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ゲレンデは地域を持続可能にさせる!全国30以上のスキー場再生を手掛けた企業とは
株式会社マックアース 代表取締役CEO 一ノ本 達己さん
GLOCAL MISSION Times 編集部
2018/05/26 (土) - 08:00

経営難に陥った地域のスキーリゾートをグループ化して、その再生を図るリゾート施設運営会社「マックアース」。これまでに全国30以上のスキー場を再生へと導いてきた同社の始まりは、兵庫県養父市・ハチ高原の小さな食堂だったという。地域の食堂がなぜ、「持続的な中山間地域の創造」を掲げてリゾート再生に取り組むまでになったのか。代表取締役CEOの一ノ本達己さんに話を聞いた。

「冬はスキー宿、夏は野外学習施設」のモデルをつくったのは父

―まず、御社で取り組まれているビジネスについて教えて下さい。

スキー場と、それに付随したホテルの運営が事業の柱です。創業は1961年で、もともとは親父が兵庫県(養父市)ハチ高原に食堂をつくったのが始まり。当時、ハチ高原にはリフトもなく、宿の人が板を数組まとめて山の上に運び、お客さまは手ぶらで登ってスキー板を履いて滑ってくる、そんな時代でした。だからゲレンデに行っても食事をする所がない。そこで親父が食堂を始め、翌年には6部屋ある山小屋を建てて宿泊事業もスタートしました。

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ハチ高原につくった食堂「白樺荘」

―もともとお父様は山が好きでビジネスを始めたのですか?

父はもともと農家で冬は出稼ぎに行っていたのですが、母の体が弱く家を空けることが不安ということで、食堂を始めたそうです。ハチ高原自体、もとは畑を耕す牛を飼う放牧地。木がなかったので、冬に雪が降ったらゲレンデができることからスキー場になり、平成初期のスキーブームに合わせて宿も大きくなっていました。スキー客向けの宿を経営する傍ら、父は私が生まれた翌年の68年に「夏の野外教育」という事業も始めました。スキー場は夏が暇なので、その間は林間学校や野外学習のアウトドア活動を受け入れることにしたんです。「教育効果を上げる野外学習施設」といった作り込みをして、4月の頭から10月の中旬ぐらいまでほぼ休みなく学校関係者に利用されていくようになりました。大阪や兵庫の学校関係者の間では、評判が良かったようです。このノウハウは、今でもグループに入った他地域のスキー場で展開しています。

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野外教室の様子

―冬はスキー場、夏は野外教育事業で順調に経営を継続される中、一ノ本さんはおいくつでお父様から事業を継がれたのでしょうか。

27歳で共同代表、28歳で代表取締役になりました。親父の会社へは22歳で入社したのですが、親父の借金が当時4億あって、それをすぐに連帯保証することになった。それから5年かけて、平日お客さまのいない日は毎日学校を回って営業をしたり、学校用の体験プログラムを体系化したりして売り上げを増やして、借金を1億減らし、売り上げは2億から3億3000万まで伸ばしました。ちょうどその頃、宿の一部の建て替えが必要になり、僕は宿の収容人数を増やしたいと考えて、新たに7億借金をして増築することにしたんです。親父は大反対でしたが、「そこまでやるならお前がせえ」と。28歳で僕が代表になった後は、一切口を出しませんでしたね。

―22歳という若さで4億という大きな借金を背負うには相当な覚悟がいったのでは?

全く抵抗はありませんでした。物心ついたときから親父の背中を見てきたので、100%自分が背負うというのは、僕にとっては至極当然のことでした。親戚に迷惑をかけるくらいなら、自分が背負おう!と(笑)。

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代表取締役CEO 一ノ本 達己さん

スキー場があるからこそ、地域が持続できる

―やがて会社の一大事業となる、スキー場再生事業に乗り出されたきっかけは?

