福岡の小さな醤油屋が起こした奇跡。独自の戦略でヒット連発の食品メーカーへ(後編)
株式会社久原本家グループ本社
GLOCAL MISSION Times 編集部
2019/11/16 (土) - 08:00

「茅乃舎(かやのや)だし」「キャベツのうまたれ」「椒房庵(しょぼうあん)のあごだし明太子」など、福岡から魅力的なヒット商品を発信し続けている「久原本家グループ」は、実は小さな醤油蔵をルーツに持つ創業126年の老舗企業。いかにして地方の醤油屋が、グローカルに展開する食品メーカーへと生まれ変わったのか。代表取締役社長の河邉哲司さんに、挑戦の歩みと成功の秘密をうかがった。

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福岡の小さな醤油屋が起こした奇跡。独自の戦略でヒット連発の食品メーカーへ(前編)

キーワードは感動。誰かに言いたくなるものを作れ

河邉社長は企業理念も新たに掲げ直した。「モノ言わぬモノに モノ言わす モノづくり」。もともとは、ある会合で知り合った岡山の民宿オーナーの言葉だったという。

「初めてこの言葉を聞いたときに、すごく鳥肌がたったんです。私がやろうとしていること、私が思っていることは、この言葉で代弁されるなと思いました。まさしく食べ物はモノを言わないけれども、おいしくて感動したら、人は誰かに言いたくなる『あんた知っと??』と言いたくなるんです。口伝えほど強いものはない。そうやって見事に広がったのが『茅乃舎だし』でした。これなんかは、たくさんの皆さんが買って下さって、『私が気に入っているの』とみんなに配ってくださったことで、全国に拡がっていった。これはびっくりなんです。そういうことがまさしく、『モノ言わぬモノに モノ言わす モノづくり』なんですね」

今回お話をうかがった久原本家グループ本社 代表取締役社長 河邉 哲司さん

今の時代だからできる、地方企業の戦い方

「久原本家グループ」の特異性は、売り上げの構成にもみられる。問屋や量販店への卸販売は少なく、メーカーでありながら、売り上げの大半を通販や直販といった、消費者とのダイレクトな取引が占めているのだ。と同時にそれは、大きな強みでもあると河邉社長はいう。多くの消費者とつながっているから、ニーズも直接聞くことができ、次の商品開発に活かすことができるからだ。実際、そうして生まれた商品も数多くある。

「極めて特異なビジネスだと思います。でもこれは、地方のこういう企業だからできるビジネスモデルだと私は思っているんです。田舎の小さな企業で、旧態依然とした業種ですよね。醤油屋、酒屋…。そういう業種でも、やりようによっては、やれる。そういうものが少しでも発信できればいいなぁと思っていて。今は店舗を持たなくても、通信販売でお客さんとダイレクトに売ることができるんですから。逆に言えば、地方の中小企業が生き残れる時代になったと思います」

ただし、実際にアクションを起こせるかどうかは、また別な話。経営陣が「難しい」と判断すればそれで終わりで、挑戦してみないと道は拓けない。その決断力、行動力こそが、「久原本家グループ」の進化を導いてきた。

「これはオーナー企業だからできるんですよ。大手だったら、取締役会をして、社内決裁を通すにも時間を要してね、『それ失敗したらお前責任取れ』みたいな話になるわけですよ。そんなこと言われたら誰もしたくないですよ。でも我々は挑戦するしかないから。そこの違いはものすごくあると思います」

本物の調味料を使った、正しい日本食を世界へ

2016年からは海外進出にも挑戦している。ベトナム・ホーチミンに日本料理店を出店。アメリカには「茅乃舎オンラインショップUSA」を立ち上げた。

「ベトナムにはあともう1軒、作るかもしれません。今はレストラン業からスタートしてますけれども、将来はASEANの基地になるようになればいいなと思っています。これだけ寿司や和食が世界中に広がっているわけですから、その基礎である、だしだったり、醤油という食文化をもっと広げていきたいなぁと思っているんです」

ベトナム・ホーチミンにオープンした日本料理店「KUBARA」

長年の経営難を脱出し、販路がようやく全国に開かれたと思ったら、すぐに海外進出。その決断の速さと行動力にも目を見張る。

「そうしないとね、飯が食えなくなるのが明白だからですよ。10年後、20年後、30年後に、人口が減ってどうしますか?というのは現実的な話で。そうなってから海外に進出しようと思ってもやっぱり難しいですよ。これは時間がかかりますから。コツコツいろんな勉強をしながら少しずつ拓けていくものだと思うので、あえて早い時期から挑戦しようと考えたんです」

最近は国内の店舗でもインバウンドの売上が存在感を増してきた。

「特に東京駅とかミッドタウンとか新宿とかは、インバウンドのお客様がすごく多いんです。やっぱりそういう方々を取り込んでいくことで、海外の知名度が上がっていく。特に台湾なんかすごいですよ。催事をすると香港やシンガポールでは『だし屋』と呼ばれているんですが、台湾だけは台湾語で『茅乃舎』と呼んでいただけているんです。だしではなく、ブランドとして認知されているんです」

