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時代を超えて愛されるロングセラー商品「メンターム」。滋賀から全国へ普及させた、近江商人の魂(前編)
株式会社近江兄弟社 
GLOCAL MISSION Times 編集部
2018/12/17 (月) - 08:00

傷や肌あれなど、皮膚のトラブルで困った時はとりあえずこの薬に頼っていた―という方も多いのではないだろうか。家庭常備薬「メンターム」。この国民の定番薬ともいえるロングセラー商品を供給してきたのは、実は滋賀県の会社。地方で事業を起こし、アメリカから商品や技術を仕入れ、日本中に発信していったその歩みはまさに、グローカル企業のパイオニアといえるだろう。地方を拠点に発展を続ける「近江兄弟社」の素顔に迫った。

青い目の「近江商人」、創業者ヴォーリズ

琵琶湖の東岸に位置する近江八幡市は、豊臣秀次が築いた城下町だ。交通の要衝である地の利を生かし、近世は「近江商人」が活躍する商業都市として栄えてきた。今も旧市街地には碁盤の目のような整然とした街並みや歴史的な建物が保存され、歴史の薫りを豊かに伝えている。
そんな近江八幡の駅に、1905年(明治38年)、1人のアメリカ人青年が降り立った。彼の名は、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ。「近江を神の国に」という理想とキリスト教伝道を目的に、滋賀県立商業学校(現:滋賀県立八幡商業高等学校)の英語教師として赴任。2年後、彼は伝道活動の資金を得るために合名会社を設立、建築資材の輸入などを手がけ始めた。これが「近江兄弟社」の前身である。ちなみにこの社名は、ヴォーリズが愛した「近江」という地名と、人類は皆仲間であり「兄弟」であるというキリストの博愛の精神から名付けられたものだという。事業を通じて社会奉仕を行うことを経営理念に掲げ、グループには学校、病院、介護老人保健施設などが名を連ねている。

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近江兄弟社の創立者として終生、結束の固かった3人。(左から)村田幸一郎、ヴォーリズ、吉田悦蔵

アメリカから来た「得体の知れんクスリ」

ヴォーリズの使命ともいえる伝道活動を支えていくために手掛けた事業の1つが、アメリカ製の塗り薬「メンソレータム」の輸入販売だった。メンソレータムの創業者ハイド氏は、日本の田舎町でキリスト教伝道に汗を流すヴォーリズの理想に共鳴して、日本での販売を許可してくれたのだという。
しかし、当初は極めて少数しか売れなかった。問屋からは「アメリカから来た得体の知れんクスリ」とみなされ、ほとんど相手にされない。それでも社員たちは、大阪や京都の薬問屋を訪問するかたわら、全国の教会を訪ねては、その売上金の幾らかを伝道のために献金することを説いて回った。その後、全国の教会の婦人たちの手によって熱心にメンソレータムの取次ぎが行われ、やがて大ヒット。ついには近江八幡で自社製造を開始するに至った。「小さな看護婦さん」が描かれた滋賀発の塗り薬は、全国の家庭の薬箱に欠かせない定番商品へと育っていったのだった。

倒産…そして全社員による自転車営業

だが、会社経営は山あり谷あり。1974年には倒産の事態に陥ってしまう。要因はいろいろあった。精神的支柱だったヴォーリズの死去、景気の低迷や類似商品の増加による業績不振、不動産事業の失敗…。ついには「メンソレータム」のライセンス契約まで打ち切られてしまったが、社員たちは再建をあきらめなかった。既存の設備とノウハウを活かして、「近江兄弟社メンタームS」を翌年発売。社運を賭けたこの新商品を社員たちは、文字通り、死に物狂いで売りまくった。「全員セールス」の号令のもと、あらゆる職種の社員が営業マンとなって延べ1万軒の小売店を訪ねた。その手段はなんと自転車。かつての近江商人が天秤棒をかついで全国を行脚したように、広告費ゼロの銀輪部隊は東奔西走した。そして1980年(昭和55年)の決算でついに黒字へと転換。老舗はみごと復活をなしとげたのだった。

再建に奮闘した先達たちの覚悟を継承

そんな「近江兄弟社」の現在の代表取締役社長を務めるのが、山村徹さんである。2011年、48歳の若さで歴史ある企業のバトンを受け継いだという。そのときの心境はどのようなものだったのだろう。そして今、どんな思いで経営の指揮をふるっていらっしゃるのか。会社の素顔や、近江八幡の魅力などもあわせて、お話をうかがってみた。

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株式会社近江兄弟社 代表取締役社長 山村 徹さん

―まずは代表に就任されるまでの背景を教えていただけますか?

