鳥取という地方でこそ子育てママを応援したい女性経営者の心意気
渡部 幸
2017/06/26 (月) - 08:00

鳥取県倉吉市で保険事業や心理系コミュニケーションのセミナー事業などの会社を経営する赤坂葉子さん。今は成人した3人のお子さんの子育てをしながら起業。様々な困難も乗り越え、事業に奮闘し、会社や自分自身のビジネスの幅を成長させてきました。今回は、「鳥取という地方でこそ自分の役割がある」と語る赤坂さんの仕事や鳥取への思いについて伺いました。

自分に自信がなかった20代

最初は鳥取から出て東京に就職し、OLとして事務職をしていました。それも、父に厳しく田舎に閉じ込められて育てられたため、何をやっていいのかわからず、音大に行きたかった希望も反対されてとりあえず就職したためです。その後鳥取に戻り、父の会社で経理の仕事をしながら結婚。3人の子どもに恵まれましたが、離婚する道を選択しました。子どもたちが5才、3才、1才のときです。

しばらくは経理の仕事を続けていましたが、自分の才能を認めてくれるビジネスパートナーと出会って、そのすすめで携帯電話販売の仕事に携わるようになりました。その人は、私の営業の才能をなぜか見出してくれて、すごく認めてくれました。それまでは、自分に自信がなく、何もできないと思っていましたが、初めて「私には物が売れるんだ」と自分の能力を信じられるようになったのです。

ビジネスと子育てに無我夢中

最初は手伝っているだけの仕事でしたが、次第に軌道に乗り出し、どんどん店も増やし、本格的にパートナーと組んで事業を経営するようになりました。その当時は本当にしっちゃかめっちゃかでした。

最初に会社を作ったのは21年前で下の子がまだ3歳の時。店の外にダンボールを敷いて遊ばせていたこともありました。3人の子どもを育てなければという責任やプレッシャーもありましたが、あまり大変とは思わなかった。無我夢中でしたが、仕事の成果が出てやりがいを感じていたことと、子育ての楽しさとの両方がありました。私はあまり人と比べないほうなのかもしれません。母子家庭だから、とは当時から思いませんでした。配偶者がいない選択は自分が決めたこと、と思っているので、うちの家族には、何かが欠けた感覚があまりないのです。私達家族で満たされている感がありました。

最も困難だった時期

一番大変だった時期は、十数年前です。私を認めてくれて一緒に事業を行っていたビジネスパートナーだったのですが、残念ながら経営をするには相応しくない人でした。会社のお金や従業員とのトラブルも多く、正直会社が倒産しかかる事態になってしまいました。寂しくもあり、厳しい選択でしたが、子どもたちや、会社や、従業員、自分自身を守ることにかけようと、その人とのビジネスの関係を切り離しました。借入金の額から当時の税理士にも後で「立て直しは無理だと思っていた」と言われましたが、なりふり構わず乗り切りました。とにかく当時、私は鬼になっていたと思います。

その後、携帯電話の事業より、人の人生に関わる保険の仕事のほうがやりがいがある、と思い、携帯事業は手放し、保険の事業が会社の中心となりました。保険の仕事は、家族が亡くなった人や、ガンなどの病気にかかった人のお金の面をサポートできますが、そういった人たちの気持ちの面も助けたいと思い、NLP(神経言語プログラミング:実践心理学の一種)を学ぶようになったのです。

鳥取から大阪、名古屋、他の都市への広がり

NLPという心理学を学び、スキルを仕事に使うようになって、これが病気の人の気持ちを助けるだけでなく、元気な人たちの自己啓発にも役立つのだ、ということに気づきました。そして、地元の女性のためにセミナーを行う、カウンセリングを行う、というビジネスを開始しましたが、この仕事は、鳥取だけではなく、神戸、大阪や名古屋などの他の都市にも広がっていきました。

なぜ広がったかと言うと、3人の子どもたちを通してなのです。子どもたちがそれぞれ他の地域の大学に行くようになり、そこから大学でコミュニケーションのセミナーを行って欲しいという依頼を受けるようになりました。高卒で大学に憧れを抱いていた私が、大学で教えることになったのです。関西は鳥取よりも自主的に学びたい、という意欲の高い人も多く、女性向けのセミナーや保険の仕事も増え、人の縁がつながっていきました。私は飽きっぽいところがあるので、鳥取だけでなく、いろんな場所で仕事を広げていけることが楽しいと感じています。

鳥取という地方でビジネスを行う意味

でも、東京や関西にすべての仕事を移すという気は全くありません。鳥取という地方でこそ、私が仕事をやる意味があると思っています。鳥取は、地方の中でも首都圏など大都市からとても遠く離れている土地で、自主的に学ぶようなチャンスがあまりない地域です。私はその土地の仕入れ係で、いろんな学びやスキルを持って帰る役割だと考えているのです。鳥取、しかも私が住んでいる倉吉には情報がなさすぎるので、そこに自分がいて、自分にしかできない役割があることに喜びを感じています。鳥取での仕事と、他の地域での仕事、いろんな仕事があることが楽しいのです。

女性の仕事への思い

また、私は、今までも行っていましたが、今後も、女性、それも子育てをしているママを応援していきたいと思っています。自分が子育てをしているときは、本当に楽しくて、自分の人生の中で一番楽しいことだったと言ってもいいぐらいなのですが、世の中には、自分には何もできない、自信がない、と悩んでいる人、子育てで自分の人生はもうそれ以上はない、と思い込んでいる人が大勢います。そんな人に自分の才能や可能性を見つけて欲しいのです。

特に、私は「自分自身の仕事を頑張る」や「起業する」ということは、素晴らしいことだと考えています。私にとって「自身の仕事を頑張る」とは、自分の才能が見つかること、自分の人生はもったいなくない、もっと可能性があることに気づくことです。もちろん、家庭の中や子育てでも見つかるものはあると思いますが、「ビジネスをする」と、もっと本当の才能を見つけることができると思うのです。「起業したり、自分の仕事をするって楽しいよ!」ということをみんなに知って欲しいと思っています。そのためにも、セミナーやコーチングセッション、著作などを通してサポートを続けていきたいと思います。

地震の復興にも役立ちたい

私の住んでいる倉吉市は、昨年の鳥取県中部地震で震度6弱の被害にあいました。非常に大きな被害で、今もまだまだ元通りにはなっていません。私自身の自宅も地震の影響を受けています。でも、先ほども言ったように、私は鳥取から他に移る気は全くありません。むしろ、こんなときだからこそ、みんなを元気にするセミナーは必要だし、みんなに生き生きと人生を進んでいって欲しい。可能性をあきらめないで、学びを活かして欲しい。そのために私はここにいるんだ、と思っています。

また、これからは「育てていく」ということもひとつのキーポイントです。今まで私が手掛けてきたビジネスを手放すのではなく、育てて後継の人に渡し、会社をさらに成長させていって欲しい。私は新しいことに取り組むのが好きです。鳥取のために、子育てママのために、これからも楽しく仕事を広げていきたいと思っています。

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メイプル有限会社 代表取締役
(アフラック代理店)保険コンサルティング

赤坂 葉子

経理業務を13年経験後、1998年メイプル有限会社を設立。 携帯電話ショップ4店舗を2008年まで経営。 2004年アフラック代理店に登録。保険業務をはじめる。 2010年NLP心理学を学び、コミュニケーション、人材育成等のセミナー業を開始。 現在、ココロとお金と保険の専門家として、保険業務はもちろん、セミナー・プライベートセッション・講演業務など幅広く活動中

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