その一方で気になっていることもある。和食人気の高まりに乗じて、中国や台湾などの企業が、日本のものに似せて作った調味料が出回っていることだ。

「例えばイタリアンなら、料理もイタリアの食材も世界にどんどん出て行っていますよね。ところが和食の場合、和食を作るにはこれがないとだめだよね、ということにはまだ残念ながらなっていないんです。なんちゃって調味料がいっぱい出回っていても、海外の人は、日本のものか、中国のものか、台湾のものかわからない。それってまずいじゃないですか。すごくもったいない。本物の調味料を使った、正しい日本食を広めたいと思っているんですよね」

社会への恩返しを忘れてはいけない

「久原本家グループ」は社会貢献活動も活発に行っている。障がいを持つ人々の絵画作品を段ボール箱や配送車のデザインに活かす「くばらだんだんアートプロジェクト」の他、災害の被災地にも幾度となく支援活動を行ってきた。

「社会に恩返しをしていきましょうという考え方です。我々の今日があるのは、諸先輩や先祖の徳があってこそ。だから今、我々が徳を積まないと、後輩たちの将来がないよねという思いがすごく強いんです。なぜなら初代が私財を投げ打って久原村に貢献したり、2代目が村にたくさんの寄付をしたり、といった過去を考えるわけですよね。それを我々は近年していなかった。できる環境になかった。それがやっと、そういうことができる環境になったわけだから、どんどんしないといけないね、ということなんです。そのなかで私が特に言っているのは、やっぱり額に汗をしてやらないとダメだよね、ということ。お金を出して社会貢献というのはね、本来のこととは何か違う気がする。だから『くばらだんだんアートプロジェクト』というのは、ものすごく価値があると思っています」

このプロジェクトは当初、1つの部門が担当していたが、今では新入社員たちが1年がかりでテーマの選定から絵の募集や表彰式まで地元財界を巻き込んでの一大イベントとなっている。

「学生さんむけの会社説明会でね、社会貢献のことをよく質問されるわけです。じゃあ若い人にそういうことをしてもらうといいのかなと思ってスタートしたんです。すごく生き生きと楽しんでやってくれていますよ。この活動のように、田舎の小さな企業がゆえにできることがたくさんあるわけでね。そういう自分たちにできる範囲のことを粛々とやっていきたい。それを見て、『それいいね!うちもしようか』という輪が広がっていけばいいなと思っています」

誇りや勇気を与えられる企業になりたい

新卒社員の採用にも毎年力を入れており、20代社員の比率は3割を超えた。定着率の良さも同社の自慢だ。

「若手がいろいろとやろうとしてくれているんで、まぁ私は退場するのみになっています(笑)。今後は若者中心で新しいブランドも起こってくると思います。きっと皆さんに驚いていただけることをしますから、楽しみにしていてください」

茅乃舎 東京ミッドタウン店

ヒット商品を飛ばすたびに、期待値が上がっているのもひしひしと感じていると話す河邉社長。その期待をひらりと超え続けることが、これからの課題だと河邉社長は語る。

「期待値が上がるのはある意味、きついんですよね。でもそれを超えたとき、『さすが!』と言ってもらえる。我々は、『さすが!』と言い続けてもらえる企業でありたいと思うんです。そのためには、皆さんが思わない商品だったり、ブランドだったり、いろんなことにチャレンジし続けなければならない」

通販に挑戦し始めた頃、忘れられないことがあった。新聞に一面広告を出したところ、東京のお客さんから電話がかかってきた。

「我々は久山という地域で生まれた会社なんですが、『福岡のしかも久山の田舎企業が全国紙の一面に広告を出すなんて夢にも思わなかった。がんばれ!』と言ってくださったんです。その方も喜んでいましたが、私もうれしかったですねぇ。すごく励みになりました。こんな田舎の小さな企業でも、チャレンジを積み重ねていけば、何かができる。久山の人たちが、『久原本家』があることを誇りや自慢に思ってもらえるようになったらいいよねと、社員たちといつも話しているんですよ」

「久原本家グループ」の挑戦と快進撃は、久山の人々だけでなく、地方を拠点にビジネスを志す人々にも勇気をもたらしているはずだ。

久原本家グループ本社 代表取締役社長

河邉 哲司さん

昭和30年(1955年)福岡県久山町生まれ。福岡大学を卒業後、昭和53年(1978年)に家業である「久原調味料㈱」に入社。入社とほぼ同時に実質的な経営を任され、平成8年(1996年)から現職。「椒房庵」「茅乃舎」といったヒット商品の生みの親であり、日本では初めてともいわれた調味料のブランドビジネスを成功させた。

株式会社久原本家グループ本社

1893年(明治26年)創業の醤油蔵を原点に持つ、福岡発の総合食品メーカー。「製造小売り業」というビジネスモデルが強みで、食品メーカーでありながら、直販と通信販売が売上の大半を占める。現在は、レストラン「茅乃舎」から生まれた化学調味料・保存料無添加の調味料・食品ブランド「茅乃舎」、明太子ブランドの「椒房庵」、「キャベツのうまたれシリーズ」などを販売する「久原醤油」という主に3つのブランドを持つ。直営店は全国の主要駅や空港、ショッピングモールに26店舗。ベトナムにもレストランを2店舗。アメリカにもECサイトを展開中。従業員数1237名(2019年1月末)。売上高約260億円(グループ連結2019年2月期)。

住所
福岡県糟屋郡久山町大字猪野1442番(本社)
会社HP
http://www.kubarahonke.com/

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