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「地方創生」の意味と条件について考える・第2弾/地域活性機構 リレーコラム
一般財団法人地域活性機構副理事長・事務局長、地域活性学会常任理事 尾羽沢 信一
2018/03/09 (金) - 08:00

都会から地域に転じて働こうとする方々にとって、何をモチベーションとするかでその後の人生が大きく変わってくると感じています。所得水準や市場競争原理とは異なった価値観で生きていくことの大切さに気づき、地域の人々がサステイナブルに生活していくことのできる条件を、地域の人々と共に考えて実行していくことが重要と思います。

これからの地方にとっての価値

前回、次のようなことを書きました。
そもそも「地方創生」と盛んに言われるようになっているのは、戦後の右肩上がりの成長神話が終わってからも、多くの人々がどこかでその思考スタイルから抜け切れていないからではないか。
地域の問題を考えるときに、根本的な発想転換が必要ではないかということです。
やや図式的ですが、こんなことです。

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都会のビジネスの最前線で働く方には、甘い、牧歌的な考えに見えるかもしれませんが、ではなぜこの数年で、地方回帰する若者や現役ビジネスパーソンがじわじわと増えているのでしょうか。
おそらく、グローバル競争、企業間競争、企業内競争、高い物価と劣悪な通勤環境などに疲れてしまった、あるいはそのような世の中の在り方やプレーヤーである自分に疑問を感じ始めたからではないでしょうか。

都会人にとって魅力ある環境とは

このような志向を持つ人々が増え始めたことは、過疎や高齢化に悩む地方にとっては一つのチャンスと捉えることもできます。では、彼らが一歩踏み出す時に、どの地域を選択するのか、決定打となるのは何でしょうか。

もちろん、雇用の場と一定の所得確保、住居や公共サービスなどもあるのですが、おそらくそれだけでは選択されるのには不十分と私は考えています。
それは、自分もこの地域の一員となって、将来の世代にこの地域を引き継いでいくために不可欠なプレーヤーとして活躍できるのではないか、と思わせることではないでしょうか。

第1回にご紹介した徳島県神山町の魅力づくりにはごく簡単にピックアップしても下記のような長い挑戦の継続があります。さらに前史として「焼山寺」というお遍路さんの札所があり、古くからのよそ者への接待文化があったとのことです。
また、「アリスの里帰り」も戦前にアメリカから日本各地に送られた多数の人形の一つが神山に残っており、それをまちづくりのきっかけに物語化できないかと考えたことが起点にありました。
大南信也(NPO法人グリーンバレー理事長)さんにお会いした時に「お遍路さんへの接待、アリスの里帰りの実現などは神山に人に来てもらうための必要条件に過ぎなかった。それを十分条件の揃った空間にしていくために、どんな仕掛けが必要か」仲間たちと語り合い、徐々に今の神山ができてきたとのことです。

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さまざまな取り組みを続け、それが神山という不思議な魅力ある空間として知られるようになっています。

以下は、神山町に移住した人たちの言葉です。(「朝日新聞」徳島版より引用)
「この町の人に多様性を許容する懐の深さを感じたんです。人の距離感も絶妙で、それが心地よくて神山への進出を決めました」(IT企業の経営者・54歳)
「様々な分野のプロフェッショナルが集まっていて、都会的な雰囲気もある。それでいて人の距離が近いので交流の機会が多く、東京で暮らすよりもずっと刺激的だと思ったし、住んでみて実感しています」(東京から昨年移り住んだコンピューターグラフィックスのエンジニア・34歳)
「この町の人は外の人にオープンでポジティブ。何か新たなことが生まれそうな空気が流れていてワクワクする。そんなクリエーティブな場で作品をつくって暮らしたいんです」(移住する空き家をさがしているオランダ在住の日本人女性アーティスト・36歳)

さらにまちづくりの先進事例として古くから注目され、常に進化を続けている長野県 小布施町を見ても、ざっとまとめただけで次のようなヒストリーがあります。

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まちづくりの模範例、成功した観光地として知られる長野県小布施町には、長い沈滞期と、そこから脱するためにどのような手を打っていけばよいのか、極めてしたたかな戦略を感じます。
小布施町に移住した人たちは次のように感じています。
2012年に移住した奥田さんは、「妻と一緒に訪れ、小布施は面白い人が多い町だと感じました。小布施には感性が鋭い人が多いので、人と人をつなぐ場を造りたい。そしてそこで生まれる化学反応みたいなものを楽しみたいんです。」
2009年に小布施でレストランを開業した鈴木さんは、「町の皆さんがとにかく親切です。買い出しから帰ってくると店先に野菜の差し入れが置いてあることもありますし…」
2011年から小布施で農業に取り組む今泉さんは、「小布施の知名度は先輩方の長年の努力によりものすごく高い。これからはその知名度を栗だけでなく他の農作物にも波及させたいですね。リンゴは都会のそれとは別の食べ物かと思うほどおいしい。このおいしさを多くの人に知ってもらいたいんです。」

修景事業の成果でもある栗の小径
修景事業の成果でもある栗の小径
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民営のボルダリング施設には多くの若者、子供たちが集まる

まずは人づくりから

今回は、地方に転じて働こうとすることの意味、そこで選ばれる地域の条件などについて書きました。
共通しているのは、地域の歴史を振り返りながら、その地域の持つ本当の強みとは何かを問い続け、それを常に現代の人々の暮らしへのニーズ、働くことへの意味とマッチするようにリニューアルし続けていることかと思います。
そして、それを可能にするのは、地域資源をうまく結びつけ、物語化し、外部の人々も巻き込みながら新しい空間を創造し続けることのできる地域ということになります。
その担い手は「人」なのですが、ではそのような人材をどうやって育てていけばよいのか、自分もその一員になりたいがどうすればよいのか、という疑問があろうかと思います。
「あの地域は○○さんがいたからできた。うちの町村では無理。」「○○のような恵まれた資源があったからできた」という話をする人がいますが、そんなことはないと思います。
次回は、では目に見える比較優位性がなくても、圧倒的なプレゼンスを示すリーダーがいなくても、地道に人づくりから時間をかけて取り組んでいけば、必ず道は開ける、そのための入り口について少しお伝えできればと考えています。

>>>こちらもあわせてご覧ください。
「地方創生」の意味と条件について考える/第1弾
「地方創生」の意味と条件について考える/第3弾

尾羽沢 信一

一般財団法人地域活性機構副理事長・事務局長、地域活性学会常任理事 尾羽沢 信一

1957年生まれ。株式会社インテージ主任研究員、法政大学地域研究センター特任教授などを経て現職。10年ほど前から「地域活性学会」の運営などに携わり、「地域活性」や「地方創生」の意味と条件について考えている。

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