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神社・仏閣とまちづくり/地域活性機構 リレーコラム
一般財団法人地域活性機構 理事長、地域活性学会会長 中嶋 聞多
2017/12/22 (金) - 08:00

これまで地域コミュニティの紐帯としての役割を担ってきた、神社・仏閣。
均質的な風景に塗りつぶされがちな現代において、「なつかしい未来」の中核的存在になりうるものだと思います。
地域コミュニティのなかで神社・仏閣が担う役割に着目することで、
人的交流を通じた地域活性化への新たなヒントが得られるのではないでしょうか。

各地から集まった神職にまちづくりについて講話

今年の夏、仕事で埼玉県大宮市の氷川神社に伺う機会がありました。気軽に引き受けてしまったのですが、実はその仕事というのは、全国各地から集まられたご神職の方々に、まちづくりについて講話をおこなうというものでした。

大宮とは氷川神社、正確には「武蔵一宮氷川神社」を指すこと、日本一長い参道を有すること、そして二千年以上の歴史を刻むといわれる由緒ただしきお社(やしろ)であることなども、下調べをして初めて知りました(埼玉県民には常識だそうですが)。おもえば頼りない講師だったわけですが、神道の講義をするわけでもあるまいと自分に言い聞かせながら、美しいケヤキ並木の参道を、日中のはなはだ暑いなか、ちょっとした観光気分で歩いて、ようやく会場に着いたところ、いきなりトラブルにみまわれました。用意していたPowerPointのスライドが映らないのです。会場に居合わせたご神職の方々とあれこれ手を尽くしましたがどうにもなりません。そうこうしているうちに出番は刻々とせまり、もはや万策尽きたとあきらめかけたとき、ふと思い立って一人、本殿に参拝、このときばかりは心底から復旧を祈願いたしました(お賽銭もはずんだことはいうまでもありません)。その後戻ってみると、なんと映写できたというではありませんか。

まことに霊験あらたかな神社であったという話をしたいのではありません。神様を敬う心は、昔も今もこうした経験の重なりから生まれるということを悟ったのです。

さっそくこの話を講話の枕に使わせていただいたところ、驚いたことにご神職のどなたも顔色ひとつ変えられませんでした(つまりウケなかったということでもありますが)。おそらくみなさま、こうした経験を多々つまれて現在のお仕事につかれたのであろうと推察した次第です。

神社・仏閣がまちづくりの重要なパートナーに

私は自分のことを、ごく普通の日本人だと思っています。それゆえ正面から宗教心はあるかと聞かれると、はなはだ困ったことにならざるを得ません。まったくもって返答に窮するのであります。これまで初詣やお願い事には神社にお参り、結婚式は教会で、葬式はお寺でおこなってきたことにさほど違和感を感じませんでした。それらはおそらく、信仰などというものではなく、文化的慣習くらいに感じてきたのだろうと思います。自然を敬う気持ちはありますが、八百万の神を信じるというわけでもなく、宗教心がまったくないともいえませんが、あるといえるわけでもありません。やはり先の話のように、そのとき、その場での偶然になにか意味を見いだす経験を重ねてきたことが、影響してきたように思えてなりません。そんな私が、還暦を過ぎ、まちづくりの重要なパートナーとして神社・仏閣を考えるようになったのはごく最近のことです。

過去を踏まえて別の未来について思いをめぐらす

きっかけは2014年、前任校である事業構想大学院大学で事業構想について教える立場になったときでした。事業構想とは何か、またそれをどのように生み出すべきか深く考えるようになりました。事業とは三方よしのビジネス(ドラッカーがいうような意味でのビジネス)であり、現実的な「将来」ではなく、ワクワクするような「未来」をイメージするところから生み出されるものであると考え、そのキーワードを「バックキャスティング」と定めたころのことです(※1)

そして2015年、調査で陸前高田をたずねたとき、あの「奇跡の醤」の八木澤商店の河野親子から、「なつかしい未来」という言葉を教えていただき、これを私なりの未来志向と考え合わせて以下のような解釈を生み出しました(※2)。

