周到な準備のもと手に入れた、エコツーリズムという「生き方の実践」
B&B「あがいてぃーだ」経営 杉本達哉氏
鳥羽山 康一郎
2017/05/17 (水) - 08:00

沖縄県今帰仁(なきじん)村に、1日3組限定の宿があります。沖縄の言葉で「昇る太陽」の意味を持つその宿の経営者は、愛知県で自動車関連の商品開発に携わっていた人です。安定した生活から自然の中での暮らしへ180度シフトした理由は、「夢」の実現を目指して。しかし単に夢を追い求めるのではなく、長い時間をかけて周到に整えた計画や準備が、成功の背景にありました。

「自分の生き方はエコツーリズムだ」と思うまでの道のり

大学を卒業して、愛知県にある自動車関連メーカーに就職。技術職として商品開発に携わっていました。サラリーマンとしての仕事は大変で不条理を感じることもありましたが、開発を任されるようになり、部下も増え、それなりに楽しいものでした。しかし、一度しかない人生で「夢」を諦めてしまっていいのかという思いもあったのです。

その「夢」とは、沖縄へ移住すること。社会人2年目の夏、スキューバダイビングのツアーで沖縄を訪れたのですが、同じ日本の海とは思えないその美しさや、南国独特の甘い空気、食べ物や音楽すべてに衝撃を受け、「いつかここに住む」という夢を持つようになりました。当初は観光客目線の憧れでしたが、本気で移住するためには「どう生きるか」のコンセプトを明確にし、その手段としての「沖縄移住」であるべきだと考えたのです。どう生きるか──会社勤めをしながら、それを模索する日々が続きました。

きっかけを与えてくれたのは、とある自然学校でした。そこで自然と人との関わりや自然を伝える「インタープリテーション」技術を、さまざまなプログラムを通じて学びました。それらを実践する意味も込め、地域の親子を対象に自然体験プログラムを提供する自然塾も立ち上げ、代表として6年間活動していました。そして、沖縄で生きるためには「インタープリター」と「エコツーリズム」がベースになることに気づいたのです。インタープリターとは、目の前にある自然が持つ特別な意味を伝える技術を持った人。エコツーリズムとは、その地域固有の自然環境などの魅力を観光客に伝えることで保全を目指すという活動。これが観光の本来あるべき姿です。

サムネイル サムネイル

目的は、明確になりました。「B&Bスタイルの宿泊施設を生業として、宿泊されたお客さまを対象にエコツアー等を提供。沖縄の自然や歴史、文化を伝えていくため『エコツーリズムという生き方』を実践する」ということです。なぜB&Bかは、後でまた触れます。

具体的マイルストーンと15年間の収支計画表を作成

目的が決まり具体的に動き出したのが2005年、43歳の時でした。まずは土地探しから始めようと、自転車にキャンプ道具を積み沖縄本島を走ったのです。車で移動したり不動産屋さんに案内されたりしても、それは「点」でしかありません。そうではなく「面」を見たかったから。身体全体で空気を体感して、場所を決めたかったからです。

サムネイル

その時既に決めていた「生き方」を意識しながら1週間、510kmを走った結果、本島北部・本部半島エリア(名護、本部、今帰仁)に高いポテンシャルを感じ、的を絞りました。それ以来週末を利用して何度も通い、いろいろな土地を見ました。今帰仁を訪れたとき、美しく広がる東シナ海に面して集落が佇む素朴な雰囲気に何とも言えない居心地のよさを感じて、ここに決めたのです。居心地のよさは、ご縁と相性と言い換えてもいいかもしれません。2009年、47歳になっていました。

本格的に早期退職?開業への準備を開始したのが2010年の年明け。まず行ったのが、開業日の設定とそこまでの具体的なマイルストーンの作成です。さらに、その日(2010年1月)から15年間のすべての収支計画表を作成し、月単位で見える化を図りました。この2つを詳細に作ることで、いつ何をしなければならないか、いつどれくらいの出費が必要か明確になりました。万一計画から外れてもすぐに挽回するためのリスケジューリングも可能です。不安な点は、収支計画表で想定した集客数でした。これが外れたら収支は成立しませんので、どう集客するかに注力するようになりました。

あれこれ起こった想定外のこと

一緒に切り盛りしている妻とは、私が初めて沖縄を訪れたダイビングツアーで知り合いました。結婚するとき、いつかは沖縄に移住したいという夢は伝えてありましたので、移住そのものには合意が取れていたわけです。
実際の移住のときには、そのタイミングと方法について話し合いました。建築工事の終盤に、まずは自分だけ単身移住し、建築打ち合わせや開業のための具体的な準備を行う。近くのペンションでヘルパーとして管理人室に住まわせてもらえることになったので、実地の勉強や必要な備品の把握もできるという願ったり叶ったりの状態となりました。

予想が大きく変わったのが、建築工事の大幅な遅延です。工期を守るよう厳しい管理をしていなかったせいでしょうか。開業予定が5ヵ月ほど延びてしまいました。住み込んでいたペンションで妻と一緒にヘルパーをしたので、結果的に予行演習として有意義ではあったのですが。
予想をはるかに超えたのが、台風の威力です。頭では理解して覚悟もしていましたが、実際に台風の直撃を体験するとその威力のすさまじさに驚きました。

