リノベーションまちづくりという切り口から広がる複業ムーブメント/「複業モデル地区」への挑戦・第3回
一般社団法人Work Design Lab代表理事/複業家 石川 貴志
石川 貴志
2017/10/20 (金) - 08:00

前回の記事では、広島県福山市で新しいまちづくりが胎動している状況をご紹介し、「主体的市民」を増やすための方策の中で「人材を呼び込む」ことに注力すること。「主体的市民」に選ばれる地域になるために、行政・大学・企業における変革と連携が不可欠であり、取り組むべき課題についての持論を述べました。
本連載の最終回は、「福山駅前再生協議会」の座長であり、建築・都市・地域再生プロデューサーの清水義次さんに、リノベーションまちづくりの観点から見た「複業モデル地区」構想について、ご意見をお伺いしたいと思います。
清水さんは、遊休化した不動産という空間資源と潜在的な地域資源を活用して、都市・地域再生プロデュースを多く手掛けられ、全国各地に広がっている「リノベーションまちづくり」の生みの親です。リノベーションを通じた地域再生への考えや最近の取り組みについても伺っていきます。

〈第1回〉「複業モデル地域」構想のきっかけ

〈第2回〉「産官学連携で創りだす、新しいワークスタイル」

〈第4回〉大学との共同可能性 /「複業モデル地区」への挑戦

〈第5回〉公の場での認知、地域連携を模索

「リノベーションまちづくり」とは。

石川氏:初めに、「リノベーションまちづくり」の始まりをお聞かせいただけないでしょうか。

清水氏:「リノベーションまちづくり」は東京都の神田に拠点を構え、2003年から始めました。昔は繊維問屋街だったエリアですが、当時は空間資源が余剰になっていました。まちづくりは空間資源のみならず、潜在的資源にも目を向けなければなりません。それが東神田周辺という非常によい場所でした。拠点は交通の利便性の影響を受けます。神田駅から徒歩約1分半の場所に、105坪の「REN BASE」という拠点を持ったことが「リノベーションまちづくり」の始まりです。そこを拠点に様々な活動を行いました。また、馬喰横山、東神田、東日本橋界隈の空きビルや公共スペースを会場に、「セントラルイースト東京(CET)」というアート・デザイン・建築が融合したイベントを立ち上げ、2003年から9 年間実施しました。

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地域再生は、何らかの事業をその地域に作り出すこと

石川氏:その後、多くの都市・地域で再生プロデュースを行ってらっしゃいますが、根底にある考えはどのようなことでしょうか。

清水氏:人にとって一番重要な人権は営業生活権であるという考えがあります。関東大震災の復興で、ハードの整備を主張した後藤新平が評価されているのですが、実は調べると、一ツ橋大学の教授であった福田徳三が、後藤新平に真っ向から対立し、「ハードの整備だけが復興ではない。営業生活権の回復こそが真の復興である」ということをあの時代に言われているのです。
東日本大震災の復興支援で行ったプロジェクトでは、福田徳三の主張である営業生活権の回復を考えました。元々衰退していて仕事が少なく、人が減り続けている状況下で、ハードの整備のみ行っても本当の意味で復興にはならない。その地域で何らかの事業を作り出すことの方がはるかに大事であると思いました。地域再生も同じように捉えられるのではないでしょうか。

働き方はその人の暮らし方そのもの

石川氏:政府が「働き方改革」を推進するなど、兼業・副業が社会的に注目される状況にあります。まちづくりは人々の暮らしを考えることでもあると思いますが、今後、働き方や暮らし方はどう変わると思われますか。

