地域の「余白」にどんな未来を描くか?/アイデア会議レポート
鳥羽山 康一郎
2018/08/10 (金) - 08:00

地方創生にまず必要なのは、そのエリアの「売り物」だ。これがはじめから備わっていれば、大きなアドバンテージを得ることができる。有名温泉地を抱える、熊本県の南小国町もそのひとつだ。町全体に観光客を呼び、移住地としての魅力を訴求するためユニークな施策を次々と打ち出している。町長自らやってきた東京・渋谷のU・I・Jターン促進イベントを取材した。

ローカルベンチャー推進への一手

連日の猛暑が少しだけなりを潜めた7月26日、東京・渋谷のNPO法人ETIC.にて「余白デザイン作戦会議」なるイベントが開催された。主催は、熊本県の南小国町ローカルベンチャー推進協議会。そもそもこの推進協議会は2016年、地域の新たな経済創生のために8つの自治体が賛同して発足した団体だ。ETIC.が運営事務局となり、ローカルベンチャーの輩出や育成を目指す。南小国町は2018年4月に参画したばかりだ。

会場のイベントスペースには、デスクがいくつかの島ごとに置かれ、参加者は三々五々好きな場所に座る。参加者は最終的に22人を数えることができた。男性がやや多い。年代は30代が多いと感じた。2018年6月にやはりETIC.が主催したイベント「日本全国!地域仕掛け人市」で南小国町のブースを訪れた人々が中心層である。

イベントは、南小国町のキーパーソン3人によるスピーチとトークセッション、「余白デザイン作戦会議」、そして交流会という構成だ。キーパーソンの中には町長の髙橋周二氏もいる。42歳で当選した、バイタリティあふれる町長である。今回は、U・I・Jターンを促進するためのトップセールスと言うこともできるだろう。

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「弱み」に生まれるのが「余白」

このイベントを取り仕切るのは、一般社団法人フミダス。熊本で、若者たちに魅力と感じる仕事環境を創出するため「実践型インターンシップ」などを手がける団体だ。代表理事の濱本伸司氏は言う。

「ひと言でU・I・Jターンと言っても、さまざまな形態があります。その地域への関わり方を見据え、一緒に考えるのがこのイベントです。南小国町の現状を見ていくと課題、つまり弱みも見えてきます。我々はそれを『余白』と呼び、ここにこそ関わる余地が生まれるんです。自分も一緒に何かできそうと思うことができる余白ですね」

表題に掲げた「余白デザイン」とはうまいネーミングで、弱みである余白をどうデザインしていくか、それを強みに変えるアイデアは何かを、参加者全員で話し合おうという意味がある。

イベントは濱本氏のMCにより、まずはそれぞれの島に座っている参加者同士の自己紹介から始まった。初対面の垣根は、そこである程度低くなる。ほぼ同じベクトルを持つと思われる人々であるが、首都圏在住の九州人も多いのではと筆者は感じた。

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「黒川一温泉」から「黒川一ふるさと」へ

南小国町のキーパーソンたちによるトークセッションは、髙橋周二町長の挨拶の後、黒川温泉初の女性組合長である北里有紀氏のスピーチからスタート。知名度が高い温泉だけあり、南小国町を訪れたことのある参加者のほとんどが黒川温泉を目的としていた。北里氏の「御客屋」は同町最古の温泉旅館で、2022年に創業300年を迎える。黒川温泉への年間訪問客はおよそ100万人(町の人口は4000人弱である)。30軒の旅館が、「黒川一旅館」のスローガンのもと団結してアイデンティティを統一したり全旅館で使える入湯手形を発行したり、集客が収益に結び付くアイデアを重ねてきた経緯を持つ。熊本地震後は、「黒川一ふるさと」というエリアをより意識した姿勢に変わった。

しかし、黒川温泉に観光客は来ても南小国町全体に波及していかないのが実情だった。これはという飲食店が少ないため、チェックアウト後はすぐ町外へ出てしまう。アクティビティも乏しい。町としての売り物が黒川温泉以外に見られなかったのだ。ここが「余白」である。

東京から南小国町に引っ越して1カ月というハマサカミヤコ氏は、圧倒的な景観と都会とは違う時間軸に惹かれて来た経緯について語った。もとNGOの職員だったというハマサカ氏はフミダスが行う「バンソウ! プログラム」の一環として南小国町に3カ月という期限を切って「住み込んで」いる。これは、地域で何かはじめたいと思っている人をサポートし「伴走」するプログラムだ。ハマサカ氏の住まいはまだ東京にある。

「出逢う人みんなが魅力的なんです。毎日町の共同浴場でおばあちゃんや移住者や子どもたちと話し込んで、よけいそれを感じています」

長い歴史や地形的なことにも興味があり、「いろいろないいところがつながって、ひとつの魅力になっている感じ」だという。

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黒川温泉をハブにして町全域に波及

トークディスカッションは、3人のキーパーソンがそれぞれの現状と思いを述べつつ、南小国町としての方向性に収斂させていく。

南小国町に既にある売り物は、もちろん黒川温泉だ。それをハブにする戦略はごく自然に生まれた。ちなみに南小国町のGDPを試算するとおよそ 120億円。このうち黒川温泉が80億円をまかなっている。

