地域芸術祭がもらたす、インバウンド誘致と地方移住/地域活性機構 リレーコラム
亀和田 俊明
2018/11/09 (金) - 08:00

2000年代に入って地域を舞台にした「芸術祭」と呼ばれるアートイベントが各地で開催されています。新潟県の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」に端を発し、人口減少、少子高齢化にある地方自治体が「アートの力」を使って地域を活性化するという試みが増えていますが、日本の特徴でもある地域の「芸術祭」について、最近の現状や課題を踏まえ今後の方向性を考えてみたいと思います。

「大地の芸術祭」成功で「国際芸術祭」が各地で林立

わが国では1990年代に多くの企業がメセナ活動を行うなかで芸術への関心が高まり、地方自治体も同様に文化芸術の振興に注目し、各地で協創的な芸術活動の動きがありました。以前は、最新動向の紹介や文化交流などを目的にした「芸術祭」が開かれていましたが、2000年に新潟県の中山間地域である越後妻有地域で第1回の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」が開催されたことで、地域活性化として取り組む「芸術祭」が増えていきます。

地域の住民や小さな自治体が手作りで取り組む例もありますが、最近では各地で大規模な「国際芸術祭」が増える傾向にあります。「大地の芸術祭」は、東京23区よりも広い全域の里山を舞台にした野外における現代美術展でしたが、会期の前半は閑古鳥が鳴いていたものの、徐々に口コミで人が訪れるようになり、自然の中でのアート鑑賞に旅や食の魅力も加わり、回を重ねるごとに地域や国を超えて来訪者が増えています。

過疎・高齢化が進む里山で現代アートを見せる「大地の芸術祭」のようなアートイベントは地域を元気づける日本独特のもので世界でも例のない試みでした。地域の伝統である里山文化と現代アートというミスマッチともいえるものの融合を通じ、地域や年齢など属性を超えたさまざまな人々の交流を生み出すことで、地域を刺激し、地域の魅力を高め、交流人口を増やし、地域を活性化させていく「芸術祭」として経済的な効果も含めて大きな成果を上げています。

広域での展開で地域全体をミュージアム化したことにより、地域住民の広範な参加を促し、来場者の回遊性を高め、成果も地域全体に波及するようになっているほか、世界的なアーティストによる作品を多くしたことで、わざわざ地域を訪問してみる価値のある「芸術祭」になったといえます。年々来場者が増えていますが、日本における「芸術祭」ブームの先駆けといえます。

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大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ

「芸術祭」開催は人口減少地域と地方都市の二極化へ

昨今の「芸術祭」は大都市で開催されるものもありますが、里山や島など人口減少地域と地方都市で開催されるものが顕著です。特に人口減少や少子高齢化などにより疲弊している里山や島では、新たな芸術を創造するとともに地域の魅力の向上、活性化を図ることが目的ですが、魅力発信により来場者を増やすことで経済的効果を生み、外国人誘客や移住促進などにつなげるという狙いもあります。こうした観点から代表的な「芸術祭」について触れます。

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(資料:各芸術祭の報告書を基に筆者作成)

■大地の芸術祭(2018年7月29日~9月17日)
3年に一度開かれますが今年で7回目。44の国・地域の芸術家の作品378点が展示され、客数が54万8,380人と過去最高を更新し、前回に比べ7%増えました。要因としては写真映えする作品が多く、SNSによる発信力が強まったことや口コミなどが集客増につながったとみられるほか、親子連れや高齢者など、これまで芸術祭に関心が低かった層にも浸透したといいます。最も客数が多かった作品は、新作の清津峡渓谷トンネル内の「ライトケーブ」の8万484人。拠点施設では、越後妻有里山現代美術館キナーレが7万9,674人と前回より39%増えました。

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清津峡渓谷トンネル内の「ライトケーブ」。先端まで進むと、六角形の結晶になった岩や渓谷が見える

■瀬戸内国際芸術祭(2016年3月20日?4月17日、7月18日~9月4日、10月8日~11月6日)
美しい瀬戸内を船で巡りながら、島の自然や文化に溶け込んだアートを体感する現代アートの祭典です。3年ごとに国際芸術祭として開催されますが、2016年はこれまでの芸術祭に引き続き、「海の復権」をテーマに 瀬戸内海の 12 の島々と2 つの港周辺を舞台に、会期を春、 夏、秋の 3 つに分けて3 月 20 日から計 108 日間開催されました。34 の国・地域から 226 組の作家が参加し、作品数は 206 点、37のイベント数が行われ、客数は過去最高となる104万50人で、約132億円の経済効果があったとされます。

