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江戸から伊予へ。着物の新しい伝統を創る
小紋師 德永 早映さん
島崎 加奈子
2018/12/21 (金) - 12:00

遠目では一見無地、近くで見ると細かい柄が施されている、伝統的な着物の染色技法「江戸小紋(えどこもん)」。愛媛県西条市に住む、小紋師(こもんし)德永早映さんは、この技法を受け継ぐ数少ない職人の一人。故郷に技を持ち帰り、「伊予小紋(いよこもん)」の名前で、環境が変わっても進化する彼女と伝統をご紹介します。

地元・西条市のだんじり祭りで見た美しい彫刻と職人の仕事

愛媛県西条市は、松山空港からタオルで有名な今治市よりさらに東の香川方面に位置します。日本の名水百選に選ばれるほど水がきれいで豊かだというこの土地では、春にはつくしがニョキニョキと生え、色とりどりの花が咲きます。江戸時代から続く秋のだんじり祭り(西条祭り)には、約150台の屋台が奉納され、その数は日本一。お祭り期間中は企業や学校はお休みになり、県外で仕事をする人は、仕事を休んで帰省をするのだそう。

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江戸時代から300年続く歴史ある西条祭りは、毎年10月に開催される(撮影 : 藤田正紀氏)

德永さんは小さい頃からお米の粒のように小さい折り鶴をつくり続けるなど、手先が器用だったそうです。そして、大学では紋様を研究する美術史の道へ進みました。その背景には、この西条のだんじり祭りを通して触れた大工さんの手仕事や、だんじりに施された美しい彫刻や刺繍を見て育ったことが影響していたようです。

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だんじりとは、西日本で開催されるお祭りで用いられる山車などのこと。装飾はそれぞれ異なり、見ごたえがある(撮影 : 藤田正紀氏)

「細かい作業や日本の紋様が好きでしたが、芸術家というよりかは、将来は美術史を学んで研究者の道に進もうと思って東京の大学に進みました。でも研究を進める中でつくっている側の方と話していくうちに、職人さんの生活や仕事を身近に感じるようになって、『自分も根気よくその道に進みたいと行動すれば、道が開けるかもしれない』と思うようになりました。なかでも着物の染色に興味をもったのは、当時していた料亭のアルバイトで着物文化の美しさを改めて感じたり、子どもの頃から着物を身近に感じさせてくれていた、祖母の影響があったと思います」

東京の伝統工芸、江戸小紋に惹かれる

実は東京都新宿区の地場産業は染色。落合川が流れる高田馬場〜早稲田のエリアには、いまでも染物屋さんがたくさん存在しています。德永さんは都内の美術館でアルバイトをしながら、大学4年生の夏頃から新宿界隈の染物屋など、さまざまな着物の染色を見て回りました。

「江戸小紋は、同じ柄が続いていく“続き紋様”です。見事に均一に染められた柄を見ていると穏やかな気持ちになれますし、無駄なものを削ぎ落として一見無地に見えるくらいの細かい仕事に、職人の心意気を感じ、近くで見るとさらに美しくつくり込まれているところに惹かれました」

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幾何学にデザイン化された「麻の葉」を変形させた柄。成長のスピードが早い麻は、子どもの成長や出世などを願う縁起の良い柄として好まれている

家柄や氏族を現す紋章を家紋といいますが、一説には、それが細かくなって柄となったものを着物の種類では「小紋(こもん)」と呼ぶようになったともいわれています。なかでも江戸小紋の技法は、武士の裃(かみしも)の模様付けで発展したといわれ、ねずみ色や茶色などの粋な渋さを好んだ江戸の町人にも愛好家は多く、柄のバリエーションも豊かになりました。

昔ながらの技法で江戸小紋を染める、藍田正雄氏への弟子入り

13メートルという長さの着物の反物に、15〜20センチほどの大きさの型紙を使い、糊をのせる。さらに型紙をずらして、糊をのせる…その作業を13メートル分、型紙の切れ目がわからないように繰り返し行う「型付け(かたつけ)」の工程は、「板場(いたば)」でピンと張り詰めた空気のなか行う、非常に高度な昔ながらの江戸小紋の技法です。