この会社にお世話になったのが、1985年(昭和60年)からです。新卒で入社しました。出身が滋賀で長男でしたから、地元企業を希望したんです。入社してからはずっと営業畑でした。ですから、代表になるまで営業のことしか知らなかったですし、この若さで代表を務めることになった一因には、倒産から十年間は新卒入社が無かったという時代の流れも手伝ったのではないかと思います。

―代表に就任されたときの心境は?

当社の再建に尽力された岩原元社長からよく聞かされていたのは、「倒産というのは社会にとって大きな犯罪だ。自分たちの会社だけが無くなるだけじゃない。取引先様にも大変なご迷惑をかける。二度と繰り返すようなことを絶対にしちゃいかん。」ということです。新米営業職であった当時の私は、その覚悟を持って何が何でも売ってこなきゃ駄目だと、強く言われていました。代表になった時にも、大きなビジョンを掲げる前に、まず何よりこの会社を存続させていくことが一番大事なことだと、心から思いました。

全社員で毎月1つ、新商品のアイデアを出す

―山村さんが代表に指名されたのは、消費者にいちばん近い営業という畑で育ってきたからこそなのでしょうね

確かに長年営業現場におりましたので、まず相手に気に入ってもらえることが商売につながっていくんだという実感があります。しかし、それも商品があってこそです。今必要とされている商品を、近江兄弟社らしさを織り込みながら、どう作っていけばいいのか。単なる効能だけでなく、見た目もすごく重要だと思います。これまでの私共は、ただただ真面目にメンタームから派生した薬を作っていたのですが、近年はそれに加えて、誰でもすぐに認識し易い、解りやすいデザインを取り入れてみてはどうかということなど、お客様視点で商品そのものを見直してきました。

―時代にあわせて、変えるべきものは変える必要があるということですね

私共のグループは、社会に奉仕するためにできた企業集団です。ヴォーリズが日本に来て113年になりますが、彼と彼の同志達が目指した「近江を神の国に」という理想が、このグループ各企業の事業の土台にあります。伝道活動を主として、地域に根差した医療活動や教育活動を自給自足で行うために、建築設計と輸入販売の事業を起こしました。ここでの目的は社会奉仕にありますから、資金調達の方法は時代に合わせて少しずつ変えなくてはいけない。同じように、事業を永く続けていく目的を達成するためには、時代に見合った消費者ニーズに合う商品開発、医療サービスの向上、新しい教育方法の習得など、工夫に工夫を重ねないと簡単に飽きられてしまいます。私共の商品開発においては、効能効果だけでなく、仕様そのものや使用感、香りなども少しずつ変えなくてはいけないと思っています。

―消費者や時代が求めるものづくりというところで、具体的な取り組みを教えていただけますか?

例えば、女性のお客様に興味を持っていただきたいテーマの商品開発であれば、女性社員はもちろん、グループの学園に在籍している高校生にも意見をもらってデザイン制作したこともあります。男性の我々が良いと思っても、女性の視点ではまったく異なる結果になることが数多くあります。また、社員には「全員毎月1つ以上の新商品提案を出してください。」と、アイデア提案を就任以来ずっとお願いしています。提案の中から、実際に商品として発売したものも何点かあって、発売に至ったアイデアには社長賞を出しています。

―部署も関係なく、全社員で提案を出し合うということですか?

関係なく、「全社員」です。皆さん、従業員でありながらも消費者ですから。そうやってみんなでアイデアを出し合ったほうが、おじさんが一生懸命「う〜ん」と考えているよりはるかに具体化するものです。

―全社員から企画を集めるとなると、ものすごい数になるかと思いますが、どういったフローで進められているのですか?

提出された提案は全て、1つ1つ幹部全員が目を通して検討します。こういう気づきは良いよねとか、こういうコンセプトは面白いんじゃないの?とか。そのまま商品にできる場合もありますし、ヒントやエッセンスを抽出する場合もあります。最終的には役員会議で決めて、商品部門で形に仕上げていきます。
社員にとっては、毎月アイデアを出すのは苦痛みたいですけれどね(笑)。たった1個でも毎月ですから。しかし、いろいろなトレンドに敏感にもなりますし、なにより自分が企画した商品が店頭に並ぶのはうれしいようです。

