都会と地方のギャップなんてない。佐賀へのUターンで感じた真実
株式会社戸上電機製作所 藤﨑 晋太郎さん
GLOCAL MISSION Times 編集部
2019/10/21 (月) - 08:00

今、移住希望者のあいだで「佐賀県」が密かな人気を集めていることをご存じだろうか。福岡県と長崎県に挟まれ、かつては地味な印象しかなかった佐賀県だが、最近その「暮らしやすさ」が改めて注目されているのだ。シンクタンクが調査した「都道府県幸福度ランキング」ではなんと九州で1位。佐賀県が開設する「さが移住サポートデスク」には毎月1000件を超える問い合わせがあるという。そんな佐賀県に今年の春、神奈川県から移住したのが、藤﨑晋太郎さん。リアルな移住・転職体験談をうかがうために、藤﨑さんの新天地となった「株式会社戸上電機製作所」を訪ねた。

幸福度ランキング九州1位の素顔

佐賀県は九州の北西部に位置する人口約81万人の県である。暮らしやすさの面で再評価されているのはまずアクセスの良さだ。佐賀駅から博多駅まではJRで約40分。県の東端にある新鳥栖駅から新幹線に乗れば、たったの15分で博多駅に到着できる。実際、佐賀から福岡に通勤しているビジネスパーソンもかなり多い。

その一方で、豊かな自然環境に「近い」のも佐賀県の魅力だろう。日本一の干潟を持つ有明海。広大な水田がひろがる佐賀平野。森林や渓谷が美しい脊振山地。さらには、古湯温泉、嬉野温泉、武雄温泉と、温泉も豊富で、休日の楽しみ方も自在だ。
食べ物も、海の幸、山の幸に恵まれ、物価も安い。ちなみに、1日5便の羽田行きが出発する九州佐賀国際空港の駐車場は無料。安価でプレイできるゴルフ場も県内にたくさんあり、「ゴルフ好きにはたまらない環境」との声もある。

また、移住の誘致に力を注ぐ佐賀県は、移住希望者へのサポートも手厚い。「さが移住サポートデスク」や「ポータルサイト サガスマイル」を常設。住まい探しから仕事探しまで相談に乗ってくれるうえ、さまざまな店で割引などの特典がある「移住支援SAGA SMILEカード」「お試し住宅」「レンタカー補助」など、佐賀県独自の移住支援制度も多彩に揃っている。

そんな佐賀県に、藤﨑晋太郎さんが移住したのは、35歳のとき。時代が平成から令和へと変わろうとする春のことだった。

慣れ親しんだ神奈川から、地元・佐賀へ

藤﨑さんの出身は、佐賀県小城市。地元の国立大学を卒業後、神奈川県にある情報通信系のエンジニアリング企業に就職し、ソフトウェアのエンジニアとしてキャリアをスタートさせた。

担当していたのは、IoT製品に搭載される組み込みソフトウェアの開発。クライアント先へ出向することも多く、長くて2年、短ければ数ヶ月単位で、さまざまなプロジェクトと職場を転々としていた。プロジェクトが変われば、開発の手法も、一緒に働くメンバーも変わる。そのたびに新たな勉強と新たな人間関係の構築に努力する必要があった。

株式会社戸上電機製作所 技術本部製品開発部電子開発グループ 藤﨑 晋太郎さん

それでも「仕事に不満はなかった」という藤﨑さんが、Uターンを決断した理由は、佐賀県で1人暮らしをする母親のためだった。 「父を亡くし程なくして母が体調をくずしたことが、転職を考えるようになったきっかけでした」

福岡県出身の奥様も、神奈川県で看護師として働いていた。慣れ親しんだ職場を辞め、また1から新しい土地でキャリアを積み上げていかねばならないことに当初は難色を示していたが、それでも藤﨑さんが根気強く思いを伝えていくと、Uターンすることを理解してくれたという。

かといって、藤﨑さんにも不安がなかったわけではない。最大の課題はやはり、仕事だった。これまで積み上げてきたキャリアを無駄にはしたくない。これまで同様、ソフトウェア開発の仕事を希望していたが、自分にマッチする仕事が佐賀県にあるのか?Uターンを志願する誰もが感じる不安を、藤﨑さんもまた抱えていた。

だがそのハードルは、思っていたほど高くはなかった。
転職サイトを通じて求人情報を検索していくと、案の定、ソフトウェア開発の仕事は福岡県に集中していたが、佐賀県での転職にこだわっていた藤﨑さんはあきらめなかった。そしてめぐり合ったのが、「戸上電機製作所」だった。

経験をダイレクトに活かせる職場

「戸上電機製作所(https://www.togami-elec.co.jp/)」は佐賀県を代表する企業の1つである。佐賀市に本社を置き、創業は1925年(大正14年)という老舗の電機メーカー。主力製品は、我々の日常生活に欠かせない電力供給を支える装置だ。例えば、電柱に装備されている「開閉器」は同社の代表的な製品。落雷などで停電の原因となる事故電流を瞬時に検知し、効率的かつ安定した電気の供給を支えている。特許も多数取得している同社の製品は、全国に普及。さらに近年は、河川水や産業廃棄水を浄化するシステムや、太陽光発電関連機器など、環境分野での技術開発にも力を注いでいるという。

そんな社内で、藤﨑さんは、製品開発部の電子開発グループに配属。入社早々、主力製品である開閉器を制御するソフトウェアの開発を担うことになった。とはいえ、まだ入社して日が浅い現在は、配電ソフトの仕様を学びつつ、試験用ツールの自動化などに取り組んでいるそうだ。
扱う製品は大きく変わったが、仕事の本質は変わらないと感じているという。
「私の場合、さまざまなプロジェクトを回りながら、いろいろな現場を見てきました。より良いものを作るためにどんな設計をめざしていけばいいのか、というノウハウはどこへいっても通じるものだと思っています。だから神奈川県での経験はここでもダイレクトに活かすことができています」

