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「伝統を継承し、伝統を更新する」 焼き物の産地、常滑焼の再興をはかる、窯元3代目の挑戦
山源陶苑 鯉江優次氏
(株)くらしさ 長谷川 浩史&梨紗
2018/12/06 (木) - 08:00

衰退していく地場産業、それに携わる家業。親からも継いで欲しいと言われることなく、なんとなく都会の企業に就職し働いている。そんな状況の人も多くいるかもしれません。似たような境遇にありつつ、心の持ち方一つで、地場産業に新しい風を吹き込み続けている人がいます。焼き物の産地、愛知県常滑市の窯元、山源陶苑の3代目陶主、鯉江優次(こいえゆうじ)さん。「伝統を継承し、伝統を更新する」がモットーの彼の生き様とは?

産地で異彩を放つTOKONAME

「セントレア」の愛称で知られる中部国際空港を有する愛知県常滑(とこなめ)市。ここは、日本六古窯の一つに数えられる焼き物の産地でもあります。「常滑焼」。かつて大型の壺やかめ、茶器を得意とした産地で、特に“急須”は全国へその名を轟かせています。

しかし、食生活の変化や海外製食器の流入にともない、国内の産地は徐々に衰退。ご多分に漏れず常滑でも、全盛期300軒以上あったという窯元は、現在ではその3分の1ほどにまで減少。今後も後継者不足でさらに減っていくといわれています。

そんな常滑において、ひときわ目を引く建物が2015年4月にオープン。

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「TOKONAME STORE」。赤い屋根の倉庫の中に入ると、真っ白な小屋が3棟立ち並び、それぞれSHOP、CAFÉ、WORK SHOP用の空間となっています。

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とても古い焼き物の産地とは思えないような空気感のこの施設は、常滑に残る窯元の一つ、山源陶苑が、陶器の原料置場として使われていた建屋を改装してオープンさせました。仕掛け人は、3代目陶主、鯉江優次さんです。

「昔のように、モノを作って出荷するだけが産地の役割じゃないと思うんです。モノだけでなく、背景にあるコトも伝えていければ、愛着を持ってモノに接してもらえると思って」

そう鯉江さんが話す通り、TOKONAME STOREでは、山源陶苑で使用している土と型を使って常時、自分好みの器を作ることができます。実際に作ってみると、その難しさや奥深さゆえ、自分で作った器に愛着が湧くのはもちろん、改めて職人の作った器に感銘を受ける人も多いんだとか。

そして、同SHOP内で展開されているのが、「TOKONAME」シリーズ。

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淡いブルーやピンクなどパステルカラーでまとわれた、シンプルでどこかモダンさを感じさせるティーポットやカップたちは、急須に代表される常滑焼の技術と素材を活かしながらも、日本茶に用途を限定しない茶器シリーズです。

2014年にお披露目されて以降、瞬く間に新聞、雑誌、TVなどでも取り上げられました。フランスで開催される国際見本市、メゾン・エ・オブジェにおいても好評を得て、今や海外へも販路を拡大していっています。

陶磁器を武器に施設も商品も新たに仕掛けるのも、なかなか聞くニュースではありません。光明が見えにくい日本の陶磁器業界において、なぜここまでの挑戦ができるのでしょうか。

伝統を継承し、伝統を更新する

「いつかは継ぐものだと思っていた」と話す鯉江さんも、大学卒業後には一度、東京の企業に勤めたといいます。ただ、その就職先は、和食器における大手問屋でした。

「それまで、陶磁器業界は作り手は職人、売り手は問屋という分業体制でした。ただ、近い将来、作り手自身で売る時代が来ると直感的に思っていたんですね」

問屋にも、作り手に近い産地問屋と、小売りに近い都心の問屋とありますが、鯉江さんが勤めたのは後者。より小売りに近いところで、消費者の視点での売り方を学びたかったんだそうです。

ただ、そこで突き付けられたのが、常滑はもとより、日本の産地ではなく、中国など海外の安い産地からの仕入れに流されていく実態。常滑の産地問屋も旧態依然とした体質で、産地のアピールをほとんどしてこないことに苛立ちを覚えたといいます。

「市場がF1レースカーのスピードで進んでいるとしたら、常滑のスピードは軽自動車。その違いを埋めるのが自分の役割だと思いました」

8年後、ついに常滑に帰郷した鯉江さんは早速、オリジナルのブランド「MOM Kitchen」を立ち上げます。それまで問屋を介して販売するのが当たり前だった常滑焼の産地において、「自分たちが使いたいと思う陶器を自分たちで発信していきたい」と窯元自ら販売をスタートさせたのです。

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「MOM Kitchenは産地としての幅の広さをアピールするツールでした。あ、こんなものも手掛けられる産地、窯元なんだって。狙い通りこれをきっかけに、小売店と直接、販路を築くことができ、直接発注も受けるようになりました」

それから10年、急須など茶器だけを作る常滑の窯元が多いなか、山源陶苑は食器を含め何でも作る珍しい存在となり、経営基盤が確立していきます。そして、その間、「常滑らしい焼き物を作りたいとずっと考えていた」という鯉江さんは、改めて“常滑らしさ”を探ることに。

「やっぱり常滑の急須の技術はすごいんですよね。茶器を作るために蓄積された技術と素材を活かしたものが作れないか。そう考えました」

こうして常滑焼の伝統を更新する新たなチャレンジ「TOKONAME」プロジェクトが発足するのです。そして、友人のデザイナーなどを招聘し、調査や施策を重ねること約半年。職人の手による繊細な工程を経て完成したのが、ティーポットを中心とした「ティーファミリー」でした。

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「もちろん外部や身内からの反発も強かったですよ。ただ、伝統は継承しつつ、更新していくもの。それをモットーに腰を据えてがんばりました」

おそらく背景にあった苦労は並大抵ではなかったはずなのに、それを微塵も感じさせない鯉江さん。その原動力は一体、何なのでしょうか。

原点は祖父から譲り受けた「反骨精神」

周囲からの反対を押しのけ、鯉江さんの祖父が立ち上げたという山源陶苑は、2017年で創業から50年目。900年を超える歴史を誇る常滑焼においては、歴史は浅い方です。だからこそ祖父や父を含め、陶工たちは皆、一生懸命に働いてきたといいます。幼い頃から家業を手伝っていた鯉江さんにとっては、そんな陶工たちの姿が脳裏に焼き付いているんだとか。

「がむしゃらに働いている祖父や親父の姿は、誇りに思っていましたよね。そして、僕は祖父にそっくりだと、よく言われるのですが、逆境でもやってやるという反骨精神は、祖父から受け継いでいるのではないでしょうか」

衰退している家業を継ぐことに、何の躊躇もなかったのでしょうか?という質問にも、「いえ、全く」と答えた鯉江さん。幼心に焼き付いている原体験と、受け継がれた反骨精神からは、後を継ぐことは当たり前で、それを如何に再興していくかだけに頭の中はフォーカスしているようでした。

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「覚悟を持って、どっしりと腰を据える。そして、守り続けるだけでなく、今のくらしに溶け込むように、伝統を更新していきたい」

そう力強く話す鯉江さんは、創業50年目の節目の今年、父から代を譲り受け、山源陶苑の3代目陶主となりました。鯉江さんのように考える地場産業の後継ぎが増えれば、もっと地域は楽しくなるのかもしれません。

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