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創業50年を迎える機械設備メーカーが臨む、ふるさとの未来と地域再生(前編)
GLOCAL MISSION Times 編集部
2018/11/26 (月) - 08:00

宮崎県日向市に本社を構える「株式会社日向中島鉄工所」は、高い技術力と品質管理が認められ、産業用機械のオーダーメイドをはじめ、全国の取引先に年間800点以上の機械を納品している企業だ。だが自社の利益だけにとらわれるのではなく、地域の子供たちを社内に招いてのものづくり教室や出前授業、地方大学との共同研究など、地域の活性化にも力を注ぐ。2012年からは野菜工場にも挑戦。「人口減少など地域の課題をどうにかしたいなら、まず我々地域の中小企業が変わらなきゃいけない」と発信し続ける代表取締役社長の島原俊英さんに、これからの地方企業のあり方、地方で働く魅力を語ってもらった。

ふるさとへUターン。そして始まった、手探りの企業再生

宮崎市から北へ、約78キロ。宮崎県日向市は、太平洋に面した風光明媚なまちである。長く続く海岸線には美しい砂浜や、訪れると願いが叶うといわれるクルスの海、馬ケ背など、絶景ポイントが目白押し。一方、山へ向かえば、牧水公園をはじめとするアウトドアスポットが点在し、市の南部にある美々津地区には江戸時代の町並みが今も大切に保存されている。
そんなまちで「日向中島鉄工所」が創業したのは昭和44年1969年のことだった。今でこそ地元を代表する成長企業だが、現社長の島原俊英さんが37歳でUターンした頃は、業績の悪化、赤字経営に苦しんでいた。島原さんの第2の人生は、会社の再生から始まったのだという。

―島原さんがUターンされた経緯を教えていただけますか?

宮崎市内の高校から熊本の大学へ進学して、卒業後は山口にある大手企業に就職しました。そこで13年間、プラントを海外に輸出・建設をする仕事をしていたんです。その頃は会社を継ぐ気はなくて、「自分の好きなことをやっていこう」と思っていたんですが、37歳の時に突然、父から「帰ってこい」と言われましてね。仕方なく戻ったら、「俺の経営は古いから、お前が考えて全部やれ」と、いきなり専務をすることになったんです。それから2年後には父と社長を交代し、本格的に経営を始めました。

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代表取締役社長 島原 俊英さん

―戻ってきて、いきなり専務に就任とは…

本当は現場の人たちと一緒に現場を経験しながらやっていくのがよかったと思うんですけれども、時間がなくて。自分ももう37歳でしたし、会社が良い状態じゃなかったんです。

―当時はどういう課題があったのですか?

課題はたくさんありました。私が入ってきた年まで3年連続で赤字だったんです。うちの父の右腕が辞めて、売り上げが半分ぐらいになっていました。ところが社員はその状況を知らなかったんですよ。うちの父が「みんなに心配させたくない」と、給料も普通に出していて、それで赤字っておかしいですよね。でもそういう状態だったんです。だからみんな危機感がなかったし、私が帰ってきて、「1人で改革しなくてはいけない」と、肩に思い切り力が入っている状態でした。ところが1人で焦って、社員に「あれやろう」「これやろう」と、自分の思いや考えだけで改革を進めているうちに、みんなとの距離がどんどん開いていったんです。
「あいつが来たから会社が大変なことになっている」「いくら社長の息子とはいえ、会社のことを何も知らないのにいろんなことを変えていって、自分たちはついていけない!」。しまいには、「独裁者」みたいなことも言われたりして…。
なかでも一番よくなかったのは、工場の真ん中に壁があったことでした。1課と2課が、双方で違う顧客の仕事をしていたんですけれども、同じ会社なのに、こっちは忙しく残業をしていても、あっちは帰ってしまう。そういう雰囲気がその頃はあったんです。何人かの優秀な社員がいて、仕事の役割分担を決めて、指示をする。あとの人間は真面目なんだけど、「指示をくれれば、一所懸命やるから、ちゃんと指示をくれ」と、指示を待っているだけ。自分たちが主体的に動くというよりは、駒の1つになりきっていました。会社全体のことを考える人もいなかったし、協力しあうという雰囲気もなかったんです。大事な図面や工具が地面に置かれていても、誰も気にしない風土でした。

「見える化」で、心の壁も取り払う

―そうした課題に対して、具体的にどう取り組まれたんですか?