私は、未来を思い描くのに3つの方法があると考えています。
ひとつは SF のように、未来そのものを自由に思い描くこと。もうひとつは現在から未来を考えること。いわば「予測する未来」です。それはすでにあるトレンドをとらえたり、不平、不満、不足など「不」に着目することで可能となります。広い意味でのマーケティングとは、このようなことだと思います。そして3つめが、過去から未来を考えること。人類の歴史は選択の連続です。過去のある選択が現在の状況をつくりだしているのだとすれば、その選択の時点まで遡って別の選択をしていたらどうなるか考えてみてはどうでしょう。過去を踏まえて別の (alternative) 未来について思いめぐらすこと。「なつかしい未来」とはまさにそのような考え方にほかなりません。

歴史ある京都の神社で権宮司と一緒にまちづくり

昨年、京都府のある自治体に、この「なつかしい未来」にもとづく地方創生を提案、そこで地元神社の宮司の息子さんである権宮司(ごんぐうじ)とまちづくりをご一緒することになりました。その際伺った話は、私にとって衝撃的でした。なんとその神社は、平安時代に奈良のお寺のお坊さんが創建したものだったというのです。その後、権宮司からいろいろお話を伺うにつれ、私の神社に対する認識は大きく変わっていきました。「社(やしろ)」がコミュニティを意味することぐらいは知っていましたが、その中心にあったのが神社だったというのです。「神人共食」ってみなさまご存知でしたか。昔は神社の本殿で、地域の方々が神様と一緒に飲み、同じものを食すのが当たり前のような慣習があったそうです。さらには明治政府による神仏分離令が出されるまでは、神と仏が当たり前のように、ともに神社・仏閣に祀られ(いわゆる神仏習合)、全国からの参拝客でまちはたいへんなにぎわいをみせていたというのです。

私はそのとき、なつかしい未来の分岐点がここにあると思いました。神社・仏閣がいま一度、まちづくりにのりだし、市民と一緒にこのまちの「別の(alternative)未来」を描くことができないものか。そんな夢とも妄想とも思えることが自分の仕事だと直観したのです。今、その権宮司と「なつかしい未来」の名のつく財団法人を立ち上げようと奔走しています。できるかぎり行政の補助金に頼らず、自力でまちづくりを進めることが肝要と考えるからです。

誰も見たことのない「結界のまちづくり」

私たちが、この神社とおこなおうとしているまちづくりは、これまで誰も見たことがない「結界のまちづくり」となるはずです。これまで権宮司と議論していて気がついたのは、あれほど隆盛を誇った門前町が今日のようになったのは、じつは聖と俗の境界があいまいで入り組んでしまった点にあるのではないかということでした。

今日の観光の原点と言われる江戸時代の神社や仏閣へのお参りは、聖と俗が隣り合わせの門前町への旅でした。「精進落とし」という言葉があったとおり、神様や仏様のおわす神聖な場所のすぐ近くには、旅人たちが遊びに興ずる場所が当たり前のようにあったのです。そして両者は結界によってきちんと分けられていました。ところが時代がくだるとともに、それらがぐじゃぐじゃとなっていったというのが私たちの考えです。このとき失われたものこそ、祖先が大切にしてきた日本文化独自のディビジョニズム(レヴィ=ストロース)ではなかったか。だとすれば、すべての門前町は、場の設計からやり直さなければならないはずです。いま寂れているまちが栄えるために、またいま栄えているまちはもっともっと栄えるために。みずからの足元から見直すべきではないか。そう考えるようになりました。

神社は全国に8万社以上あるといいます。各社が「結界のまちづくり」に取り組んでいただければ、地方創生もおおいに進むのではないでしょうか。

※1「事業構想学を構想する 第1回 礎としての未来学」月刊事業構想 2014.5
※2「地方創生の発・着・想 第4回 被災地に学ぶ地方創生」月刊事業構想 2015.8

中嶋聞多

一般財団法人地域活性機構 理事長、地域活性学会会長 中嶋 聞多

1954年大阪生まれ。大学時代の専門は流体力学、母校の図書館に勤務後、国立民族学博物館に移籍し梅棹忠夫先生に出会う。働きながら研究に没頭し論文を書き、それらの仕事が認められ、東京慈恵会医科大学で医療情報学を専門とする助手に。文教大学情報学部、信州大学人文学部、法政大学大学院政策創造研究科、事業構想大学院大学教授を経て、現在は信州大学に特任教授として籍をおきながら、地域活性学会会長、一般財団法人地域活性機構理事長として全国の地域活性の研究と実践活動に取り組んでいる。

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