社内に浸透する社会奉仕の風土

―御社の伝統として、社会活動にも力を注いでいらっしゃるそうですね

まずは「ニコニコ運動」(ニコニコ献金活動)というのがあります。当社の再建から3年ほどして、ようやく道筋が整い始めた頃、社会の皆様に助けて頂いたことに対する報恩感謝の小さな手段として、(上述の)岩原元社長によって始められました。約40年経った今でも、社員は嬉しいことや楽しいことがあった時に「おすそ分け」の小さな献金をします。また、年に2回のチャリティバザーを開催したり、当社ロビーの売上を献金したり、社員がお客様に手渡す名刺は、1枚につき10円が会社から献金されたりします。社員に新しい出会いが生まれて感謝という訳です。このようにして集めた献金は、災害復興や地域の福祉活動の原資として直接寄附しています。また近年では、居た堪れない理由で家族と暮らすことの出来ない子供たちへの自立支援金としてお届けしたり、教育が満足に行き届かないラオスやタイの山奥への小学校建設にも用いたりしています。

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ニコニコチャリティバザーの様子

―社員の皆さんも賛同し、協力してくださっているんですね。

ええ、本当にありがたい話だと思っています。(創業90周年を迎えた)2010年の記念事業の時には、ラオスの山奥の学校建設現場に、社員を何人か派遣させていただきました。実際にどんな場所に学校を建てようというのか、私も社員と一緒に見に行ったんです。ジープに乗り込んで何時間も山々を超えて辿り着くその場所は、日本人の感覚ではまるで秘境といってもいいような所です。当然水洗トイレなんてありませんし、電気も不十分。水を汲むために毎日2キロ先まで歩いて行かなきゃいけない。そのような環境の中で暮らしている子供達のキラキラした眼に出会うと、本来の人間力というか自分の弱さに気づくんです。自分たちは日本という恵まれた環境にあっても決して強いものではない、上からものを見てはダメだということを、身をもって学ぶきっかけになったと思います。

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ラオス小学校訪問時の写真

目標を可視化することで、職場の士気を底上げする

―全国に営業所もありますが、現地採用になるんですか?

今のところそうですね。以前は本社で採用して、滋賀県の人が東京に行くということが多かったのですが、近年では、基本的に現地採用を主としています。ここの本社ですと、ほとんど地元の者ばかりですね。

当社の正社員は約90名で、20年以上概ね一定数を保っています。勤続年数も比較的長く、万一欠員が出るようなら中途採用で募集をかけるという形を取らせていただいています。新卒採用は、隔年ごとに多くて2~3人というところです。

―社長就任以降、職場の改革もなされてきたのでしょうか?

改革というところまではなかなか難しいですが、職場の環境整備には力を入れています。年5日間の計画有給などは既に取り入れて、当社の有給消化率は70%を達成していますが、健康経営を目指すにはもう少し上げていきたいところです。また、社員の学習環境にも力を入れています。英語を学びたい、資格を取りたいという仕事以外の学習にも、幅広く補助をしています。社員同士の交流機会もサポートしたいので、5人以上の有志が集まればレクレーション活動を支援するといった取り組みもしています。

―業務には直接関係ないようなことにも、会社としてサポートしていらっしゃるのはなぜですか?

社員には、この会社で生涯に渡って勤めて欲しいのがやまやまですが、実際のところ全員が横一列でずっと一緒ということはまず不可能です。それならば、せめて会社で過ごした時間が社員一人ひとりの人生において、ちょっとでも有意義であったと感じてもらえるようにしたい。たとえほんの少しでも、○○が出来るようになったとか、目指してた資格が得られたとか、新しい出会いが生まれたとか。強制もノルマも全くありません。仕事に直結してもしなくても、個々人のキャリアアップや仲間づくりは積極的にやってください、という話を社員たちにはしています。人間力の向上が、おのずと企業の成長に結びつくものだと考えているからです。

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―廊下に「個人目標」が掲示されていますね。

年に一度、必ず個人目標を宣言してもらっています。「○○が出来るようになりたい」とか「最高の笑顔で接したい」といった目標を考えて、1年を通して忘れないように、名札にしたり廊下に貼っておきます。これを始めてもう6〜7年になるかと思います。

―手ごたえのほうはいかがですか?

やはり自分が書いたことで、しかも他の社員にも見えますので。小さいことでも効果はあると感じています。社員1人1人が、自分には嘘をつけないというところもありますので、意識しようと決めたことは、いずれ志に変わっていくと信じています。

(12月19日配信の後編へ続きます。)

株式会社近江兄弟社

創業者ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(William Merrell Vories)の精神を継承し、事業を通じて社会奉仕をしていくという経営方針のもと、医薬品・医薬部外品・化粧品の製造販売メーカーとして、薬用性を重視した親しみやすいスキンケア商品を開発・提供している。

住所
滋賀県近江八幡市魚屋町元29(本社・工場)
設立
1920年(大正9年)
従業員数
約200名
資本金
9600万円
事業概要
医薬品・医薬部外品・化粧品製造販売、脱臭剤製造販売、ビル経営
会社HP
http://www.omibh.co.jp

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