2002年、ハチ高原に続く夏の野外教育事業用の宿を、滋賀県マキノ町(現:高島市)に作りました。それから5年くらいたって、その施設の一番近所にあった「国境高原スノーパーク」が閉鎖になる、という報道が出たんです。僕らは近くでホテルをやっていたから、どんな人がそこで勤めているのか何となく顔も知っている。スキー場がなくなってしまうということは、その人たちの仕事もなくなってしまうということが分かっていたので、地元の人の後押しもあって、うちでスキー場を買い取ることにしました。

―地域の人たちにとっての“働く場”を守りたいという想いも重なり、スキー場再建事業を全国に広げていったんですね。

うちもそんなに懐が豊かではないので、最初のころは傘下に入れるスキー場を慎重に選別していました。でも、2004年頃からは経営難で困っているスキー場を可能な範囲で買い取り、最大で35件にまで膨らみました。というのも、当時、プリンスホテルが地方のスキー場を大幅に閉鎖、売却したのを受けて、ファンドが地方のスキー場を片っ端から買収していたんです。しかし、リーマンショックが来ると、彼らは一斉にスキー場の投げ売りを始めてしまった。そもそも、スキー場みたいな地元に根付いた商売を、ファンドがやることに対して疑問を感じていて、ファンドが一斉にイグジットし始めた時に「ふざけるな」という思いがこみ上げてきてしまって…。

―そもそも、一ノ本さんはなぜスキー場に対してそれほどまでに熱い想いをお持ちなのでしょうか。

僕は山奥の田んぼしかないようなところで生まれたけれど、スキー場があったから親父が宿を経営して、僕を大学まで行かせてくれた。スキー場が地域にとって必要なものだということを身をもって感じていたので、なくすわけにはいかないと。それに、地方は人が減っていくけれど、スキー場があれば人離れも若干ながら食い止めることができる。たとえば日本で自治体として2番目にスキー客が多い岐阜郡上市で、うちのグループのスキー場で働く人たちの集落に行くと、冬期アルバイトに来ていた女の子とうちの社員が結婚をして、子どももたくさんいたりする。高齢化が進んでいる地域ではありますが、スキー場があるからこそ地域が持続できる可能性があるんです。そもそもスキー場はどこにでも作れるものではなく、その土地の山の向き、雪の量、気温が揃わないとできない貴重なもの。その資源を使って地域を守ることができるのであれば、僕はやるべきだと思っています。

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地元を知り尽くしたエキスパート×イノベーションを起こす“よそもん”

―現在、社員は何名くらいいらっしゃいますか?

グループ全体で正社員は400人くらい。買い取ったスキー場から来た社員も多いので、最初はみんな“アウェイ”です。でも、スキー場を良くし、ひいては地域を良くしたい、という思いはみんな一緒なので、そこにベクトルが向いている限りはみんなで同じ方向に進めます。

―やはり、スキー好きの社員がかなりの割合を占めておられるのでしょうか?

そうですね。スキーが好きだからと入ってきた人は結構います。各スキー場の社員も、半分程度、場所によっては7割くらいが元スキー部です。たとえ一度街に出た人でも、スキー場があるので地元に帰ろうと考える人は多いと思います。うちも将来の人材確保のため、グループのスキー場何カ所かでは、地元の子どもたちに全部無料でスキーをさせています。

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スクールで子供たちにスキーを教える従業員

―スキーという強い事業アイコンをお持ちの御社ですが、一ノ本さんが感じる強みと課題について教えてください。

強みは、経験豊富な人材に恵まれていること。各スキー場を地域でマネジメントしてもらっていますが、その地域のことを本当によく知っているスタッフがいるのは非常に強いと思います。その分、地域に固執してしまって、大胆な判断をすることが難しくなっている感もあるので、そこが課題ですね。地域を変えるのは「馬鹿者、若者、よそ者」とよくいいますが、やっぱり新しい人が入ってイノベーションを起こして行かないとダメ。うちも都心から来た社員が半分ほどいますが、やっぱり考え方は全然違う。そんな“よそから来た人”が地域のしがらみを受けずに仕事をしていくのは大事だと思います。

―地域でマネジメントするということですが、事業方針や事業計画は、各スキー場に任されているのでしょうか?

基本的にはそうです。全体でマーケティングプランが正しいかどうか検証したりはしますが、どんな売り方をしよう、どんなやり方をしよう、というところは各地域で考えてもらっています。

―地域それぞれに特色がある経営をされているということですね。具体的にはどのような事例がありますか?