外国人客と移住者が増えている里山や島の「芸術祭」

今年の「大地の芸術祭」では外国人の増加も目立ち、案内所を訪れた客のうち1割強が外国人といわれ、前回の約3倍に増えています。「大地の芸術祭」を目的に来日する人も少なくありませんし、「こへび隊」と呼ばれる公式サポーターでも登録者数の7割近くを外国人が占め、同芸術祭を支えています。アジアなど海外から期間中サポートしている学生などもおり、外国人ボランティアは数百人規模にのぼるといいます。

2016年の「瀬戸内国際芸術祭」には約104万人が訪れましたが、アンケート調査に答えた15,305人の中で、外国人客は13,4%(前回2,6%)に当たる2,044人が来場するという高い数字を示しました。また、都道府県別の外国人延べ宿泊者数の伸び率では、開催地である香川県が全国トップとなっていますが、この背景には同芸術祭がアジアや海外でのPR強化や多言語対応スタッフの設置、翻訳機能付きタブレット・スマホの配備などしたことが大きく寄与しているといわれます。

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(資料:「瀬戸内国際芸術祭2016統括報告書」より)

一方、「瀬戸内国際芸術祭」では会場のひとつ男木島には2013年以降に30人以上が移住して小中学校と保育所が再開したほか、小豆島では2013年以降に「I・Jターン者」が年平均で225人にも及び、子育て世代を中心に700人以上が移住。直島でも首都圏から若い世代が移住し、年2%強の人口減少率が1%程度にまで改善され、下げ止まり傾向がみられるといいます。それぞれの島では移住者が増えることで地域に活気が戻ってきています。

「大地の芸術祭」では開幕前に芸術祭作品、芸術祭に関わる仕事をする人の紹介や作品群が点在するエリアにある棚田を鑑賞し、地元住民や先輩移住者との交流を交えながら食事や古民家再生デザイナーズ住宅の見学もできる無料の「十日町市移住体験ツアー」が開催されました。なお、このツアーは年に3回開催されています。こうしたツアーも功を奏しているのか、「大地の芸術祭」がきっかけとなり、2015年までに16人以上の若者が移住しているといいます。

昨年、初めて「奥能登国際芸術祭」が開催された珠洲市は、過疎化が進んでいますが、近年移住する人が増え、ここ2、3年で毎年100件近くの問い合わせがあるなかで、20~30人が移住しています。金沢大学と行われている地域連携プロジェクトの「能登里山里海マイスター育成プログラム」修了者の中にはそのまま移住する人もいるほか、同芸術祭実行委員会事務局にも移住者が数人在籍しているといいます。

地域・アーティスト・来場者一体となった「芸術祭」へ

地域を舞台にしたアートイベントが各地で盛んに開催され、なかでも国内外からアーティストを招聘し、地域の名を付け、自治体が支援する「国際芸術祭」が、日本ほど大規模かつ多様に開催されている例は世界でもまれです。それも2000年以降のわずか20年弱の期間に創設された「芸術祭」ばかりですし、単に芸術作品を展示、紹介する文化イベントの枠を超え、社会性を持っているだけに長期的なスパンで見守ることも必要でしょう。

今回、紹介している地域で開催される「芸術祭」は3年に1回、或いは2年に1回の開催のものが多いこともあり、経済波及効果は地域の発展にとっては短期的な効果しか期待できないともいわれています。地域の産業や生活を長期的に支えるためには、地域づくりの担い手不足という課題がありますから「芸術祭」の開催をきっかけに移住・定住する人や地域と多様に関わる関係人口によって新たに地域の産業を振興することも期待されます。

朝日賞に続き文化功労者に選出された「大地の芸術祭」や「瀬戸内国際芸術祭」などの総合ディレクターを務めた北川フラム氏は「アートを育てるのは赤ん坊のように手間がかかるけど、地域や人々と化学反応を起こしてくれる」と述べていますが、「大地の芸術祭」も開幕当初は閑古鳥が鳴いていたということを考えると、早急な結果を求めるだけではなく、より地域とアーティストや来場者が一体となって創り上げていくことが必要です。

このように地域の「芸術祭」は全国で急増しており、その乱立には批判の声もあるほか、一過性の町おこしと揶揄されもしますが、インバウンド招致や移住への役割も果たしています。里山や島など人口減少地域で開催される「芸術祭」は、特に手間と時間がかかりますし、地域住民との関係性において摩擦を生むこともありますが、訪れる人たちだけではなく、それを迎える地域の人たちも「芸術祭」をきっかけに地域を再発見しているだけに、地域に根付く、生活に根付くようなものとして継続されていくことが望まれます。

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