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寸分の狂いもないように慎重に型紙を置き、糊をのせる「型付け」が、一番神経を使う重要な工程だそう

現在では、技術も進歩して江戸小紋の柄そのものは機械で染めることもできるようになりましたが、德永さんは昔ながらの手仕事で生み出される独特の風合いを求めて、群馬県高崎市に工房を構える、小紋師・藍田正雄さんに弟子入りをお願いしました。全国を見ても、現代でも昔ながらの方法で江戸小紋を染める職人は数名しかいないそう。

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江戸小紋の代表柄と言われる「鮫」の伊勢型紙。和紙に柿渋を塗り、年月をかけて強度が高くなるようつくられた地紙に、親指の先ほどの大きさの中に彫刻刀で100以上の穴が彫られている

「2011年に大学を卒業して、東京から高崎に足を運んでは弟子入りをお願いしましたが、親方も当時71歳で、もう弟子もとれないし、人も足りているしお金も払えないと、いつも断られていました。でも、やる気や熱意は汲んであげたいといってくださり、そのお人柄も含めて、職人として生きていくためには親方しかいないと思っていました。通いつめて半年、5回目にしてやっと親方も根負けして弟子入りを許可してくれました」

大学で学んできた伝統紋様や江戸小紋が「好き」という感情と、「つくりたい」という思いが両立できる江戸小紋職人への道は、德永さんの並々ならぬ熱意と行動でスタートしました。

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群馬県指定重要無形文化財保持者であった親方、故・藍田正雄氏と

自分の感覚を身につけなければならない職人の技

「親方は、弟子でも作業した分は、仕事として成果をお支払いしてくださる方でした。後継者を育てるためにも、対価が発生しないと技術が向上しないという考えで。でも私はお金をもらえるほど仕事もできていなかったので、はじめの3年間はずっと辛かったです」

親方や兄弟子に質問をしても「それぞれが自分の感覚を身に着けないといけない」といわれ、いわれたその通りにしてもできないこともしばしば。

「できない、できる、できない、できる、できる…その繰り返しのうちに、少しずつ“できる”が増えていきました。仕事が面白いと感じるようになったのは弟子入りして4年目、日本伝統工芸染織展で入選したとき、兄弟子にも『色が良かったね』と褒めてもらえた頃からです」

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実際に入選した作品。右から順に、第48回 日本伝統工芸染織展 入選作「独鈷鈴(どっこれい)」、第50回 日本伝統工芸染織展 入選作「地落ち梅鶴(じおちうめづる)」、第63回 日本伝統工芸展 入選作「三ツ星割付菱(みつぼしわりつけびし)」

德永さんは、以前から将来は地元・愛媛県西条市に帰って独立したいと考え、親方にもその意思を伝えていたといいます。現代では染め物が盛んな土地ではない、遠く離れた西条の土地で独立をするためには、何が必要で何か足りないのか、入選を果たしたときからそんなことを意識して情報を集めるようになりました。

家族と地元の大工さんの協力で完成した工房

現在の德永さんの工房は、材木屋を営む父親の倉庫を改装してつくられています。柄をつけるために生地を貼る7メートルの柾目(まさめ)の一枚板は、現在は大変貴重で、親方や廃業した染物屋さんから譲り受けたもの。紋様を付けるための「板場」、色を付ける「しごき場」、生地に色を定着させる「蒸し箱」、生地を洗うための「水場」、色をつくる「染料場」もすべて一からつくったそう。

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色をつける前に、型紙を白生地の上に置いて、糊をのせ色が染まらないようにする(防染)作業をする「板場」。型紙や糊の具合を一定に保つために、作業中の湿度は80%以上にして行う

「江戸小紋は染める場所だけあれば完成するものではないので、伊勢型紙の彫師、道具をつくってくれる方など、いろいろな方との交流を積極的にしました。工房も全部同じものはないので、記録のためにメモをとったり写真を撮ったり。親方から独立した方のところに行って道具の調達先について教えてもらうこともありました」