1つは、物理的な壁を取っ払いました。それまでは営業担当の管理者が二人いて、現場に直接、ばらばらに作業指示をしていたんです。しかも、工場長も工場全体の管理や指導・人材育成をできていませんでした。そこで、営業と製造を切り離して、営業と製造それぞれが1つになって仕事に取り組むように、組織改革をしました。と同時に、会社全体のことをみんながわかるようにするための「見える化」、「組織としての役割分担と協力体制」などの、仕組みづくりをしていきました。

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島原社長の指示により工場の中心にあった壁が取り外され、垣根のないオープンな空間に。物理的な「見える化」で、社員同士のコミュニケーションも円滑に

―「見える化」とは、具体的にはどのように?

その頃は、創業者がカリスマ性で会社を引っ張っていましたので、明文化された経営理念がありませんでした。「わが社は、これを大事にして仕事をしていこう」という経営理念、「こういう会社を目指そう」というビジョンがなかったんです。そこで父に創業時の思いを聞いたりして、社是や理念というものをしっかりと作り、その理念に基づいた方針、戦略、計画を作っていきました。みんなで目指す方向を明確にしたわけです。
と同時に会社の現状を、経理からオープンにしました。「今こういう状態なんですよ。だからこれを改善していくために、こういう計画を立てて、経営をしていこうと思っています」というのをすべてオープンにしていったんです。

―最初はよそもの扱いをされたとのことでしたが、その壁はどのように取り払っていかれたんでしょうか。

一人一人と面談をして、社員の想いや考えを聞いていきました。また、自分が思っていることもすべて伝えていきました。今はこういう会社で、こういう課題をもっているが、それをこういう風に変えていこう、と。そのうえで、みんなと話し合い、人事制度や原価管理システム、品質管理システムなど、いろんな仕組みを作っていきました。計画づくりから、みんなに参加してもらって。

―立派な企業再生だと思うんですが、それまで経営の経験はおありだったんですか?

いえ、前の会社では係長までにはなりましたが、経営の経験はなかったんです。だからいろんなところで勉強しました。経営者の団体に入って先輩の経営を見たり聞いたり、全国に出張する度に会員さんのところに行って、「どういう経営をされているんですか?」「経営計画を見せてください!」と、根掘り葉掘り聞いてまわっていましたね(笑)。

地域の未来のために取り組む、地元一体型の教育

―ホームページのなかで、仕事の内容を写真で紹介したり、苦情の件数までも公表されていますね。これも「見える化」の1つだと思うのですが、どういった意図でやられているのでしょうか?

自分たちだけで、内側から会社を見ていても、会社はよくなっていかないんですね。他の人の目をたくさん入れていくことが大事だと思っています。そのために自分たちの現状をオープンにして、多くの方々に見て頂くという考え方です。だからうちは年間を通じて、小学生から中学生、高校生、大学生、学校の先生や一般の方まで、いろんな方が工場見学に来られます。特に告知はしていないんですが、問い合わせがあったら断らずに全部受け入れていますから、それで見学者や研修希望者が広がっていったんでしょうね。

―小学生から高校生までの工場見学は、どういったプログラム内容なんですか?

まずは会社の中を歩いて見学してもらった後、私が45分~60分ほど時間をもらって、「働くということはどういうことなのか」「生きるとはどういうことなのか」といったテーマで話をしています。
その後は一人ひとりが、設計図を見ながら自分のロケットを製作するんです。その過程で、わからないことを質問してもらい、「モノづくりをするうえで大切なこと」や「協力をしてモノをつくることの大切さ」などを説明し、最後は会社の空き地で打ち上げもします。
材料はプラスチック製の頭部や翼と紙製の本体部分なんですが、火薬も入れるので性能はすごいんですよ。時速200キロで飛び出して、150メートルの高さまで飛んで、パラシュートが開いて降りてくるんです。
子どもたちって、作るときは不安なんですよね。自分たちが作ったものが本当に飛ぶのかな?って。でも実際に飛ばしてみて、成功したという体験をすると目が本当に輝くんですよ。
地面に10メートルの円を描いておいて、その円に戻ってきたらプレゼントをあげるんですが、成功するのは1回に1〜2人ぐらいですね。なかなか難しいんです。風を計算して発射させないといけませんから。それもちゃんと教えます。このロケットが時速何キロで飛んでいった時には、対空時間が何秒ぐらいで、上空に何メートルの風が吹いていると、このぐらい押し戻されるので、このぐらい戻ってくるからね、と。速度や重力などの物理の法則の話をするんです。

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工場見学で子どもたちとつくる、ミニチュアのロケット。時速200キロ・高さ150メートルまで飛ぶというから驚きだ

―地域の子どもたちに対して積極的に発信しようとする姿勢がうかがえますが、そこにはどんな思いがあるんですか?