清水氏:「リノベーションまちづくり」では、収入源については複数持つことを薦めています。今や、大企業に勤めても副業が認められる時代になってきているので、君たちはそれを目指せということをひたすら伝えています。自立して物事を考え、しっかり生きる人になって欲しいというのが、私たちの活動におけるメッセージです。
女性の場合は、子育て中の働き方を考える必要があると思います。東京都の豊島区 のグループでは、これからはまち全体で子育てする時代になる。できるだけ職場の近くに住み、働き、まちで子育てをする時に、どう働くかを考える活動を行っています。多くの女性の意見は、短時間の雇用の形態が近くにあれば、しかも、それが自分のやりたい仕事であればベストだという非常に分かりやすい答えだそうです。
働き方は個々の暮らし方そのものであり、これからは物凄い勢いで変わるのではないでしょうか。また、働き方や暮らし方はほぼ重なり合い、職住が近接した場所で行われる生活が、私たちが望んでいる生活なのかもしれません。
ワークスタイルやライフスタイルを考えることは、自由な働き方ができ、しかもどこかに依存せずに自立して働き方や暮らし方が選べるという選択肢が増える話であり、非常に大事だと思います。社会構造に関わる重要なテーマだと考えています。

まちづくりで重要なのは、人が集まる場所=拠点

石川氏:新しいワークスタイルやライフスタイルを実現する環境を産官学連携で整備し、「主体的市民」を福山市に呼び込むプロジェクト「複業モデル地区」構想を考えていますが、ご意見をいただけないでしょうか。

清水氏:狙い所が非常に面白いので賛成です。「福山駅前再生協議会」と結び付けて、福山駅周辺を変えていくことにもつなげたらよいかと思います。また、小さくてもよいので、拠点が持てるような仕組みを作ることが大切です。拠点のないまちづくりは殆どがうまく発展しないほど、まちづくりで一番重要なのは拠点です。
拠点とは人が集まる場所。それを自主財源でまわしていく仕組みを作る。初めからプロジェクト内で構築すれば、拠点は持てます。そして、その地域や場所の特性に応じて、いろいろな人たちがそこを拠点にしてくれるような、人が集まる仕組みを考えればよいのです。
また、ムーブメント化しないと定着しないため、街中で具体的に展開できる人たちと組むとよいのではないでしょうか。様々な可能性が広がると思います。
アートのまちづくりを行った東京都千代田区のプロジェクトでは、廃校を利用し、「アーツ千代田3331」という施設を作りました。展覧会、ワークショップ、講演会などオルタナティブなアートスペースであり、文化的活動の拠点としても利用されています。指定管理ではなく、民設民営です。私が経営上の代表で、家賃を千代田区に払い、水道光熱費や修繕費も負担しています。また、正社員とパートを含めた従業員25名ほどの人件費も賄えるような運営を自分たちで行っています。
コンテンポラリーアーティストで東京藝術大学教授の中村政人と、グラフィックデザイナーの佐藤直樹、私の3人で始めたのですが、中村政人と共に運営者の公募にエントリーし、選ばれたことが施設運営のきっかけです。
アーツ千代田3331」はアートギャラリーのほか、オフィス、カフェなどが入居し、会議室などのレンタルスペースもある施設です。統括ディレクターの中村政人が企画やテナントのクオリティコントロールを行っているのですが、大半が持ち込み企画です。年間約1000のイベントを地域と密着して開催し、約100万人の集客があります。
このように、人を集める仕組みを作るのは至って簡単です。人が人を呼び込み、口コミで広がっていく。人の興味や好奇心を刺激する面白い人を呼び込めたら、必ず動き始めます。そうなる枠組みを準備するのがまちづくりを行う私たちの役割だと考えています。
また、静岡県熱海市の「リノベーションまちづくり」では、2016年度から「99℃」というゼロから創業する人向けの塾を始めました。創業支援と「リノベーションまちづくり」の掛け合わせを行ったのですが、これがとてもうまく進みました。今年度はさらに強化して、この創業支援プログラムを継続する予定ですが、石川さんの構想とまさに符合します。熱海で進行中の様々なリノベーションプロジェクトが面白く、いい感じに変化してきているので、それらを実際に見て、参考にされたらよいかもしれません。いろいろなことが始まりつつある熱海にぜひ来ていただけたらと思います。
ライフスタイルという観点で熱海への移住を見た場合、市内に居住するタイプと、海近くの南熱海に居住するタイプとがあります。市内と言っても、傾斜地のある地形なので様々です。小さい町ながらも多様な移住がありますので、その辺りを調べてみると面白いかもしれません。

