんな雰囲気のなか行われたのは、チームづくりの一環ともいえるワークショップ。今回は参加者それぞれが、プロジェクトを進める際に自分にとってエネルギーになるもの、「行動食」となるようなものを書き出し、最後にチームとしての「行動食」を考えていくという内容でした。

出された「行動食」を見ると多かったのはやはり「評価」や「仲間」といった内容。ピンチを乗り越えるためには、やはりいろんな形で他者の存在が重要になるといえるでしょう。

また、「好奇心」や「共感」といった内容も目立ちました。特に好奇心の場合は逆に自分の内側にあるもの。チームづくりにおいては、他者と自分の内面、その両方が必要になってくるというのが、このワークで明示された印象です。

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今回改めて洗い出された自分の「行動食」は、今後の「IGNITE!」でプロジェクトを進めていくときにも役に立つもの。土台づくり期間らしい内容のワークショップでした。

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一方で「IGNITE!」は予想よりも早い段階で前に進んでもいます。森のオフィスの運営代表であり、Route Design合同会社 代表の津田賀央さんは「目的意識や課題をもともと持っている参加者が予想以上に多い」と3回目の開催を振り返って語ります。

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スケジュール的には準備段階の期間ですが、参加者同士の交流や活発なワークの様子を見ていると、もう実際のプロジェクトづくりに取り組んでもよさそうな熱気を感じます。地方発の1年間のワークショップからどんな面白いことが生まれるのか。会場にはそんなワクワク感が詰まっているように見えました。

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