そうですね。それぞれのスキー場には役割があります。たとえば、菅平高原パインビーク(長野県)には人工雪をつくる職人がいて、レース用としては“日本一の雪”をつくれるところ。だから合宿の引き合いも多く、アスリートの方々に重宝されています。また、昨年オープンした峰山高原(兵庫県)は、初心者がストレスなく滑れるため、ビギナー向けのスキー場になっています。さらに、黒姫高原スノーパーク(長野)は、もともとは基礎スキーのためのゲレンデでしたが、時代と共に基礎スキーの参加人口が減ってきたので、昨年、スノーボーダーのためのスキー場に変更しました。このように、地域のニーズに合わせ、どのような役割を果たすべきかを考えること、時には大胆に変換することも必要になってきます。

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持続可能な中山間地域へ
私たちのメインフィールドは、標高100m〜2,240mまでの中山間地域。国土面積の約70%を占めているにもかかわらず、居住人口は約20%にとどまっています。ここで事業を展開し、都市からのお客様をお迎えすることで、高齢化・過疎化の進むこの地域の活性化につなげたいと考えています。(HPより引用)

ウィンタースポーツを文化に、そして地域の経済に貢献したい

―今後ますます事業を加速させていく中で、大切にしている志やビジョンについて教えてください。

まずは、「山を元気にしたい、地方を元気にしたい」。これを変わらず、しっかりとやっていくこと。そして、日本のウィンタースポーツ人口を再び増やし、文化にしていきたいと思っています。2022年の北京オリンピック(冬季)が決まり、インバウンドで中国からのスキー客も増えていますが、オリンピックが終わったら、離れてしまうかもしれません。スキーブームを一過性のもので終わらせないために、手を尽くせることは何でもやっていきたいです。

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ービジョンに賛同し、付いてきてくれている社員に対して伝えたいことはありますか?

地域を少しでも活性化させたり、賑やかにできれば、そこにお金が落ちる。自治体は人口を増やすことばかりに目を向けがちですが、大事なのはそれでGRP(域内総生産)がどれだけ上がって、何人養えるようになったかというところ。そうした真の地域貢献に寄与するために、一緒に頑張っていきたい。それは社員にも言い続けたいですね。

―最後に、地域で働くことの魅力について教えて下さい。

うちの会社が関わっているスキー場の8割は従来の120%以上の売り上げをたたき出し、3分の1は200%にまで達しています。みんなで何かを変えようとする時って、ものすごいエネルギーが出せるんです。目の輝きも、まるで変わります。都会では一生懸命仕事をしても、「誰を幸せにしたのか」が見えにくいかもしれません。でも、地方の仕事はそれが明確に見える。そういった、自分の生きた証みたいなものを体感できたり、幸せにした人の数と量の相和を体感できたりするのが地方の良さだと思います。

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株式会社マックアース 代表取締役CEO

一ノ本 達己(いちのもと たつみ)さん

1967年、兵庫県養父市出身。京都産業大学卒業後、父親が経営する株式会社パークホテル白樺館に就職。その後、社名を「マックアース」に変更し、27歳で共同代表、28歳で代表取締役に就任。宿泊施設運営、野外学習事業を引き継ぐ。2007年、滋賀県の国境高原スノーパークの買取を皮切りに、全国のスノーリゾートの再生事業を展開。自身もアルペンスキーの選手で、現在も国体に出場する。

株式会社マックアース

旅館業、野外教育事業のほか、「持続可能な中山間地域の創造」を目指し、スノーリゾートの再生事業に取り組む。現在、全国30カ所のスキー場を運営する。
[事業内容]
・旅館業
・野外教育事業
・旅行業
・損害保険代理業
・スノーリゾート事業
・グリーンリゾート事業
・ゴルフ事業

住所
兵庫県養父市丹戸896-2(本社)
設立
1985年
社員数
グループ全体408人(2017年10月現在)
資本金
100,000,000円(2017年10月15日現在)
会社HP
https://www.macearthgroup.jp/

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