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居住しなくとも、地域とのつながりを構築できる

石川氏:「複業モデル地区」構想では「主体的市民」を呼び込みたいと考えています。「リノベーションまちづくり」では「主体的市民」が多く集まるのではないでしょうか。

清水氏:熱海の「リノベーションまちづくり」は、まさに「主体的市民」が集まっている状況です。また、出身者コミュニティや関係人口を増やすという話にもつながるような現象が起きています。
2017年3月に、2030年へ向けた「熱海リノベーションまちづくり構想」の発表を行ったのですが、熱海を変えていく6つのテーマに対し、「私たちがこれをきちんと実行します」という宣言をしたグループが25現れました。熱海に定住したり、熱海と東京の二地域移住を行うと宣言をした人たちのほか、「私は熱海に来られないけれども、熱海のプロジェクトには関わりたい。いろいろな関わり方があってもいいじゃないか」と主張する人たちが出てきました。
また、熱海出身で東京に住む女性二人が中心となり、熱海に関わる人たちの東京での飲み会が毎月1回開催されています。これがかなり盛り上がっていて、結構な数が集まると聞いています。その女性たちは、「私たちは東京組ですが、熱海については関わりたいので、熱海の飲み会を東京で企画します」と言っています。自分の望む仕事があったら、地元に戻りたい。しかし、今はそういう訳にはいかないのだそうです。
同様の事例として、各地で「リノベーションスクール」を開催していますが、最近は高校生が参加してきます。女子が多く、男子は少ないのですが、その女子高生たちがとてもしっかりしていて、大人たちが吃驚するほどです。彼女たちの話を聞いていると、故郷に対する愛情をもの凄く持っています。「本当は地元を離れたくない」と言っています。地元で自分が満足する仕事、働き甲斐のある仕事があったら、地元で働きたいという気持ちで満ち満ちているように思います。ただ、現実には地元で仕事をするのは難しい状況にあるようです。
地域への愛着は住むことだけではない。その地域と何らかのつながりを持ちながら、自分が望む方向性を少しずつ作り上げていくといった考え方が、若い人たちに定着してきているように思います。

大学や地域の課題解決から誕生した「リノベーションスクール」

石川氏:「複業モデル地区」構想では「主体的市民」を呼び込むための方策の一つとして、大学の変革があります。地域研究所を設立し、起業を志す社会人研究員の採用や、大学の評価軸を就職力から創業力へ変えたいと考えていますが、どう思われますか。

清水氏:大学の変革に関連するものとして、一般社団法人HEAD研究会の話をしたいと思います。HEAD研究会は東京大学の松村秀一教授を中心に据え、2008年に任意団体として設立しました。松村教授は建築の生産技術の研究者で、社会との関わり方を長年研究されています。20年程前から、「日本はやがて欧米と同じようにストック社会に変わる。ストック社会に合わせた建築や社会の仕組みを考えるべきである」と主張されていた先見性のある学者です。
この場合のストックとは建っている建物であり、建った建物とは不動産のことです。大学で教えるのは新築の建物を建てるための建築であり、ストック(不動産)のことは教えていないという状況がありました。新築の生産のために建築の技術があり、建築基準法も専門家の間では別名“新築基準法”と言われるほど、新築を建てることを前提とした法律です。それらが時代に合わなくなるということを早くから提唱されたのが松村教授です。
全くその通りに、建築と不動産がほぼ同一言語で語られる時代になったことから、HEAD研究会を設立し、2011年に社団法人化しました。法人会員と個人会員、そしてU-30会員を含めた約250名で構成されています。建築、不動産、情報システム、建材部品などの業種に分かれ、タスクフォース制のもと様々な活動を行っています。事務局運営は学生ボランティアが行うことも特徴的です。
このHEAD研究会があったからこそ、「リノベーションまちづくり」や「リノベーションスクール」が生まれたというのが実態です。
最近、HEAD研究会に地方の大学からキャンパスのファシリティマネジメントの依頼が来ています。空間資源が余剰であり、保有に伴うコスト削減が求められている状況にあるようです。一方では、弱体化したカリキュラム をリノベーションして欲しいという依頼もあります。今年度から取り組もうとしているところですが、どのような形で進めるかという時に、石川さんのお話とも符合する本質的なテーマではないかと思います。
今の大学教育は現場に即していないという声があります。最も困った現象は先生の弱体化とも言われています。急速な勢いで社会が変化したにも関わらず、先生が教えるのは旧態依然たる学問で、実業に役立たなくなっています。これをどうすべきかが大学改革の一番のテーマであると考えています。大学自体を変えるには最短でも10年は必要で、社会はどんどん変化していきます。私の予想ですが、その間に倒れていく大学が出てくるのではないでしょうか。