「日本版DMO(地域で稼ぐことを目的とした組織)のモデルではないだろうか」とMCの濱本氏も言う。既に多くの人を呼び、稼いでいる産業があるのだ。

北里氏は「黒川温泉は、世代交代が早いんです。いまの温泉組合幹部は30代・40代。私たちの父親世代のときからそうなりました」と語る。長老のような世代が仕切っている温泉街が多い中、これは異例の若さだ。しかも30軒の旅館のうち8割が、既に後継者が決まっているという。

さらに今年になって「黒川未来会議」を発足させた。熊本地震で温泉手形の売上が減少する中、必要なお金をどうやって稼ぎ、町に回していくかを考える会議だ。条例を変え入湯税を積み立てられるようにできないか、それを町の予算にして何に使っていくか、真剣に議論している。黒川温泉が脈々と抱いてきた「競創と共創」──全体のことはみんなで話して決めて実行するという考えが、その土台だ。

「町の余白を挙げてみてください」という濱本氏の振りに、髙橋氏は「余白はたくさんあります。飲食、農産物の二次加工機能、子どもたちが学ぶ環境もそうです」と列挙。温泉旅館以外の事業承継にも悩む。

ハマサカ氏は「災害に強い、持続可能な町づくりに関心があります。黒川温泉以外にもうひとつ産業の柱があれば、と思いました。イノベーティブなのか教育関連なのか、美しい自然を活かすのか……。そういったものが未来につながっていくんじゃないでしょうか」と話す。

こういった余白を提示し、参加者がアイデアを出し合う「余白デザイン会議」が次のプログラムとして始まった。

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移住意欲はグラデーション

参加者は、「ガッツリ関わりたい=具体的に南小国町への移住や起業を考えている」「ゆるく関わりたい=東京と南小国町との二拠点居住」「第二町民的に関わりたい=東京にいながらオンラインなどで関わる」という3つのグループに分かれてディスカッションを開始。濱本氏は「妄想会議ですから」と、自由な発想でいろいろなアイデアを出してほしいと促す。それぞれのグループの人数は、ガッツリ<ゆるく<第二町民というグラデーションを描く。小国町のキーパーソンたちが、サポート役としてテーブルに入る。

ガッツリ型の人たちは既に南小国町移住に向けて動き始めている。いままでのキャリアを活かし、何をはじめるか青写真を描く。ゆるい人たちは、住む場所はじめどうやったら二拠点で関わることができるかを、サポート役に質問。第二町民は、サポート役の人たちが具体的に何をやっているかを聞き出していた。3グループとも、熱量がだんだん上がってくる。

最後に、各グループからディスカッション内容を発表。新しいアイデアも続出した。そして南小国町側も、サポート体制をしっかりと敷いていることを話す。ガッツリ型には「ローカルベンチャースクール」、ゆるい人たちには「地域おこし協力隊」、第二町民に対しては「案内ツアー」を紹介。興味を持つ人たちを逃さない戦術を採っている。

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「余白」それは「伸びしろ」

会議終了後は、南小国町の特産品でつくられた軽食が供された。阿蘇牛のローストビーフ、地元野菜のピクルスなどだ。北里氏たちが仕込んできた。それらに舌鼓をうちながら、参加者はさらに話が弾む。

九州出身の男性は、「東京へは仕事の修業のために来ている。近い将来は南小国町も含めたUターン先を選んでみたい」と話してくれた。また、やはり九州出身の参加者は「移住やUターンに前向き。『移住ドラフト会議』にも出てみるつもり」と明かす。進む道筋を確かめるために、背中を押されるために、明確なビジョンを描くために、このイベントが果たした役割は大きい。

稿を締めるにあたり、北里氏が語った「人が重要」という一説を再録したい。いわく、「個性の強い人物が多く、退屈している場合ではないと思わせてくれる」のだ。また、南小国町のユニークな存在に会いに行く「人めぐりツアー」を組むこともできるそうだ。この日のイベントに居合わせた人たちとネットワークをつくり、ぜひ来てくださいと呼びかけていた。自然環境や産業の隣に「人」という資産が並ぶ。

「学び、挑み、創る」──髙橋町長の目指す町づくりには、想いを持って挑戦する人材が必要だ。呼び込む、育てる。そのためのアイデアは関わる人たちから温泉のように湧き出し、しかも熱い。

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[南小国町とは]
熊本県阿蘇郡に属する町で、知名度の高い黒川温泉を有する。観光の他は農林業が主産業。筑後川の源流があり豊富できれいな水、清純な産物、きれいな心の人を合わせた「きよらの郷」をテーマとしている。南小国町ローカルベンチャー推進協議会では、地域の弱み(課題)にこそ人の「関わりしろ」が生まれ、関わる人が集まりやすいよう各種イベントを積極的に行っていく。

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