また、今までにない新たなやりがいも見出している。
「前職ではプロジェクトを変わるたびに新たな分野のことをやっていましたが、ここでは開閉器や電力インフラに専念することができます。そのぶん、自分の専門性を高められるチャンスだと思っているんです」

抜群の社員定着率の秘密

周囲の社員はほとんど、地元の人ばかりだ。なかには高卒から勤続46年のエンジニアもいるという。いくらUターンとはいえ、そんな職場に県外から飛び込んでスムーズに溶け込めるのか?と誰もが心配になりそうなものだが、それも杞憂に過ぎなかった。

戸上電機製作所には、驚くべき数字がある。それは社員の定着率の高さだ。「若い社員が辞めていく…」と悩む企業が多いなか、同社の新卒3年後の定着率は90%をはるかに超える。ここ数年に限れば、100%だという。歴史や業績だけでなく、働きやすさでも佐賀県を代表する企業といっていいだろう。

「仕事をする上での風通しがいいんです。前の職場は大手のグループ会社でもあり、人数が多いぶん、社員同士のつながりが今ほどありませんでした。でもこの会社は1人ひとりの温かさのせいか同僚たちがより身近に感じられ、働いていて雰囲気がいいです。」

人事を担当する田中利弘さんも、定着率が高い理由をこう分析する。
「働きがいのある環境があるからだと思います。若手の社員にも比較的早い段階から仕事を任せるようにしていますので。それに、会社の環境だけでなく、佐賀県としての働きやすさ、住みやすさもあるのではないでしょうか」

株式会社 戸上電機製作所 管理本部 人事グループ 田中 利弘さん

「変わらない」という幸せ

しかし、藤﨑さん本人は、佐賀県の良さ、地方の良さを雄弁に語ってはくれなかった。その言葉にたびたび登場したのは、「神奈川県とそんなに変わらない」という素朴な感想だ。

確かに、Uターンして、いいことはたくさんあったという。その最たるものは、子育てのしやすさだ。いつでも実家に帰れる距離になったということは、実家にいる家族に子育てを手伝ってもらいやすい環境にもなったということ。神奈川県ではなかなか頼れる人がいなかったが、今はいざという時に家族を頼ることができる。
「夫婦共働きのなか、実家で子どもの面倒を見てもらえるので、とても助かっています」

だが、生活面ではそれほど大きな違いは感じていないという。
「特に不便なこともありません。買い物も今はネットでできますからね。私自身は神奈川県と変わらない生活ができています。収入も、転職前とほぼ変わりませんから。近所との人づきあいについても、あまり変わりません。神奈川県に住んでいた時もそれなりに地域のコミュニティとかはありましたので。子どももこちらの小学校に転校しましたが、特に変わった様子はありません。近くに大きな遊園地がないのは子どもにとっては残念なようですが、そんなことくらいで、あとは地方だからというギャップは感じないです」

大きく変わったことといえば、通勤くらい。前職は、電車通勤だったが、現在ではマイカーで通勤している。大きなストレスを感じていた満員電車から解放されただけでなく、時間にも大きな余裕ができたという。
「あとは、魚や野菜の鮮度の違いは感じますね。佐賀県の食べ物はやっぱりおいしい。物価や家賃などの生活コストもこちらのほうがかなり安いです。海や山も近いので、そういう趣味がある人にはうれしい環境ではないでしょうか。私自身は近所の公園に子どもと遊びに行くくらいなので、休日の過ごし方も神奈川時代とあまり変わらないのですが(笑)」

港のそばで約100年もの間続いてきた「呼子朝市」。“朝市通り”と名づけられた200mほどの通りに、新鮮な魚介類、自家製イカの一夜干し、魚の干物、収穫したての野菜、果物などさまざまな品が並ぶ

もともと今回の転職は、家族の都合で決断せざるを得ないものだった。しかし今は、自分自身へのキャリアアップにもつながっていると感じているという。
「ソフトウェアは常に勉強していかなければならない分野ですから、自分もまだまだ成長の途中。そういう意味では、やったことのない製品を手がけるのは良い刺激になっています。しかも今まではソフトウェアの開発だけをやっていましたが、今所属している電子開発グループはハードウェアを設計する知識も必要なんです。これからは、ハードとソフトの両方ができる技術者を目指していきたいと思っています」

地方で暮らすこと、働くことに対して、これまで地方に所縁のない人たちは必要以上に身構えてしまっているケースも多い。だから、ぼんやりと選択肢には入れているものの、現実的にはどうアクションを起こしていいかわからず、踏みとどまってしまっていたりもする。
そうした人々にとって、藤﨑さんの「そんなに変わりませんよ」という肩の力の抜けた感想は、「地方礼賛」の熱い言葉以上に、勇気づけられるメッセージになるかもしれない。

働く土地が変わっても、どう暮らしていくかは、自分しだい。そこに気づけば、転職先の選択の幅も、もっと自由になるはずだ。

藤﨑 晋太郎(ふじさき しんたろう)さん

(株)戸上電機製作所 技術本部製品開発部電子開発グループ所属。1984年佐賀県小城市生まれ。佐賀大学を卒業後、(株)日立情報通信エンジニアリングへ就職。ICT製品の組み込みソフトウェアの開発や研究所向けの先行開発などに携わっていたが、家庭の事情により佐賀県へのUターンを決断。戸上電機製作所に転職し、現在は配電用制御装置の開発に取り組んでいる。

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