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糊をのせたり、色をのせたり。似たような道具でもそれぞれの役目がある

弟子入りから5年半が経った2017年の春、「自分の道で、いい作品をつくってほしい」という親方からの言葉をもらい、帰郷。工房は父親が図面を引いて、地元の大工さんにつくってもらうことに。見たこともないものをつくることに大工さんも「やねこいね〜(難しい・手間がかかるという意味の方言)」というものの、小さい頃から見てきた德永さんが叶えようとする夢に一緒にワクワクしている様子だったといいます。

5月に工房をつくりはじめて、完成したのは9月。その後試作を経て、地域文化事業会社を営むお姉さんのサポートもあり、12月からネットショップで袱紗の販売を開始、反物は呉服店への納品や直販も行っています。

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左はお姉さんの有加さん。袱紗など小物商品の仕立ては、東京で洋裁師をしている妹さんが行う。「伊予小紋いちよう」は仲良し3姉妹の共同作業

家族がそばにいて、幼い頃から慣れ親しんだ環境からスタートできた素敵な工房は、ぬくもりで満ち溢れています。現在、1反仕上げるのに1カ月かかるという手作業はとても大変なものですが、それでも職人さんが手作業でつくった型紙や道具からは、目に見えないパワーを感じることができると、德永さんは話します。受け継ぐのは技術だけではなく、誰かの想いも含まれているのかもしれません。

西条から始まる新しい伝統・伊予小紋「いちよう」

西日本最高峰を誇る石鎚山(いちづちさん)に見守られ、川と海に囲まれる西条市。德永さんは地元の良さを次のように話します。

「昔は地元の魅力をうまく伝えられなかったのですが、みんなが小さい頃から知り合いなので安心する部分もありますし、応援してくれる人の声も聞こえます。西条には、西条祭りという大切な伝統文化があって、子どもも若者もお年寄りも、みんなが誇りに思って自主的に協力し行事をつくりあげる。そんな場所だから帰りたい、この場所でやりたい、と自然に思っていました」

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家のすぐ近くの波止場。この雑多な景色すら、伊予小紋の柄になる日が来るのかもしれない

今後は、オリジナルの柄をつくり、伊予小紋らしい作品づくりをしていきたいという德永さん。幼稚園時代一人ひとりに与えられたマークがイチョウだったことや、均一(一様)に染める江戸小紋の技などから屋号は「いちよう」になり、さらにそのイチョウの葉や、地元の霊峰・石鎚山もオリジナルの柄に起こしました。インスピレーションは西条での德永さんを取り巻く環境から得ることが多いようです。

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イチョウをモチーフにしたオリジナル柄。末広がりのかたちも、縁起がいい

だんじりを受け継ぐ西条の人々の気質は、德永さんの“技術を受け継ぐ”という想いにも通じ、着物の柄となってこの先もずっと続いていくことでしょう。着物は何世代にも渡って着ることができ、日本人の思いやりが詰まっています。德永さんの染めた着物に袖が通されることが、独立を支えてくれたあらゆる職人さんたちの気持ちや、西条の文化を守り続けてきた方々への恩返しとなりそうです。

勉強するために上京し、やりたいことを見つけて修行し、その技術を地元に持ち帰って仕事をしている德永さん。常に変わり続ける人生の中で、環境が変わっても、やりたいことは実現できる、ということを教えてくれているようです。

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小紋師

德永 早映(とくなが さえ)さん

愛媛県西条市生まれ。学習院大学文学部を卒業後、2011年に群馬県指定重要無形文化財保持者である小紋師・藍田正雄氏(故人)に弟子入り。5年半の修行を経て、地元に江戸小紋の染色技術を持ち帰り、工房「伊予小紋いちよう」を開設。現在は姉・有加さんの手がける地域文化事業会社(Saijo Gallery 株式会社)の伝統工芸染色部として、着物の反物や袱紗などの小物類を製作。
伊予小紋いちよう オンラインショップ
Saijo Gallery 株式会社

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