うちの会社でも高校生や大学生を採用しているんですが、自分の目標をしっかりと持っていなかったりするんですね。怒られたりすると気持ちが萎えて、辞めてしまう子もいて。それで、会社に入る前の学校教育に関わっていく必要があるなと感じていたんです。学校にだけ任せておいたらいけないなと。
それで子どもたちを対象に、ものづくりに対する興味を引き出したり、この地域で働くことの意味や、社会に出てからの自分の役割を考えたりすることの大切さを伝える活動を始めました。それが県の教育委員の目に止まったみたいで、今は教育委員の一員をやらせていただいています。

子どもたちが小さい頃から地域のことや、働くということを考えたり、もっと言えば自分の生き方を考える機会を提供していけるよう、私たち地元の企業がもっと関わっていかなければと考えているんです。

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―「企業による出前授業」もやられていますが、これはどのような?

それはうちだけでなく、日向市全体で取り組んでいるものです。内容はそれぞれの企業が自分たちで考えるので、多岐にわたります。私は大学や公設試と共同研究をしている縁で、工学部の大学院でも講義をさせてもらっています。大学以外からもいろいろな依頼がきますよ。コツコツと子どもたちに向けた取り組みをしてきたことで、地域の皆さんが「日向中島鉄工所にお願いすれば、きっと応えてくれる」と頼りにしてくださっているのかなと思います。

―日向というまち全体に、教育を大切にする風土があるように感じますね

たぶん、人材に対する危機感が強くありますよ。地域を活性化させるためにはまず企業自体が新しいことにチャレンジをして元気になっていかなきゃならない。そのためには、そこで働く人材を育成することが大事だと。小学校・中学校・高校からしっかりと企業人が関わって、人を育てなきゃならないという風に皆さん思っているのではないでしょうか。

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地域の子どもたちを対象とした「企業による出前授業」の様子

―自社の社員教育にも注力されているそうですね

会社経営で一番大事なのはそこじゃないかなと思っています。人が育つ条件っていろいろあると思うんですが、マインドセット(思考様式、パラダイム、価値観、信念)が、非常に大事なんですよ。自分がどういう考え方を持って、起きたことにどういう捉え方をするか、というのがちゃんとできていないと、起こった出来事をネガティブに捉えたり、他人や環境のせいにしがち。社員にはスキルだけじゃなく、そういったこともじっくり考えて、前向きな姿勢や態度、価値観を作る必要があると思っているんです。一番は自分の生き方ですね。生き方をしっかりと確立することができて初めて、仕事を通じて学べたり、自立することもできる。そこが人材育成の基本かなと思っています。

これからの地域に求められるのは、自立できる企業

―島原社長から見た、地方の課題は何でしょう?

人口の減少が大きいと思います。そのなかで企業の1つひとつがもっと自立していかなきゃならないと思うんですけれども、どうしても中小企業は、大企業に寄り掛っちゃうんですよね。そうすると仕事を“いただく”立場になっちゃう。そうではなくて、自分たちで“新たな仕事を作り出す”という風になっていかないとダメだと思います。
そのためには、いろんなところと連携してネットワークを作ったり、自分から動いて情報や仕事を取りに行くことが大事。それができる企業の育成を、行政とも一緒に進めていくことが大事だと思うんです。

―島原社長ご自身は、ネットワークをどのように広げていかれたんですか?

経営者の団体や業界団体に所属したり、自分たちから公設試や大学に働きかけて共同研究をお願いしたりもしてきました。地域の中に自分たちで組織を立ち上げたこともありますよ。「日向地区中小企業支援機構」という法人を作ったんです。その組織に商工会議所や市役所にも入ってもらって、中小企業を支援する仕組みを作ったこともあります。
やっぱり情報って、発信した人にしか入ってこないじゃないですか、いろんな動きをするなかで、繋がっていくんですよね。それでまた情報を頂いて、それを次のところで発信したら、また返ってきて…という感じ。それが面として広がり、どんどん拡大していくわけです。

―地域は顔と顔を合わせる機会が多かったり、人と人とのつながりも深いですよね。それが都心で働いている人間からすると、地域ならではの魅力なのかもしれません。

そうですね。行政はどうしても構造上、縦割りになっちゃうじゃないですか。ところが私たち民間は比較的自由に動けるので、「媒介」となれるんです。いろいろなところへ飛び込んでいって、いろんな人をくっつけることができる。それが地方ではすごくやりやすいんです。宮崎県ぐらいの規模だったら、本当にやりやすい。なので、いろんな方々と課題について話し合い、一緒に考えて、協働作業を行う中で、自分たちの役割も見えてくるんです。
中小企業のいいところは、そういうところなんですよね。自分たちの決断次第で、フットワーク良く動ける。そしてその結果が跳ね返ってくるスピード感も、ものすごく早い。
それが地方でビジネスを展開する上での醍醐味だと思います。

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