もう一つの想定外は、冠婚葬祭に関してのしきたりや習慣の違いです。ただ、こちらが知らないことを地元の方々が理解くださっているので、その都度親切に教えていただいています。地域の協力は、実にありがたいことです。

より深くお客さまと関わるための「1日3組限定」

「あがいてぃーだ」が採用しているのは「B&B=Bed and Breakfast」という、食事は朝食のみ提供する方式です。近隣には個性豊かでおいしい店がたくさんあるので、地元におカネを落としていただきたいという気持ちと、夕食まで対応すると本来やりたいことに時間を割けなくなるという2つの理由からです。宿泊を1日3組までに限定したのも、夫婦2人だけで切り盛りする上でより深くお客さまに関わることができる限界の数だと思ったからです。エコツーリズムという生き方を選定し、それを宿泊施設という形で提供するからには、大げさですが「寝食を共にする」関わり方をしたい。より深い関係を築き、サービスを提供するためにはベストな選択だと思っています。

サムネイル

これまでのスキルや経験がマネージメントに生きる

私が飛び込んだ世界は、サラリーマン時代とは全く異なるものです。しかし、その中でも生かされているのが「物事の考え方・進め方」です。商品開発に携わっていたのですが、その仕事は商品企画の段階で決められたコンセプトを受けて、設計し具現化すること。つまり「想いを形にする仕事」です。大切なことは、絶対にぶれないコンセプトをいかに設計に落とし込めるかです。例えば「4人家族がゆったり乗れるファミリーカー」の場合は広々とした車室内で会話が弾むよう静粛性を重視した内容やエンジンを設計するはずです。これがスポーティな車体やエンジンサウンドを強調する車を設計したとしたら、それがよいものでも商品にはなりません。コンセプトを明確にし、達成手段はそれに沿って考えること。この発想は、沖縄での生き方を考える上で大いに活かされました。

また、自然塾時代の経験も大いに役立っています。自然塾で行っていたことを沖縄で実践すると決めていたのですから、提供するプログラムを企画して実行するまでの流れはずばりそのものです。また、少し抽象的になりますが、物事に真剣に向き合っていると、必要なときに必要な人と出会い、手を差し伸べてくれることを実感しました。自然塾活動への協力者や資金集めなどの問題に直面したとき、活動に寄せる想いをいろいろな場で熱く語っていると、必要な仲間が増えていったり助成金を受けられるようになったりしたことに驚いたものです。

人生のコンセプト、目的と手段を明確にすることが道を開く鍵

地方へ移住、起業(開業)を考えている人にとって、そのための資金作りと現在の収支についてとても気になるところでしょう。私は51歳で早期退職したのですが、当時はまだ2人の息子が大学生で学費もかかるし、自宅のローンも残っていました。そこで、学費やローン残金と移住後の当面の生活費を確保した上で使える自己資金を把握し、足りない分は新たにローンを組むということで資金計画を立てました。開業して2017年で4年目を迎えますが、突発的に大きな出費がない限り、今のところ夫婦2人で暮らしていけるだけの採算は取れています。

当初、開業3年後に想定していた集客数を初年度に達成でき、その後も順調に集客できているのが現状です。ただ、サラリーマン時代と違い、月によって集客がばらつきますので今年の売上が来年も保証されているわけではありません。コンセプトを守り初心を忘れることなく、常に軌道を微修正しながら新たなことにもチャレンジしていくことが大切だと思っています。

地方移住や地方起業に限ったことではありませんが、「Xのために(目的)、Yをする(手段)」という人生コンセプトを明確にすることが大切です。決して目的と手段をはき違えないこと。ときに「Yをすること」が目的となってしまう場合がありますが、これでは環境の変化や何か外乱に遭ったとき方向性を見失ってしまい、軌道修正できなくなります。地方移住の場合、移住はあくまでも「目的」を達成するための「手段」。移住そのものを目的としないことです。

「準備8割」という言葉があります。本番で成功するか否かの80%が準備で決まるという意味です。そして準備のために必要な力は「想像力」だと思います。未来のことは誰にもわかりませんが、想像力をフルに働かせ、考えられるすべてのことに準備を重ねていれば、見えない未来に灯りを照らすことができるはずです。あとは本番に挑むのみです。
真剣に夢に向き合うあなたの姿に、きっといろいろな人が手をさしのべてくれるはずです。何かを始めるのに決して遅すぎることはありません。夢に向かって共に歩き続けましょう。

サムネイル
サムネイル

B&B「あがいてぃーだ」 経営

杉本 達哉さん

静岡市生まれ。大学卒業後自動車関連会社に勤務。1986年に参加した沖縄のスキューバダイビングツアーで沖縄移住を決意する。後に、その時知り合った女性と結婚。会社勤務の傍ら自然塾も設立、運営。2013年に51歳で早期退職し、沖縄今帰仁村で奥さまとともにB&B「あがいてぃーだ」をスタートさせる。

Glocal Mission Jobsこの記事に関連する地方求人

同じカテゴリーの記事

同じエリアの記事

気になるエリアの記事を検索