HEAD研究会は多様な実業経験者による集団です。大学で教えられるほどの知識やノウハウを持つ人たちが集まっています。この強みを活かし、大学を強化するプロフェッショナルスクールを開講したらどうかと考えています。
各地で行ってきた「リノベーションスクール」は、実際にある空き物件を題材に、その地域の課題解決を前提として、リノベーション事業を成立させる方法を4日間で考え、不動産オーナーに提案し、実事業化を目指すものです。大学でリノベーション教育がなされないことから誕生したのですが、このような背景があるため、大学を中から変えるのではなく、付属する形を取り、大学を強化するプログラムとしてプロフェッショナルスクールを位置付けることを考えています。
「複業モデル地区」構想の大学の変革のアプローチとして、このようなプログラムと連携する方法もあるかと思います。

拠点に「主体的市民」が集まると、まちは変わり始める

石川氏:ありがとうございます。「主体的市民」による地域の活性化を推進し、福山市で人口減少時代の日本における地方創生の新しい雛型を創りたいと考えています。そのためにも、「福山駅前再生協議会」や福山市内の大学に「複業モデル地区」構想を説明し、実現の具体化を図りたいと思っています。

清水氏:今後、この「複業モデル地区」構想をどう具現化するかはとても大切なことだと思います。人が集い、交流できる要素にプラスして、ゲストハウスやシェアオフィスの機能も併せ持つ拠点を作り、なおかつそれが駅に近い場所にあるとよいのではないでしょうか。事業として拠点を管理してくれる人と組むとお互いにメリットが生じます。家守的な人を向こう側に置き、プロジェクトを共に行えばよいのです。「主体的市民」とも言える面白い人たちが拠点に集まり始めると、まちはいきなり変わります。応援しますので、ぜひ一緒にやりましょう。

〈第1回〉「複業モデル地域」構想のきっかけ

〈第2回〉「産官学連携で創りだす、新しいワークスタイル」

〈第4回〉大学との共同可能性 /「複業モデル地区」への挑戦

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建築・都市・地域再生プロデューサー/
株式会社アフタヌーンソサエティ 代表取締役/
一般社団法人公民連携事業機構 代表理事

清水 義次さん

1949年生まれ。東京大学工学部都市工学科卒業。マーケティング・コンサルタント会社を経て、1992年株式会社アフタヌーンソサエティ設立。 都市生活者の潜在意識の変化に根ざした建築のプロデュース、プロジェクトマネジメント、都市・地域再生プロデュースを行う。 主なプロジェクトとして、東京都千代田区神田RENプロジェクト、CET(セントラルイースト東京)、旧千代田区立練成中学校をアートセンターに変えた3331アーツ千代田、旧四谷第五小学校を民間企業の東京本社に変えた新宿歌舞伎町喜兵衛プロジェクトなどがある。 地方都市においても、北九州市小倉家守プロジェクト、岩手県紫波町オガールプロジェクトなどで、民間のみならず公共の遊休不動産を活用しエリア価値を向上させるリノベーションまちづくり事業をプロデュースしている。

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